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ロゼッタストーン日記

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第20部 「世の中を逆に見る」


女編集長起業奮戦記
ロゼッタストーン日記
ついに書籍化!
「ロゼッタストーン日記」第1部(ロゼッタストーンは本当に創刊できるのか)が、
『女編集長起業奮戦記』という本になりました!
>>詳しくはこちら

いつもご愛読ありがとうございます。

昨年のテーマが「足腰を鍛える」だったのに、その甲斐なく、2018年の新春早々に道路で転んで右手首を骨折。全治2週間でたいしたことはないのですが、どうやら鍛え方が全然足りなかったようです。

さて、波乱の幕開けの今年は、いったいどんな年になるのでしょうか。今年もロゼッタスト―ン日記をよろしくお願いいたします。

ロゼッタストーン 弘中百合子


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◆親孝行な生活(?)…6月15日日記
山口県の実家に帰って1か月半。山のような段ボール箱も片付き、仕事部屋もなんとか形になってきた。気分的にはすっかり田舎になじんできて、東京に住んでいたのが夢のようである。

心配だった母親は、体調がだいぶよくなってきたようだ。最近では私が料理の支度をしようとすると、すでに母親が作ってくれていたりする(ワンパターンな私の料理に耐えきれなくなったという説もある)。帰った直後と比べると、杖はついているものの、足どりも随分しっかりしてきた。圧迫骨折がだいぶ回復してきたのだろう。

大腿骨を骨折してほぼ寝たきりになっていた父親も、車椅子での外出ができるようになった。父が入っている施設は、私の家から車で5分、歩いて20分くらいのところなので、お天気のよい日は車椅子を押して家まで連れて帰ったりしている。家の庭先でお茶をして施設に戻れば、ちょうどよい散歩コースだ。外に出ると、気のせいか父がシャキッとする気がする。

そんなわけで、私が実家に帰ったことは、いまのところうまく回っている。手遅れになる前に、親のサポートができたことは本当によかった。

先月種をまいたほうれん草や小松菜は、すっかり大きくなり、いまが食べごろだ(できすぎて、食べきれない)。葉物野菜ってあっという間にできるんだなあ。

知り合いのライターさんに、「誰のためでもなく自分のために、今の日常と気分を記録することを勧める」とアドバイスされた。とはいえ、根がぐうたらなので、個人的な日記など続いた試しがない。せめて、このロゼッタストーン日記の回数をこれから少し増やしていこうかなと思う。

目標はweb更新日の5日、15日、25日の3回更新。今年の日記のテーマ「世の中を逆に見る」は、田舎から東京を見るという意味になりそうだ。視点が変わると、新しい発見があるかしら。

※ロゼッタストーン日記は来月から月3回更新します。お楽しみに!


◆山口での生活スタート!…5月15日日記
4月28日に東京の荷物を送りだし、5月2日に山口で荷物を受け取り。引越しが無事終わった。いやー、大変だった。手伝ってくれた人に「まさか、こんなに終わっていないとは…」と呆れられてしまった。最後は分別する余裕がなくて、とりあえず段ボール箱にぶっこんで運んでもらった。

考えてみると、これまでに何度か引越ししているが、そのたびに、誰かが呆れつつ手伝ってくれ、何とかギリギリ間に合っている。どうしてこんなに進歩がないのだろう。この次引越しすることがあるとしたら、何か月も前から準備して、余裕で引越し日を迎えたいものだ。

引越しにあたって、金庫も処分した。創業直後に購入したものの、ほとんど使わなくなっていたので、中には古い書類しか入っていない。が、長いこと使わなかったため、カギはあるが、ダイヤル番号がわからなくて開かなくなってしまっていた。引越しの数日前に行ったマッサージ店で「金庫は鍵が開いていないと処分してもらえませんよ」と教えてもらい、慌てて頼んでいた不用品回収業者に確認すると、やはり鍵が開いていないと回収はできないという。仕方なく「鍵110番」みたいなところに電話して鍵を開けてもらったが、それだけでなんと3万4000円ちょっと。たか〜〜〜い!! みなさん、金庫のダイヤル番号は、絶対なくしちゃだめですよ。

山口の生活はのどかだ。昼はウグイスが鳴き、ツバメが舞い、夜はカエルが鳴いている。母に教えてもらい、ピンチヒッターとして初めてクワを持って、裏の畑にサトイモ、ほうれん草、小松菜、ピーマン、ナスなどを植えた。まさか自分が畑仕事をする日が来るとは思わなかったけど、初めてのことはちょっと楽しい。無事収穫できますように。

母も近所の施設に入っている父も、本当に年を取ってしまった。それでも、これから少しでも一緒にいられる時間が持てることを感謝したいと思う。

問題は本業の仕事だ。実家で物置のようになっている部屋を仕事場にしようと思うのだが、まず物の整理をしないと、私が持ち帰ったものが入らない。本の注文を受けたり、納品したりといった日常業務は東京の業者に委託しているので、山口では編集業務が中心になる。が、まだまだ仕事をする環境が整わない。重いものを移動したりするうちに、腰痛になってしまった。とほほ。

前回バスは1日数本と書いたけれど、いつのまにか路線バスは廃止されていた。いまは、コミュニティーバス(?)が走っているらしい。auの電波は弱く、携帯が通じないこともある。スーパーやコンビニまでは車で20分。不便なことこのうえないが、新緑はとても美しい。さて、ナベヅルの里、八代(やしろ)でのロゼッタストーンの再出発は、これからどうなっていくのでしょうか?


◆さよなら東京…4月15日日記
今年になって、田舎に住んでいる母親(86歳)が急激に弱ってきた。圧迫骨折による腰の痛みで、日常生活が不自由になってきたらしい。実家から車で30分のところに住んでいる姉が、仕事のかたわら様子を見に行ってくれているのだが、母の気力はどんどん衰え、食事もあまり食べなくなってきているという。施設に入っている父の見舞いに行ったり、孫2人の子守りをしたり…と、姉は毎日大忙しで、姉が倒れないかも心配だ。

こんな状況で私だけが東京で好きなことをやっているのも申し訳ない気がして、考えた末に思い切って田舎に帰ることにした。両親に残された時間は決して長くない。いま多少の親孝行をしないと後悔するような気がしたのだ。

というわけで突然だが、今月末には山口県周南市にお引越し。30年間住んだ東京に別れを告げることになった。帰るとしても、東京オリンピックが終わってからかなあ…なんてぼんやり思っていたのだけど、人生というのは、自分でコントロールできないことが多いものだ。

周囲を見ても、私と同世代の知人は、みんな何かしらの介護問題を抱えている。誰もが通る道を私も進んでいるわけだ。

私の実家があるのは、本州唯一のナベヅルの渡来地、八代(やしろ)。自然は美しいが、高齢化が進み、食品や日用品を買おうにも、歩いていけるところに店はない。バスは1日数本だけ。現在は、1日の乗車数が約56万人(日本で第2位)の池袋駅まで歩いていけるところに住んでいるのだから、環境が極端に変わることになる。

インターネット時代になって、どこにいても仕事はやりやすくなった。多少不便にはなるけれど、出版の仕事は地方でもできるはずだ。いずれ会社も正式に八代に移すことになる。店もないような本物の田舎に出版社ができるというのも、ちょっと面白いんじゃないかしら。子供の頃は、どうして田舎には出版社がないんだろうと不満に思っていたのだけれど、まさか何十年か後に、自分が地元で出版社をやることになるとはねえ……。

親の介護をしながら、田舎からの情報発信。どこまでできるかわからないけれど、これまで頑張ってきた自分を信じることにしよう。これまでも、ロゼッタストーンは数々のピンチを切り抜けてきたのだもの。

とはいえ、これまでお世話になった人へのあいさつ、もろもろの手続き、東京でやっておかなければいけない取材、引越しの片付け…、やるべきことが多すぎて気が遠くなる。片付けは全然進んでいないし、私は本当に引越しできるんだろうか……。

※前回のメルマガで購入したウォーキングシューズが小さすぎたと書いたけれど、購入したお店に相談に行くと、靴紐の結び方がゆるすぎて足が動くからだと指摘された。きつく結ぶと、確かに親指は痛くなくなった。ただ、靴紐を結ぶのに時間がかかるので、その靴を履くのは遠出をするときだけで、日常ではあまり履いていない。靴選びってなかなかむつかしいなあ。


◆私の足のサイズは22cm!?…3月15日日記
前回の日記で、フィギュアスケートの羽生選手にあまり期待しすぎないほうがいい…みたいなことを書いてしまったけど、結果は金メダル! いやー、参りました。足が完全に治っていないのに、4回転ジャンプをきれいに飛ぶなんてすごすぎます。脱帽。

私はといえば、右手首の骨折はほぼ治ったものの、動かさなかった分、筋肉が硬くなってしまっているので、まだリハビリ中。日常生活に支障はないが、腕をひねったり手首を曲げたりが左手ほどスムーズにできない。やっぱり羽生選手は偉大だわねえ。

去年は「足腰を鍛える」をテーマに私なりにけっこう体を動かしたのに、結果は転んで骨折……。一般には足の筋肉が衰えると転びやすいと言われている。しかし、私の場合、本当の原因は違うんじゃないかと思い始めた。

ふだんはウォーキングシューズで歩きまわっているのだが、よく小石が靴の中に入ってくるし、しょっちゅうつまずく。ラクはラクだけど、もしかしてシューズが足にあっていないのでは……? なんてことを考えていたときに、ウォーキングシューズ専門店を見つけたので入ってみた。

店長さんの話では、そのお店は、お客さんの足のサイズを正確にはかって、足にあったウォーキングシューズを提案しているのだという。「足にぴったりの靴をはいている人って、実は50人に1人ぐらいなんです」と店長さん。それなら私も…と、足のサイズを測ってもらった。

日頃私が履いているウォーキングシューズは23cm。デザインよりも、履いてみて足に痛みがなく、かかとが浮き上がらないものを選んだ。私の足は22.5cmの靴だときつく、23cmの靴だとちょっとぶかぶかするので、選ぶのにはいつも苦労するのだ。だから、22.75cmくらいじゃないかしらと思いきや…。

「あなたの足のサイズは22cmのEEEEです」だって。ええええーっ、そんなに小さくて幅広なの〜〜っ!?(Eの数が多いほど、幅が広くなる)

「これまでの靴だと、足と靴で屈曲する位置が違っていたんです。ぴったりのサイズの靴をはくと、足が喜びますよ〜」と店長さんが、私の足に合ったサイズのウォーキングシューズを出してきてくれた。

「日本人は靴の履き方を知らないんですが、靴を履くときは、必ずかかとを地面につけて、つま先を挙げて靴紐を結んでください。まずかかとを合わせ、足が動かないように固定することが大事なんです。靴紐は、上のほうから順にぎゅっと絞って、しっかり結んでください」

これまでのらくちんなシューズと違って、かなり窮屈。これが正しい靴なのかあ…と買って帰った。

翌日、新しいウォーキングシューズを履いてかなり歩き回った。足の親指が詰まった感じがして「足が喜んでいる」感覚はあまりない。それでも、不思議なことにこのシューズで歩くと、足が自然にかかと着地になるのだ。これならつまずきにくいかも…。やっぱり、私がつまずいて転んだのは、シューズのせいだったんじゃないかしら。

しかし、長時間歩いていると、親指がどんどん痛くなった。足が泣いてるじゃん…と、家に帰ってシューズを脱ぐと、がーん、なんと両足のタイツの親指のところに穴が開いていたのでした。これって足に合ってないんじゃないの!?

私の足は、結局何センチなのでしょう???


◆オリンピック選手に敬礼!…2月15日日記
平昌オリンピックが開幕し、毎日熱戦が繰り広げられている。

競技を見ていて、人間業とは思えないパフォーマンスに絶句する。私は、ただ歩いていて転んで骨折したというのに、選手たちはすごいスピード、すごい回転の演技だ。これをマスターするために、何百回、何千回と転んでいるに違いない。その衝撃を想像すると怪我をしないほうが奇跡なんじゃないだろうか。

人に話すと「同じに考えるな」と言われるのだけど、年齢もスポーツの才能もかけ離れているとはいえ、おんなじ人間だ。そりゃあ怪我するよ…と、勝手に共感している。

私の骨折は思ったよりも長引いていて、今週金曜日までは添え木(?)が外せないのだが、筋肉は回復してきている。まだペンやお箸は握れないが、右手で爪切りもできるようになったし、ハサミも使えるようになってきた。が、動かさなければ痛みはないものの、手をひねろうとすると痛くてまったく回らない。

冬のスポーツは、フィギュアスケートくらいしか日頃からチェックしていないのだが、怪我をして試合を離れていた羽生選手、宮原選手、メドベージェワ選手の演技が気になる。私のような低レベルでも、元に戻すのが大変なのだ。世界レベルの演技をするまで回復しようと思えば、どれほど努力しなければいけないのだろう。

特に日本中の期待を背負っている羽生選手は大変だろうなあと同情する。予定していた試合を欠場したことから考えても、まだ「4回転が成功したらラッキー」ぐらいの段階だと思う。あまり期待を煽ることはせず、彼のいまの演技を応援してほしい。


◆今年は「股のぞき」の精神で!…1月15日日記
お正月休み、帰省先から戻ってくる際、京都で途中下車して長年の念願だった「天橋立」に行ってきた。百人一首の「大江山いく野の道の遠ければ、まだふみもみず天橋立」をやっと踏んだのだ。

天橋立は、「股のぞき」といって、前かがみになって股の間から眺めるとよいと言われている。あたかも天と地が逆になったように見える、とのことだが、実際にやってみたらやはり天は天、地は地に見えた。それでも、日頃あまり見ないアングルからの光景は、思いのほか新鮮だった。時には風景を逆さまに見るのもよいものだ。

年末年始、アマゾンのオリジナルドラマ「チェイス」が、ジャーナリスト清水潔さんのノンフィクション『殺人犯はそこにいる』の盗作ではないかと話題になっていた。この本については以前日記で紹介したことがある。関東地方で起きた幼児連続殺害事件の真相を丹念に取材し、その過程で「足利事件」で逮捕されていた菅家利和さんの冤罪を晴らし、ついに真犯人にまで迫った素晴らしい調査報道の本だ。警察や司法の闇についても、深く考えさせられる。盛岡の「さわや書店」が「文庫X」としてタイトルを隠して販売したことでも有名だ。

主に清水さんのツイートやリツイートで情報を得ていた私は、あの本を勝手にドラマ化するなんてひどい話だと思っていた。が、「チェイス」の脚本家が福田靖さんと知って、見方が少し変わった。福田靖さんも大好きで尊敬する脚本家だからだ。いい加減な仕事をする人ではなく、ドラマの根底に人間への深い愛情がある。創る側は真剣に取り組んでいるのだろうと思ったのだ。

「チェイス」のプロデューサーは、清水さんあてのツイッターメッセージで《架空の連続ドラマという「入りやすい入り口」で表現することにより、広い範囲の人と共有することができ、結果として真相解明に向けた糸口が見つかるかもしれない。こんな想いから、ドラマ『チェイス』の制作を企画しました》と述べている。事実をドラマ化することは時々あることとはいえ、長年の調査報道で明らかにしたことを許可も得ずにドラマ化したことは間違っていると思う。遺族への配慮も足りなかったかもしれない。が、『殺人犯はそこにいる』に書かれているような内容をもっと世の中に伝えたいという気持ちはよくわかる。

どんなによい内容でも硬派なノンフィクションを読む人は限られている。「文庫X」も『殺人犯はそこにいる』を少しでも多くの人に読んでもらいたいという気持ちから生まれた企画だ。エンタメには多くの人々を惹きつける力がある。私がテレビ局のスタッフでも、全力で取り組みたくなるはずだ。

福田靖さんが、企画の裏側をどのぐらい知っているのかはわからないが、私の感情は、こうして立場を変えてみただけで、あっという間に揺れ動いてしまう。今年の私は、感情は移ろいやすいものだという前提で、絶対に許せないことは何か、理解できないけど許容できることは何か、理解できるけど認められないことは何か、やり方によっては理解しあえることは何か、そんなことを理性的に考えていくようこころがけたい。

あっちの立場に立ったり、こっちの立場に立ったりして考えるのは、時間もかかるし、どっちつかずでいい加減な感じもするけれど、ロゼッタスト―ンはもともと違う価値観をつなごうと生まれた会社だ。自分が絶対に正しいと思ったときこそ、股のぞき、股のぞき……。


◆2017年を振り返る…12月15日日記
早いもので今年も残りあと半月。というわけで、今日は今年のロゼッタストーンを振り返ってみた。ロゼッタストーン3大ニュース。

1)『ホラホラ、これが僕の骨』の発売

デザインにこだわり、ネットと紙の本を融合させ、おまけのCDまでつくってしまったチャレンジ企画。書籍は中也の詩集の原本に充実に表記、WEBは誰でもよめるように現代仮名遣い、新漢字で表記…なんて使い分けたものだから、校正の手間も2倍に。さらに朗読用に読み方を確認したり、朗読の音声が書籍通りになっていることを確認したり、と、今年1年に関していえば、誰よりも中也の詩にどっぷり浸かっていた。いまのご時世、なかなか「飛ぶように売れる」というわけにはいかないが、全国からアンケートはがきが届いていて、そこに書かれている読者の声が何よりの励みになっている。

2)アマゾン直取引開始

アマゾンにはこれまで取次(書籍の卸屋さん)を通じて納品していたが、12月からはアマゾンと直取引することにした。しばらく前からアマゾンは「日販(取次大手)に在庫がないものについては注文をキャンセルする」…という方針を打ち出し、出版社にアマゾンとの直取引を奨励していた。ただ、正味(売上の中の出版社側の取り分)が減ってしまうし、発送の手間は増えるし…でどうしたものかと思っていたのだが、ここ数か月、具体的にどのぐらいの注文がキャンセルになっているのかを教えてもらって愕然とした。アマゾンから出された弊社の本の注文のなんと8割以上がキャンセル扱いになっていたのだ。これでは迷いようがない。欲しいと思ってくれた読者に商品をきちんと届けることが最優先だ。

それにしても、出版不況だというのに日本の取次は経営努力が足りないんじゃないだろうか。弊社では週2回委託倉庫から取次に納品しているので、注文があれば早ければ翌日、遅くとも5日以内には商品が取次に届いているはずだ。自社に在庫を置かなくても、出版社の在庫を確認すれば、出荷連絡できそうなものなのに、どうしてアマゾンからの注文に応えられないんだろう。

3)幼児向け学習ノートの販売開始

以前つくっていた学習ノートを少部数増刷してロゼッタストーンWEBとヤフーショッピングで販売を開始してみた。…が、これは見事なほど売れていない。まあ、ロゼッタストーンWEBを見ても、販売を開始したという情報は「お知らせ」欄に小さく載っているだけなので、誰も販売していることに気が付かなかったんだろうと思う。他の媒体での販売や宣伝方法を考えなきゃ…と思いつつ、忙しさに紛れてそのままになっている。これは、来年の課題だ。

個人的には「足腰を鍛える」目標として、1)一人のときはエスカレーターを使わず、階段でのぼりおりする。2)毎晩の入浴時に50回のスクワット。3)1日30分以上のウォーキング。と1月の日記に書いているが、最初に挫折したのが「1」。最近は足が勝手にエスカレーターの方に歩いている(とほほ)。意外に続いているのが「2」。25回のスクワットを2セット、入浴中にやっている(特に成果は感じないけど)。不十分だけど続いているのが「3」。月に10日間くらいは30分歩いているかな。

ホットヨガと太極拳は続いているけど、ほとんど上達していない。カーブスはちょっと通ってすぐに挫折。「倒れるだけで腹筋ワンダーコアー〜♪」をつかった筋トレ「一人カーブス」をたまーにやっているが、お腹の脂肪は一向に減らず……。

「足腰を鍛える」&「ダイエット」も、引き続き来年の課題になりそうだ。(永遠の課題かもしれない)


◆デザインの役割…11月15日日記
『ホラホラ、これが僕の骨−中原中也ベスト詩集』は、デザインがほぼすべてともいえる企画である。中也の詩はすでに著作権が切れているので、読みたいだけならネットで無料で読めるからだ。この詩集の装幀と、公式サイトのデザインをお願いした佐藤好彦さんが、ご自身のブログで、この本のデザインについて語ってくれている。

佐藤さんは文章力もある方なので、ぜひデザイナー視点での制作過程を読んでほしい。

https://medium.com/@yoshihik0/

1)詩の本をつくるということ
2)詩とともに生活できる本
3)共感できるものにするために
4)文字のもつイメージ
5)モノとしての魅力
6)イメージを広げてくれる写真
7)ウェブサイトで物語を伝える

この本については、バインディングディレクターを務めてくれた篠原慶丞さんの製本会社、篠原紙工のホームページでも制作例として紹介されている。
http://www.s-shiko.co.jp/casestudy/TyuyaNakahara/

こうした制作スタッフの想いは読む人にも伝わっているようで、嬉しい感想も寄せられている。

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「本」よりも「モノ」という感じでとてもやわらかい雰囲気で見た瞬間買おう!と思いました。大好きな中原中也の詩集をこんな素晴らしい装丁で読めるなんで感動です!(中学生男子)

いくつか出版されている中原中也の書籍の中でも、とても気に入っています。本棚に入れても存在感があり、何より制作者の想いが字体や紙質などからひしひしと伝わるからです。大好きな詩を何度も読み返す楽しみを、ありがとうございます。(30代女性)

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制作中だったおまけの朗読CD(ロゼッタストーンWEBでの購入者限定)も、佐藤好彦さんのデザインで素敵に仕上がった。ゴージャスな2枚組。いま書籍を注文してくださった方にはCDも一緒に送っている。朗読は公式サイトで無料で聴けるけれど、CDのほうが音質がいいし、いちいちクリックしなくても流しっぱなしにできるのが魅力だ。

残るは解説小冊子だけなのだが、できているのは、まだ第3章まで。今月中には、第4章の解説原稿が届くのではないかと思うのだけど、今年のうちにできあがるかどうか、ドキドキである。


◆永井健一郎さんのこと…10月15日日記
私は25歳から28歳くらいまで、山口県の車販売会社でアルバイトしていたことがある。当時流行っていた女性だけの販促チームの一員だった。ちょうどバブルが始まった頃で、企業にも余裕があり、販促チームといっても、直接車の販売やPRをするのではなく、会社のイメージアップのためにイベントをやったり、名画を上映したり、ダンススクールを開いたり、ミニ情報誌を発行したりと、あの時代ならではのとても楽しい職場だった。

永井さんは、販促チームのリーダーで、唯一の男性だった。穏やかで、部下に話すときにも「ですます」調で話すような人だった。アルバイトの私にも林真理子さんの講演会を企画させてくれたり、情報誌の記事を任せてくれたり、おおらかに見守ってくれていた。好奇心が強く、おいしいお店や、新しくできたおしゃれな店など、トレンドに敏感だった。お酒と詩が好きで、熱い思いを持ったロマンチックな男性だった。

中也の生誕90年(1997年)の前には、たくさんの人たちを巻き込み、数年かけて中原中也がらみの大きなイベントを開催していた。ロゼッタで中也の詩集を出すことを伝えると、当時の資料を送ってくれたり、人を紹介してくれたり、協力してくださった。

先月、遅れに遅れた中也の新刊を永井さんに送ったところ、奥さんから電話がかかってきた。なんと8月14日、永井さんはジョギング中に倒れて亡くなったというのだ。8月の頭に電話で元気な声を聞いたばかりだったので、あまりにも急な知らせに驚いた。いまも全然実感がわいてこない。人の人生って、こんなにもあっけなく終わってしまうものなのだろうか。

私が上京してからも、ゆるーくつながっていたのだが、お世話になっただけで、私は何もできなかった。中也の本はちょっと喜んでもらえるかなと思っていたのだけど、結局間に合わなかった。

せめて、永井健一郎さんという素敵な男性がこの世に存在したことをネット上だけでも残しておこうと、この追悼文を書いている。

訃報を聞いてまもなく、外階段に置いてあるエアコンの室外機の横から、何か月も前になくしたイヤリングの片方が見つかった。長期間野ざらしになっていたわりにはきれいなままだった。ちょうど『ホラホラ、これが僕の骨』のカバーの写真に写っている小石のような形の青いイヤリングで、私には永井さんが「ホラホラ、これが僕の骨」と冗談で届けてくれたように思えた。もちろん、そんなわけはないのだけれど……。

ホラホラ、これが僕の骨ーー
見てゐるのは僕? 可笑しなことだ。
靈魂はあとに殘って、
また骨の處にやって來て
見てゐるのかしら?
(中也の詩「骨」より)

ご冥福をお祈りいたします。


◆『ホラホラ、これが僕の骨 -中原中也ベスト詩集-』への反応…9月15日日記
ロゼッタストーン新刊『ホラホラ、これが僕の骨ー中原中也ベスト詩集ー』が発売になった。書店からの反応はおおむね好評で、予想以上の注文はあったのだが、この業界は委託販売なので、実際に読者が書店でこの本を買ってくださるかどうかは、まだまったくわからない。それでも、店頭に並ばなければ、一般の人に知られることもない。読者になってくださるかもしれない人が触れる機会が少しでも増えたことはよかったなあと思う。

今回の本を出すきっかけになったのは、今年が中也の生誕110年、没後80年にあたるからなのだが、広島大学時代の親友の影響もある。彼女は、高校時代から中也に傾倒し、中也の生家を訪ね、当時ご存命だった中也の弟さんと年齢差のある飲み友達になり、毎月のように広島から山口に通っていた。

その彼女にこの新刊を送ったら、電話があった。

「すごいねー。こんな本、見たことがないよ。なんだか木の肌に触れているような、すごい癒し感がある。本だけど、職人さんがつくったような感じがあるよね。PUR製本っていうの知らなかったけど、本当にめいっぱい開いても、ページがはずれたりしないんだね。デザイナーさんが「詩とともに生活できる詩集」をめざしたって書いてあったけど、すごく共感できる。この本ずっとバッグに入れておいて、疲れたときなんかに見たい感じ。表記がオリジナルに忠実っていうのもいいね。最近は読みやすさ重視で表記が勝手に変えられていて、オリジナルのものが読めないものね。章分けもいいと思うよ。まだパラパラ見ただけだけど、章ごとの面白さもあるし、どこから読んでもいいつくりだよね」

と、大絶賛。デザイナーさんが狙っていた効果を正確に読み取る彼女はさすがだなあ…と、感心する。もちろん、私への配慮もあるのだろうけど、とりあえず、中也の詩が大好きな友人が満足してくれたことに一安心。あとは、どうやって広めるかなんだよなあ……。


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