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━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 2002年9月9日発行 ━

●━━ 若手国会議員メルマガ『未来総理』 第2号 ━━━━━━━━━●

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 メルマガ『未来総理』が創刊した日、民主党代表選の若手候補が、「未来
総理」のひとりである野田佳彦氏に一本化されました。世代交代の波は、も
しかしたら、予想以上に早くやってくるのかもしれません。この秋、「若手
議員」ブームが巻き起こると面白いなあ、なんて思っています。

 とはいえ、政治家は若けりゃいいってものでもありません。各政党のホー
プが揃ったこのメルマガで、いったい誰が次世代リーダーにふさわしいのか、
しっかり見極めていきましょう。

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  目次
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 ◎テーマ:「私が政治家をめざした理由」(自己紹介をかねて)
  ▼山村 健(衆議院議員・民主党・比例東海・45歳・当選1回)
  ▼上田 勇(衆議院議員・公明党・比例南関東・44歳・当選3回)
  ▼春名直章(衆議院議員・共産党・比例四国・43歳・当選2回)
 ◎未来総理メンバーの紹介
 ◎編集後記
 ◎次号予告

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  テーマ:「私が政治家をめざした理由」(自己紹介をかねて)
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 今回も、「未来総理」たちに、なぜ政治家をめざしたのか、それぞれの原
点を教えてもらいます。細かい政策は、時代によって変わっても、「日本の
ここを変えたい」という最初の思いは、たぶん変わらないはず。
 彼らが感じたこの国の矛盾は、あなたの思いとも一致していますか?

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 ■「リクルート事件の被告を地域の代表にすることに疑問を感じた」
              山村 健(衆議院議員・民主党・比例東海)
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 標題の質問を受けた時、私は「時代の要請でしょう」と答えます。

 民主党の「候補者募集」の記事を見た時にもピンとはこなかった。私の中
では「政治家なんて・・・」どちらかと言えば軽蔑する職業の部類でした。

 それが何故変化したのか?知り合いの国会議員に勧められたからという事
もありましたが、私の選挙区事情は、典型的な「今の日本は狂ってる状態」。
当たり前の事が当たり前じゃ無く、正に「社会正義って何?」と言うような
状態でした。

「どうして与党も野党も新しい候補者を出せないの?」
誰も居ないなら合否は別として「言いたい事を書いてやれ!」と「民主党に
対して物申す」的な論文を書いて公募に応募してしまいました。

 どうしても合格して候補者になりたい。と言う気持ちもそんなに強くはあ
りませんでした。それが受かってしまい、それからが大変でしたけど、今さ
らながらに運命の綾と言うのか変な人生になってしまいました。

 具体的におかしな状態と申しますのは、「リクルート事件で最高裁有罪判
決(応募した時にはまだ判決が下りていませんでしたが)の人を何故自分達
の地域の代表として国会へ送り出しているの?おかしいじゃないの!」と言
うのが動機です。

 批判するなら行動で示すべきだし、候補者も立てられなくて、外野席で批
判だけしている大人に対しての怒りでもありました。

 地盤、看板、鞄無しに加えて、独自の政策も無く、只「政治家の資質を問
う」事だけの選挙で立候補し比例復活であったものの当選させて頂いて、今、
永田町に居てます。

 永田町に来て2年余り、正に「永田町の常識は世間の非常識」の現場で「歴
史の必然性があって私はここに来たんだな」と感じるようになりました。

 世間の常識と永田町の常識が同じになるようにさせるために永田町改革に
取り組んで行きます。

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 ■「行政が時代の変化に対応できていないと痛感して……」
             上田 勇(衆議院議員・公明党・比例南関東)
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 「なぜ政治家を志したか」が1回目のテーマですが、はじめに簡単な自己紹
介からはじめたいと思います。

 私は、昭和33(1958)年8月、東京生まれですが、2歳のときに横浜に引っ
越しました。父は、祖父が移民したアメリカで生まれ、戦後、仕事で日本に
帰ってきました。私が5歳のときに病死したので、正直言ってあまり思い出
は残っていません。母は、栃木県の農村の出身で、76歳で今も元気そのも
のです。兄が一人いて、現在はロスアンゼルスで外科医を開業しています。
平成元(1989)年に結婚し、今は、中1の長女と小4の長男との4人家族で、
横浜の保土ヶ谷区に住んでいます。ホームページにプロフィールを掲載して
いますので、覗いてみてください。(http://www.isamu-u.com)

 大学では、農業工学を専攻しました。当時は、世界的な人口の爆発によっ
て近いうちに食料危機が到来すると盛んに言われており、人間にとって最も
重要な水と食料の分野で仕事をしたいというのが、志望の理由でした。

 大学卒業後は農林水産省につとめ、約12年間役人生活を送りました。そ
の間、アメリカのコーネル大学のビジネス・スクール(経営学大学院)に約
2年間留学し、金融やマーケッティングを勉強してきました。技術系の役人
がなぜビジネスか不思議に思うかもしれませんが、役所での仕事を通じて農
政に欠落しているのは、経済・経営感覚だと痛感したため、あえて専門外の
分野を選びました。

 当時は、アメリカが経済の不振に苦悩する一方で、日本経済は順風満帆で
した。アメリカの学界では、日本型経営の研究が花盛りで、日本の行政・産
業界の協調型のシステムが絶賛されていました。世界に冠たる成功をおさめ
たアメリカ式の経済システムに拘泥することなく、大胆な変革を追及するア
メリカのエネルギーには驚嘆しました。改革の努力がその後の両者の立場が
逆転する原動力ではなかったかと思っています。

 帰国後しばらくは農水省で仕事をつづけていましたが、行政の「先例主義」
や「縦割主義」が横行し、ダイナミズムが失われていることに疑問を感じる
ようになりました。そうした状況下でバブルが崩壊し、過去の成功体験にと
らわれた行政が、時代の変化に対応できていないと痛感しました。このよう
な閉塞状況を打破するためには、政治のリーダーシップが必要だと悩んでい
たときに、公明党からお誘いがあり、平成5(1993)年、35歳のときに立
候補し、幸運にも当選しました。

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 ■「くらしの現場の声を政治に届けたい」
            春名直章(衆議院議員・日本共産党・比例四国)
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 私が生まれたのは1959年、岡山県の山深い過疎の村です。

 太平洋戦争で奇跡的に生還した父は農協職員、母は近くの縫製工場につと
めながら三人の息子をせっせと育ててくれました。私は農家の三男坊、大事
に育てられ「お前だけは」と、やっとの思いで大学を出してくれました。

 どうして貧富の差が生まれるのだろう、こんなに両親が苦労しているのに
どうして生活が楽にならないのだろうと、子どもながらにいつも感じていま
した。

 高知大学に入学して瀬戸内海をわたった私は、高校時代の民主青年同盟に
続いて、日本共産党に出会いました。社会は人間の力で変えられる、働く人々
がしいたげられているのは理由がある、と初めて社会のしくみを学び感激。
そのうえ、父が生死の境をさまよった侵略戦争にたいし、その暗い時代から
反対していた日本共産党という政党があったことを知り、率直にすごいなあ、
と実感したんですね、私は単純な男ですから。そして大学1年のときに党に
入ったのです。

 それ以後、「自分たちの願いは自分たちで実現していく」をモットーに、
核兵器をなくす運動、18歳選挙権をめざす運動、働く青年の権利を守る運
動、消費税を導入させない運動など、無我夢中でやってきましたね。

 そんななか96年総選挙。長く高知県から選出されていた山原健二郎さん
(衆議院議員)を当選させるために「君も一緒にがんばってほしい」と要請
を受け、四国ブロックから初立候補したのがその2年前の94年、34歳の
時。以後一年半、四国の山野をかけめぐったかいあって山原さんが小選挙区
で当選、四国ブロックでも22万をこえる日本共産党への票をいただいて、
私も当選できたのです。初出馬初当選ですから、まわりのみんなに驚かれた
のですが、私にとっても驚きでした。

 でも、当選して国会議員の仕事に打ち込みはじめると、自分の議席の重み
をひしひし感じてくるのです。

 私はつねに問題が起こる現場に足を運んで、みんなとともに考え、解決に
当たる、国民の声で動く政治をつくろうという姿勢をモットーにしています。
国民の意見を聞けば聞くほど、その実態を知れば知るほど、「政治を変えな
いと」「自分もがんばらないと」と励まされるのです。自民党のやっている
政治と、現実の国民のくらしの現実がかけ離れているなあと痛感する毎日で
す。

 すべては、国民の苦しみの軽減のために、国民と自分自身の幸せのために−
この思いを絶対に忘れることなく、精進していくつもりです。その気持ちが
もしなくなったら、国会議員をやめるときです。


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  「未来総理」参加議員一覧
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「未来総理」に参加してくださったのは、次の19名(敬称略)の方々です。

 ◇衆議院
  石破 茂(自民党・鳥取)  上田 勇(公明党・比例南関東)
  植田至紀(社民党・比例近畿)大村秀章(自民党・愛知)
  近藤昭一(民主党・愛知)  鈴木康友(民主党・静岡)
  達増拓也(自由党・岩手)  樽床伸二(民主党・大阪)
  野田佳彦(民主党・千葉)  春名直章(共産党・比例四国)
  細野豪志(民主党・静岡)  丸谷佳織(公明党・比例北海道)
  山井和則(民主党・比例近畿)山村 健(民主党・比例東海)

 ◇参議院
  荒木清寛(公明党・比例)  有村治子(自民党・比例)
  小池 晃(共産党・比例)  福島瑞穂(社民党・比例)
  宮本岳志(共産党・大阪)

                        計19名

詳しいプロフィールを知りたい方、顔写真を見たい方は、ロゼッタストーン
WEBページで公開しています。⇒ http://www.rosetta.jp/
各議員のホームページにもリンクしています。


※前回の上田議員の肩書きが、一部、「民主党」となっている箇所がありま
 した。「公明党」の誤りです。お詫びして訂正いたします。

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  編集後記
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 民主党の若手一本化にあたっては、6万人を対象にした世論調査を行なっ
たそうですが、候補者の野田佳彦氏、前原誠司氏両氏を知っていたのは、
1981人だったそうです。(朝日新聞より)

 代表選の話題は、何度もテレビで取り上げられ、新聞にも掲載されていた
のに、それでも知名度はたったの3%! これはある意味で衝撃でした。民
主党に限らず、若手議員が飛躍するうえで、一番の難関が「知名度」の壁か
もしれません。

 「未来総理」を育てていくためには、このメルマガも、もっと成長しなく
ちゃ、と思っております。読者のみなさま、どうぞ応援をよろしくお願いし
ます。

 「未来総理」たちにどんなことを期待するか、何について語ってほしいか、
ご意見、ご質問は souri@rosetta.jp までお願いします。
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                  (ロゼッタストーン・弘中百合子)

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  有村治子議員、広中和歌子議員、吉川春子議員、山内惠子議員が登場!

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  次号予告
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 次回は、細野豪志議員(民主党)、達増拓也議員(自由党・岩手)、
 鈴木康友議員(民主党・静岡)、丸谷佳織議員(公明党・比例北海道)が
 登場します。

 ※登場する議員の顔ぶれは、変更する場合もあります。ご了承ください。


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発行人・編集人:弘中百合子
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