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ロゼッタストーン日記

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第21部 「鶴の里からの恩返し」


女編集長起業奮戦記
ロゼッタストーン日記
ついに書籍化!
「ロゼッタストーン日記」第1部(ロゼッタストーンは本当に創刊できるのか)が、
『女編集長起業奮戦記』という本になりました!
>>詳しくはこちら

いつもご愛読ありがとうございます。

今年はロゼッタストーン創立20周年の年。山口県の鶴の里、八代(やしろ)から初めて書籍を発行します。

昨年「世の中を逆に見る」をテーマにしたら、突然地元に帰ることになり、本当に視点が変わって地方から全国を眺める立場になりました。今年は「恩返し」をテーマにしたので、お世話になった方々への恩返しの始まりの年になるとよいな…と願っております。

本年も波瀾万丈のロゼッタストーン日記をどうぞよろしくお願いいたします。

ロゼッタストーン 弘中百合子


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◆ヒロナカ奇譚…2月15日日記
村上春樹の『東京奇譚集』という短い短編集を読んだ。冒頭に村上春樹氏自身の体験談として、「不思議な出来事」がしばしば起こるという話が書いてある。たとえば、ジャズのライブに行き、「この曲とこの曲をやってくれるといいのに」と心の中で思っていると、とてもマイナーな曲にも関わらず、最後にその2曲を演奏してくれる。アメリカの中古レコード店で『10 to 4 at the 5 spot』というLPレコードを買って店を出ようとしたところ、たまたますれ違った男性に「いま何時?」と聞かれ、“Yeah,it's 10 to 4”(4時10分前)と、レコードの名前と同じ言葉を発していた……など。

そうそう、世の中は不思議な偶然に充ちている。私も、確率的にはすごくまれだろうと思うような、不思議な偶然によく出会う。

たとえば宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」のイラストをイラストレーターさんにお願いしたら、「僕、卒論が宮沢賢治だったんです」と言われたり。ある会社の社長さんに出資を依頼したとき、たまたまその人の部下が、私が主催した女性国会議員とメルマガ読者の交流イベント(50人くらいの規模)に参加していたことがわかったり(それが決め手になって出資してもらえた)。飛行機に乗り遅れて「どうしよう!」と呆然としていたら、飛行機がエンジントラブルで引き返してきて乗ることができたり。

大腸の悪性ポリープ(カルチノイド)を発見できたのも、たまたま知り合いがほめていた胃腸科がうちの近所だったので胃の薬をもらいにいったら、そこの先生が「あなたの年齢なら大腸検査もしなさい」と強くすすめてくれたおかげだ。(それまで、大腸検査なんてまっぴらごめんだと思っていた)

いまお世話になっている熊毛町商工会の事務局長は、たまたま私と同い年で、同じ大学出身だし。

そういうことが本当にしょっちゅう起きるので、だんだん、「知り合うべき人には知り合う。縁がない人は去る。生きるときは生きる。死ぬときは死ぬ。なるようになる。ケセラセラ」と、すっかり運命に身をゆだねる人間になってしまった。できることは頑張るけど、結果は天に任せている。

クリスチャンの友人に言わせると、「そういう偶然はすべて神様のおかげ」なのだとか。でも、私はもっぱら「苦しいときの神頼み」くらいで、特に何かの宗教を信仰しているわけでもないものねえ。

村上春樹は、不思議な出来事について、ーーそれについて僕は何か積極的な分析をするか? しない。ただそれらの出来事をとりあえずあるがままに受け入れて、あとはごく普通に生きているだけだ。ただぼんやり、「そういうこともあるんだ」とか「ジャズの神様みたいなのがいるのかもしれないな」みたいなことを思って。ーーと書いている。

不思議な偶然がよくあるからと言って、私は別にくじ運がよいわけでもないし、事業で大成功をおさめたわけでもないし、お金持ちになったわけでもない。ただ、このロゼッタストーン日記を読んでくださっている人たちのように、私のドタバタ人生を楽しく眺めている神様がいて、困っていそうなときには、ちょっと手を差し伸べてくれるのかもしれないな…なんて思ったりもする。少し不思議なことがあったほうが、人生は楽しい。


◆新しい出会い…2月5日日記
私の住む八代は、周南市の旧熊毛町地区のいちばん北にある。いちばん南は、三丘(みつお)地区で、小さな温泉があるところだ。日帰り入浴できる施設もあるので、時々母と一緒に入りに行っている。スーパーに行くのも、温泉に行くのも時間は同じくらいなのだ。

その三丘地区に、先月、図書館兼カフェ兼イベントスペース兼ベーカリーのような「三丘文庫」がオープンした。運営しているのは、周南市の元図書館館長、徳永豊さん。閉店した家業の酒店のスペースをリフォームし、自分の蔵書を並べ、地域の人たちが交流できるスペースを創設した。地元産の小麦を使ったパンづくりに取り組む「三丘パン研究会」としても活動中で、三丘文庫ではパンの販売も行っている。
https://shunan.keizai.biz/headline/488/

1月31日には三丘文庫で、宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」を朗読とチェロの演奏で奏でるコンサートが開催された。「セロ弾きのゴーシュ」といえば、ロゼッタストーンも朗読付の電子書籍をつくったことがある。なんだかご縁がありそうな気がして、顔を出してみた。本棚に囲まれ、小さなステージがあるスペースには、50人ぐらいのお客さんがぎっしり。終演後に徳永さんと少し話すことができた。徳永さんは、八代のナベヅル担当だった時期もあるそうだ。こういうところで「哲学カフェ」を開催しても面白いかも…と提案すると、「どうぞ使ってください」とのこと。三丘文庫は、貸しスペースとしても使用できるらしい。熊毛にこんなスペースができるとはね。ロゼッタストーンもこれから頑張って、熊毛の北と南で文化を発信できると楽しいなあ。

日本一の野菜ソムリエを決める「野菜ソムリエアワード」で、昨年銀賞を受賞した西川満希子さんにもお会いした。西川さんは、花言葉ならぬ「野菜言葉」を考案し、野菜への関心を高めようと熱心に活動されている。野菜ソムリエの数は5万人以上いるそうだから、そのなかで銀賞ってすごいと思う。
https://www.minato-yamaguchi.co.jp/yama/news/digest/2018/0427/10p.html

さらに、西川さんに三丘温泉の割烹旅館「三水園」のオーナーシェフ、橋本孝義さんを紹介してもらった。西川さんは「仕事柄、いろんなところの料理を食べてきましたが、三水園のお料理が日本一美味しいと思う!」と絶賛。まさか、熊毛にそんな美味しいところがあったとは! お料理を写真で見せてもらったが、盛り付けがなんともおしゃれで、驚くほどセンスがよいのだ。私、地元を見くびっていたかも……。食いしん坊の私としては、嬉しい誤算だ。ぜひとも本物のお料理を味わいに行かなければ!

地元山口で頑張っている人はけっこう多いのです。


◆地域デビュー?…1月25日日記
あれからまた鶴が飛来し、八代の鶴は7羽になった。2羽しかいないときは来年からいなくなるんじゃないかと心配したが、この調子なら来年も何羽かは来てくれそうだ。

20日に八代の中の高代(こうしろ)という地区の総会&新年宴会があった。母は耳が遠いので、今年は私が弘中家を代表して出席した。20人〜30人くらいの集まりだが、「こちらに帰ってきたのでよろしく」とご挨拶できるよい機会だった。

他の地区から八代にやってきた3人の若者とも話をすることができた。一人は静岡県出身の男性。大学時代から鶴の研究をしていて、卒業後、周南市の職員となり、八代に家を建てて、鶴の保護に関わっている。

八代では、鹿児島の出水市で保護された傷病ツルを譲り受け、八代で世話をして元気になったら放鳥するというプロジェクトを実施している。まだ成果は出ていない。鶴を閉じ込めていたら、警戒する鳴き声を発生して逆効果にならないかしら…と、聞いてみると、傷病ツルの鳴き声を聞いて野生のツルが近くまでくるケースもあるので、それなりの引き寄せ効果はあるのだとか。鶴は夫婦だと縄張り意識が強いが、独身だとそうでもないので、独身ツルを集めてある程度の群れになってから放鳥すると効果があるのではないかという。鶴の生態に詳しいスペシャリストが八代に住み着いてくれるなんてありがたいことだ。

それから、神奈川から移住してきた農業を営む男性。高齢化が進んだ八代では休耕田が増えてきたため、農事組合法人「ファームつるの里」がかなりの農地を預かって稲や野菜などを栽培している。「そういえば、“かほり鶴”という八代のお米でできた日本酒があるんですね」というと、「僕、それ担当でした!」とのこと。その日本酒を製造・販売している山縣本店で、実際に日本酒をつくる作業にも携わったそうだ。山縣本店のホームページによれば、「かほり鶴」は2017年全米日本酒鑑評会で金賞を受賞している。八代に住んで、おいしいお酒までつくってくれるとは、素晴らしい!

もう一人の若者は、昨年の4月から八代に赴任してきた駐在さん。八代では滅多に事件はないだろうと思ったが、認知症の人が徘徊して行方不明になったときの捜索…といった要請があるという。なるほど。他の地区の応援に行く機会も多いようだ。プライベートでは、もうすぐ赤ちゃんが生まれるらしい。「小学校を卒業するまで八代にいてね」とみんなに言われると笑っていた。お葬式の多い八代で、命の誕生はなにより喜ばしいことだ。

先日、「熊毛町商工会」にも正式に入会した。熊毛町は合併して周南市になったのだが、商工会には熊毛町の名前が残っている。私の父親は、以前商工会の副会長を務めていたことがあるそうだ。父は車関係、私は出版関係と、まったく畑は違うのだが、同じ商工会に入会することになるなんて、人生って不思議だなあ。


◆いのししラプソデイー…1月15日日記
新しい年の始まり…というのはありがたいものだ。私のような単純な人間は、「さあ、新しい年だ」という気分になる。なんたって今年はワタクシ年女。いのしし年、さらに射手座生まれの私は、猪突猛進、突っ走るしかない。

昨年は「家族孝行」を最優先させていたので仕事は停滞気味だったが、母が元気になってくれたおかげで今年は仕事に集中できそうだ。年明けからは「事業計画書」をつくったり、知り合いに企画の提案をしてみたり、頭がすっかり仕事モードに切り替わってきた。

動き始めると、仕事関係のアポイントも次々に決まる。今年は忙しくなりそうだ。

そんななか、話題の映画「ボヘミアン・ラプソディー」を見た。ロックバンド、クィーンのボーカリスト、フレディ・マーキュリーを描いた映画で、これがとってもよかった。途中までは大した盛り上がりはなく思えるが、それまでの物語の流れが伏線となって、最後のライブの歌声で一気に弾ける。感涙。家に帰ってからクィーンのCDを注文してしまった。

テレビでやっていた情報によれば、まだ初期の頃、どこの国よりも熱狂的にクィーンを迎えたのが日本だったという。フレディ自身も大の日本好きだったとか。どこか通じ合うものがあるんだろうな。

「ボヘミアン・ラプソディー」の「ママ、たった今、人を殺してきた…人生は始まったばかりなのに、僕はすべて捨ててしまった」という歌詞は、これまでの自分を殺してゲイとして生きていく決意を歌ったものだとか(これもテレビ情報)。そう思ってきくと、周囲に理解してもらえない切なさが胸に響く。

エイズという深刻な病気を抱えていたフレディでも、あれだけのパフォーマンスができたのだもの。健康な私はもっと頑張らないとね。


◆今年のテーマは「恩返し」…1月5日日記
2019年が幕を開けた。今年はいろんな意味で節目の年だ。世の中では「元号」が変わる。ロゼッタストーンの会社は、今年8月20日で創立20周年を迎える。個人としては12月17日にいよいよ還暦を迎える。周囲の知人が次々に還暦を迎えているので、少しずつ覚悟はできているのだが、若い頃に思っていた還暦と、実際の還暦のギャップがすごい。精神的には20代のころと大した違いはないのにね。

さて今年のテーマ。昨年、急きょ鶴の里、八代に帰ることになった。鶴といえばやっぱり「恩返し」だろう。これまでいろんな人にお世話になりっぱなしだったので、これからは少しずつ恩返しができるといいな、と思う。といいつつ、ますますお世話になってしまう気もするけれど…。

まずは、新刊『大腸がん。最新標準治療とセカンドオピニオン』を成功させること。今月「大腸癌治療ガイドライン」が改定されるそうなので、それに合わせて一部内容を修正してからの発売になる。発売が延び延びになったために、ホッカホカの新しい情報を盛り込めることになった。「大腸癌治療ガイドライン」は、全国の医者が参考にする内容なので、それが易しく解説されている弊社の本は、患者さんの役に立つんじゃないかな。

次に地元とのつながりを強めること。昨年は雑用に追われて地元のクリエイターたちと知り合う機会もなかったけれど、今年は新しい出会いを増やしたい。地元の書店の人とも仲良くなりたいし、地元のマスコミの人とも知り合いになりたい。いまの時代なら山口からの情報発信は可能なはずだ。『自由の国平等の国』の著者、小川仁志先生とは、「自由と平等をテーマにした哲学カフェ」を開催しようという話も出ている。地元の文化に少しでも貢献できたら、地元への恩返しになるかしら。

さらにもう一つ、今年のロゼッタストーンの目玉になるかもしれない事業を考えているのだけれど、発表できるのはもう少しプランが固まってから。

今年もハラハラ、ドキドキがいっぱいの1年になりそうです。


◆今年もお世話になりました…12月25日日記
気が付くと、2018年も残りわずかとなっている。今年は東京から山口に拠点を移すという激動の年だった。私が自分の「今年の漢字」を選ぶとしたら「移」か「帰」かな。

田舎からの情報発信をめざして帰ってきたものの、いろんな雑用に追われてまだ本格的に始動できていない。新刊も延び延びになっているし…。来年はもっと本気で頑張らないとなあ。

先週またお葬式があった。今度は親戚のおじさんだ(父の妹の夫)。父よりも年上だが去年までは本当に元気だったのに、亡くなるときはあっけない。それでも、自宅で最期まで過ごし、息を引き取る直前まで意識があり、眠るように亡くなったというのだから、幸せな最期かもしれない。

ちょうど日曜日だったので、おじさんは自分の娘が来るのをまだかまだかと気にしていて、娘が顔を見せたら安心したように5分くらいで亡くなったそうだ。人間は、ある程度気力で臨終の時間をコントロールできるのだろうか。

誰かが亡くなろうとする瞬間に、その人にとって大事な人がその場にいなかったら、「●●さんが来るまで頑張って」と励まし続けるのは案外有効なのかもしれないな。

何はともあれ、今年も大変お世話になりました。来年もロゼッタストーンをどうぞよろしくお願いいたします。


◆田舎はお葬式が多いのだ…12月15日日記
私が山口県に帰ってから7か月ちょっと。すでに近所で3回もお葬式があった。1軒目は家族葬だったので地区でまとめてお香典を送った。2軒目はお寺のお坊さんだったので、お寺でのお葬式に参列した。そして今月11日、3軒目のお葬式があった。

私の家がある八代は、さらに細かい地区に分かれている。それぞれの地区にはいくつかの班があり、班の中で連絡網ができている。同じ班のなかで不幸があったときは、班のみんなでお葬式をお手伝いすることになっているようだ。

今回亡くなったのは、同じ班の方だったので、私も受付を手伝った。以前はお料理をつくったりするのも近所で助け合ってやっていたというが、最近は葬儀社に頼む人が増えたらしい。11日のお葬式も葬儀社の人が仕切ってくれていたので、私のような慣れない人間でもなんとかお手伝いすることができた。

うちが属するのは、高代(こうしろ)地区の1班。八代の中では郵便局があったり、市役所の支所があったり、公民館があったり、診療所(週に1回お医者さんが来てくれる)があったり、小学校にも近かったりと、便利な場所である。うれしいことに、この班にはわざわざ他の地域から八代に移り住んできた若者が何人かいる。

両親の会話では、「だれだれが亡くなった」「だれだれが施設に入った」「だれだれが入院した」など、寂しい話題が多いのだが、若い彼らが八代の希望だ。

もっとも、80代のおばさまなどは、「百合ちゃんが帰ってきてくれてよかった。若い人がいるといい」などと言ってくれる。田舎では私もまだ「若い」方に入れてもらえるのだ。(本物の若者たちから見ると、「年寄り」仲間に入っているのかもしれないけど)

まだ若者たちとゆっくり話をしたことはないのだけど、機会があったら、どうして八代に移住したのか聞いてみたいな。


◆入場料1500円の書店がオープン…12月5日日記
田舎に引っ込んでしまうと、遠い世界のことのようだが、東京六本木に今月11日、有料の書店がオープンするらしい。名前は「文喫」。運営するのは書籍の大手卸業者(取次)の日販。店内には3万冊の本を並べ、特にアート、デザイン、ビジネス、IT、食、六本木エリアにねざしたジャンルを充実させるという。利用者は1500円の入場料を払って入館バッジを受け取り、好きな席で何時間でもゆったりと本を選ぶことができるそうだ。

店内には、本が並んでいる選書室、本を持ち込んで吟味できる閲覧室(12席)、グループで利用できる研究室、食事もできる喫茶室がある。席数はすべて合わせて90席。資料を見ると、本のある選書室と、喫茶室のスペースが同じぐらい広い。閲覧室と研究室のスペースはすぐに埋まっちゃいそうだから、喫茶室で過ごす人が多いのかな。

喫茶室の看板メニューはハヤシライス。「煎茶、珈琲はおかわり自由」だそうなので、とりあえず珈琲を注文して、そこで長時間粘らないと元が取れないかも(←考え方がセコイ?)

つまり、本の購入もできる喫茶店付有料図書館みたいなもの? 一般の書店では無料で本を選べるんだから入場料1500円は高い気がするけど、お金持ちの多い六本木だったら、ゆったり座って本を読みたい人たちもいるのだろう。

無意識に「本を選びたい」じゃなくて「本を読みたい」って書いちゃったけど、「本を買いたい」人も来てくれるのかしら。ここでじっくり選んで、買うのはネットだったりして…。

出版業界は不況が続いているので、どこも新しいビジネスモデルを模索している。これからは有料書店が増えていくんだろうか。私だったら入場料1500円を払うなら、1500円で1冊本を買うほうがいいけどなあ。周南市の駅前図書館は、蔦屋書店と一体化していてスターバックスも入ってるけど、入場料はもちろん無料だよん。

●「文喫」詳細はこちら
https://www.nippan.co.jp/wp-content/uploads/2018/11/bunkitsu_-release_1115.pdf


◆新刊についてちょこっとネタばらし…11月25日日記
新刊発売日はいまだに決められないのだが、完成に向かって近づいていることは確かだ。そこで、この日記を読んでくださっている方に、ちょっとだけネタばらし。

新刊のタイトルは『大腸がん。最新標準治療とセカンドオピニオン』。大腸がんのガイドラインに沿った標準治療をわかりやすく解説するとともに、患者さんが判断に迷ってセカンドオピニオンを求めたときの実例も多く掲載した。監修は、がん・感染症センター都立駒込病院外科部長の高橋慶一先生。それ以外に、同じ病院の消化器内科の先生、病理医の先生、緩和ケアの先生にもインタビューし、「判断に迷うケース」について教えてもらっている。

「これをやれば治る!」あるいは、「こんな治療は危ない!」と断言したほうが本は売れるのだが、ロゼッタストーンは創業以来、多角的な視点を大事にしている出版社だ。できるだけ良質で正確な情報を読者に提供し、最後は読者に判断してもらおうという姿勢で本をつくってきた。今回医療の本をつくってみて、病気の治療も正解は一つではないことがよくわかった。結局は患者自身が後悔しない治療法を選ぶしかないのだ。この本は、自分でちゃんと考えたい読者にとっては、とても役に立つと思う。

著者は薬剤師で医療ライターの雑賀智也氏。薬剤師だけあって、化学療法についての記述が非常に細かい。この本には、薬剤師の視点も入っているのだ。

私は3年前に大腸の内視鏡検診で直腸にポリープが見つかり、内視鏡でそのまま切除してもらったことがある。そのポリープが「カルチノイド」という悪性の腫瘍だったため、一時期がんの専門病院で検査を受けていた。その病院では再発予防のための手術をすすめられたが、私は手術を選択せず、経過観察の道を選んだ。いまの時点で再発はなく、私は元気で幸せな毎日を過ごしている。私にとっては手術しないことを選んだのは大正解だったと思っているが、もし、再発していたら、手術をしなかったことを後悔していたかもしれない。

今回の取材でわかったが、実はある大きさの直腸カルチノイドの手術については、医師のなかでもまっぷたつに意見が分かれるそうだ。まさに「セカンドオピニオン」にはうってつけのモデルケース。…というわけで、本の最後には、私があのときの状況でもしセカンドオピニオンを受けていたらどんなやりとりがかわされていたのか…という「再現ドラマ」(?)も掲載した。「カルチノイド」はがんの一種だが、「直腸カルチノイド」は普通の大腸がんとは少し性質が違っている。一般のがんと違って情報も少ないので、カルチノイド患者さんにも役に立つんじゃないかな。

そんなわけで、今回の本には、複数の医師の視点、薬剤師の視点、患者の視点まで入っているのである。この本には、「ロゼッタストーンの原点に戻った本づくりをしてはどうか?」と株主総会でアドバイスしてくれた株主さんたちの意見も反映されている。

「売れる本」のセオリーからははずれているけれど、自分が患者だったら読みたい本にはなっていると思う。もし、まわりに大腸がんの患者さんがいたら教えてあげてくださいね。(まだいつ発売できるかわからないけど)


◆ナベヅル第2陣飛来…11月15日日記
朝、鶴の鳴き声がするので、窓から外を見上げると、2羽の鶴が家の上を飛んでいた。

10月27日に飛来した第1陣の2羽の鶴は、数日滞在してどこかに飛び去っていた。今年は鶴が冬を越してくれるかしらと心配していたら、昨日第2陣の2羽が飛来。彼らがここに春までとどまってくれるとよいのだけど。

ここ八代に来る鶴は、ナベヅルといって灰色の鶴だ。たまに来る鶴見客のなかには、白いタンチョウヅルのような鶴を期待している人もいるようで、灰色の鶴を見てがっかりするらしい。確かに遠くを飛んでいるのを見ると、カラスやトンビみたいにも見えるのだけど、近くで見ると空を優雅に飛ぶ姿はやはり鶴ならではの美しさだ。もっとも、鶴は警戒心が強いので、あまり至近距離に寄ってはいけないことになっている。鶴見客は鶴の監視所にある望遠鏡で田んぼにおりた鶴を観察する。最近は飛来数が少ないから、空を飛ぶ姿まで見るのはなかなか短時間では難しいだろう。家の上を飛んでいく鶴を見られるのは、住民の特権かな。

さて、鶴が飛来し、冬が近づいているというのに、ロゼッタストーンではいまだに新刊の発売日が決められないでいる。本当は10月頃に発売する予定だったのに…。ある画像が送られてくるのを待っているのだが、どうなることやら…。

今回、本格的な医療本なので、これまでは社内だけですませていた校正を、医療分野に強い外部の校正者にも見てもらうことにした。著者も監修の先生も申し分のない知識の持ち主だが、思わぬ誤植があると、それだけで本の信頼性が失われてしまう。

もちろん私自身も素人の目でわかりづらいところがないか、細かいところまでチェックしている。何度も読み返すので、本を1冊つくりあげると、その直後はかなりの専門家になるのだが、しばらくするとみんな忘れてしまうのが悲しい。ま、忘れるから新しいことに向かっていけるのだ……ということにしておこう。


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