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ロゼッタストーン日記

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第19部 「足腰を鍛える」


女編集長起業奮戦記
ロゼッタストーン日記
ついに書籍化!
「ロゼッタストーン日記」第1部(ロゼッタストーンは本当に創刊できるのか)が、
『女編集長起業奮戦記』という本になりました!
>>詳しくはこちら

いつもご愛読ありがとうございます。

会社創立前から始めて、今年で19年目を迎えたロゼッタストーン日記。今年のテーマは「足腰を鍛える」にしました。
自分自身も会社としても、基礎を固め、少々のことでは揺るがない状態にしたいと思います。

なお、今年からロゼッタストーン日記は、毎月15日に更新します。「日記」というより「月記」になってしまって恐縮ですが、その分、中身の濃い情報をお届けできるよう頑張ります。

今年もハラハラドキドキ、ロゼッタストーン日記をよろしくお願いいたします。

ロゼッタストーン 弘中百合子


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◆デザインの役割…11月15日日記
『ホラホラ、これが僕の骨−中原中也ベスト詩集』は、デザインがほぼすべてともいえる企画である。中也の詩はすでに著作権が切れているので、読みたいだけならネットで無料で読めるからだ。この詩集の装幀と、公式サイトのデザインをお願いした佐藤好彦さんが、ご自身のブログで、この本のデザインについて語ってくれている。

佐藤さんは文章力もある方なので、ぜひデザイナー視点での制作過程を読んでほしい。

https://medium.com/@yoshihik0/

1)詩の本をつくるということ
2)詩とともに生活できる本
3)共感できるものにするために
4)文字のもつイメージ
5)モノとしての魅力
6)イメージを広げてくれる写真
7)ウェブサイトで物語を伝える

この本については、バインディングディレクターを務めてくれた篠原慶丞さんの製本会社、篠原紙工のホームページでも制作例として紹介されている。
http://www.s-shiko.co.jp/casestudy/TyuyaNakahara/

こうした制作スタッフの想いは読む人にも伝わっているようで、嬉しい感想も寄せられている。

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「本」よりも「モノ」という感じでとてもやわらかい雰囲気で見た瞬間買おう!と思いました。大好きな中原中也の詩集をこんな素晴らしい装丁で読めるなんで感動です!(中学生男子)

いくつか出版されている中原中也の書籍の中でも、とても気に入っています。本棚に入れても存在感があり、何より制作者の想いが字体や紙質などからひしひしと伝わるからです。大好きな詩を何度も読み返す楽しみを、ありがとうございます。(30代女性)

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制作中だったおまけの朗読CD(ロゼッタストーンWEBでの購入者限定)も、佐藤好彦さんのデザインで素敵に仕上がった。ゴージャスな2枚組。いま書籍を注文してくださった方にはCDも一緒に送っている。朗読は公式サイトで無料で聴けるけれど、CDのほうが音質がいいし、いちいちクリックしなくても流しっぱなしにできるのが魅力だ。

残るは解説小冊子だけなのだが、できているのは、まだ第3章まで。今月中には、第4章の解説原稿が届くのではないかと思うのだけど、今年のうちにできあがるかどうか、ドキドキである。


◆永井健一郎さんのこと…10月15日日記
私は25歳から28歳くらいまで、山口県の車販売会社でアルバイトしていたことがある。当時流行っていた女性だけの販促チームの一員だった。ちょうどバブルが始まった頃で、企業にも余裕があり、販促チームといっても、直接車の販売やPRをするのではなく、会社のイメージアップのためにイベントをやったり、名画を上映したり、ダンススクールを開いたり、ミニ情報誌を発行したりと、あの時代ならではのとても楽しい職場だった。

永井さんは、販促チームのリーダーで、唯一の男性だった。穏やかで、部下に話すときにも「ですます」調で話すような人だった。アルバイトの私にも林真理子さんの講演会を企画させてくれたり、情報誌の記事を任せてくれたり、おおらかに見守ってくれていた。好奇心が強く、おいしいお店や、新しくできたおしゃれな店など、トレンドに敏感だった。お酒と詩が好きで、熱い思いを持ったロマンチックな男性だった。

中也の生誕90年(1997年)の前には、たくさんの人たちを巻き込み、数年かけて中原中也がらみの大きなイベントを開催していた。ロゼッタで中也の詩集を出すことを伝えると、当時の資料を送ってくれたり、人を紹介してくれたり、協力してくださった。

先月、遅れに遅れた中也の新刊を永井さんに送ったところ、奥さんから電話がかかってきた。なんと8月14日、永井さんはジョギング中に倒れて亡くなったというのだ。8月の頭に電話で元気な声を聞いたばかりだったので、あまりにも急な知らせに驚いた。いまも全然実感がわいてこない。人の人生って、こんなにもあっけなく終わってしまうものなのだろうか。

私が上京してからも、ゆるーくつながっていたのだが、お世話になっただけで、私は何もできなかった。中也の本はちょっと喜んでもらえるかなと思っていたのだけど、結局間に合わなかった。

せめて、永井健一郎さんという素敵な男性がこの世に存在したことをネット上だけでも残しておこうと、この追悼文を書いている。

訃報を聞いてまもなく、外階段に置いてあるエアコンの室外機の横から、何か月も前になくしたイヤリングの片方が見つかった。長期間野ざらしになっていたわりにはきれいなままだった。ちょうど『ホラホラ、これが僕の骨』のカバーの写真に写っている小石のような形の青いイヤリングで、私には永井さんが「ホラホラ、これが僕の骨」と冗談で届けてくれたように思えた。もちろん、そんなわけはないのだけれど……。

ホラホラ、これが僕の骨ーー
見てゐるのは僕? 可笑しなことだ。
靈魂はあとに殘って、
また骨の處にやって來て
見てゐるのかしら?
(中也の詩「骨」より)

ご冥福をお祈りいたします。


◆『ホラホラ、これが僕の骨 -中原中也ベスト詩集-』への反応…9月15日日記
ロゼッタストーン新刊『ホラホラ、これが僕の骨ー中原中也ベスト詩集ー』が発売になった。書店からの反応はおおむね好評で、予想以上の注文はあったのだが、この業界は委託販売なので、実際に読者が書店でこの本を買ってくださるかどうかは、まだまったくわからない。それでも、店頭に並ばなければ、一般の人に知られることもない。読者になってくださるかもしれない人が触れる機会が少しでも増えたことはよかったなあと思う。

今回の本を出すきっかけになったのは、今年が中也の生誕110年、没後80年にあたるからなのだが、広島大学時代の親友の影響もある。彼女は、高校時代から中也に傾倒し、中也の生家を訪ね、当時ご存命だった中也の弟さんと年齢差のある飲み友達になり、毎月のように広島から山口に通っていた。

その彼女にこの新刊を送ったら、電話があった。

「すごいねー。こんな本、見たことがないよ。なんだか木の肌に触れているような、すごい癒し感がある。本だけど、職人さんがつくったような感じがあるよね。PUR製本っていうの知らなかったけど、本当にめいっぱい開いても、ページがはずれたりしないんだね。デザイナーさんが「詩とともに生活できる詩集」をめざしたって書いてあったけど、すごく共感できる。この本ずっとバッグに入れておいて、疲れたときなんかに見たい感じ。表記がオリジナルに忠実っていうのもいいね。最近は読みやすさ重視で表記が勝手に変えられていて、オリジナルのものが読めないものね。章分けもいいと思うよ。まだパラパラ見ただけだけど、章ごとの面白さもあるし、どこから読んでもいいつくりだよね」

と、大絶賛。デザイナーさんが狙っていた効果を正確に読み取る彼女はさすがだなあ…と、感心する。もちろん、私への配慮もあるのだろうけど、とりあえず、中也の詩が大好きな友人が満足してくれたことに一安心。あとは、どうやって広めるかなんだよなあ……。


◆新刊 『ホラホラ、これが僕の骨 -中原中也ベスト詩集-』が発売されます!…8月15日日記
来月、ロゼッタストーン久々の新刊が発売される。メルマガでは時々状況を報告していたのだが、諸事情で延期につぐ延期…。どうなることやらと思っていたが、なんとか無事発売できそうだ。

今度の新刊は、山口県出身の詩人、中原中也の詩集だ。今年は中也の生誕110年、没後80年に当たる。誕生日の4月29日には間に合わなかったけど、命日の10月22日には間に合いそうだ。『ホラホラ、これが僕の骨』は、中也の「骨」という詩の一節だ。この詩集は、音楽でいうとベストアルバムのような、中也の代表作を集めた詩集なので、中也の「骨格」をなす作品、という意味も込めている。

中也の詩はすでに著作権が切れているので、読むだけならネットで無料で読むことができる。

そこでこだわったのは、「紙の本」のよさ。デザイナーの佐藤好彦さんや、製本会社の篠原慶丞さんらと相談しながら、「モノ」として愛着を感じられるものにしたいと考えた。

佐藤さんの提案で、カバーで使うことになった写真は、茜屋渉さんという人の海の写真。聞けば鎌倉の海だという。まったくの偶然だが、中也が最後に亡くなったのは鎌倉の地。写真のぽつんと転がっている石が骨のかけらのようにもみえ、まるでこの詩集のために撮り下ろした写真みたいだ。

本の断面は製本で行うファイバーラッファーという手法で、削られている。そのため、普通の本の断面のようにまっすぐではなく、ギザギザしていて触り心地が面白い。本文の紙自体も、触り心地を重視して選んである。

PURという強力なのりを使った製本なので、本を開きっぱなしにしておくことができる。中也の詩は見開きで終わる短いものが多いが、お気に入りの詩を開いたまま眺められるのもこの本の利点だ。

内容は4章だて。1章の「生ひ立ちの歌」には自分を見つめた詩を、2章の「汚れつちまった悲しみに…」にはリズムに特徴のある詩を、3章の「春日狂想」には愛する者をうたった詩を、4章の「一つのメルヘン」には心象風景をうたった詩を集めた。全57篇。章ごとに、いろんな中也を楽しめると思う。

文章の表記は、あえて、原本に忠実に、中也の時代の旧漢字、旧仮名遣いにした。ルビも原本にあるものだけを生かした。原本に忠実にしようと思うと、意外に大変だ。中也の処女詩集『山羊の歌』は当時限定200部しか印刷されていないのだもの。今回は中也の詩集『山羊の歌』『在りし日の歌』の貴重な原本が保存されている日本近代文学館に何度も通った。

当時は活版印刷なので、書体はいまと微妙に違う。『山羊の歌』と『在りし日の歌』でも、書体は少し違っている。現代にない文字は作字してもらうなど、なるべく原本を忠実に再現するよう心掛けた。

しかし、旧漢字と新漢字には、点のあるなしなど、わずかな違いしかないものもあるので、何度校正しても見落としがある。今回、とうとう私は老眼鏡を購入したのであった。とほほ。原本と照らし合わせるだけだから校正はラクかと思いきや、見通しが甘かったのだよ。

「え、でも旧漢字なんて読めないよ」と思ったあなた、ご安心ください。まだ制作中ですが、この本には専用サイトがあって、そこでは同じ詩が、現代仮名遣い、新漢字、ルビたっぷりで掲載されているのです。おまけにすべての詩を、元山口放送アナウンサー、池内博子さんの朗読で聴くことができます。さらに、中也研究で知られる青木健先生の全詩解説まで読めるのです。(これもまだ制作中ですが)
各詩には、読者の感想を書きこめるようになっているので、同じ詩を他の人がどう読んだかもわかる仕組み。たくさんの感想が集まったら、中也のそれぞれの詩を、みんなで鑑賞しあう、これまでにない詩のサイトができあがることに。みなさま、ご協力よろしくお願いいたしますね。

……とまあ、今回の詩集は、紙の本のよさだけでなく、ネットのよさも最大限に生かそうという欲張り企画なのだ。

「ネットでいちいち解説をクリックするのは面倒」という方も大丈夫。『ホラホラ、これが僕の骨』を購入してくださった方は、本にはさまれた応募はがきを弊社に送れば、もれなく青木先生の解説小冊子がもらえるのです!(2018年末まで)

(だんだんテレビショッピング風になってきた)

お値段が心配?? ご安心ください! これだけの手間ひまと愛情をかけて、この詩集は本体価格がたったの1600円!(税込1728円) 単行本の詩集は2000円ぐらいする本も多いのですが、読者のみなさまのために、ロゼッタではお手頃価格でご用意しました。

(わー、やすーい!! 太っ腹〜。買っちゃおうかなあ…)

ちょっと待った!! それだけじゃありません。ロゼッタストーンWEBからご注文くださった方には、池内博子さんの朗読CDまでおまけにつけちゃいます!!

(えー。うそー。すごーい。パチパチパチ)

さあ! お申し込みはいますぐこちらに!!!⇒ …と、言いたいところなのだけど、まだロゼッタストーンWEBで販売の準備が全然できていないのであった。やれやれ。販売までいましばらくお待ちくださいませ。


◆都議会議員選挙と女性議員…7月15日日記
先日の都議会議員選挙で、女性議員が36人当選し、女性議員の比率が約28%と大幅に上昇した。以前から国会でも地方議会でももっと女性議員が増えればいいと思っている私にとっては、喜ばしい結果である。

ただ、女性議員というのは数が少ないだけに、よくも悪くも目立つ。豊田真由子議員の暴言はセンセーショナルに取り上げられたし、稲田朋美防衛相の失言や行動も問題視されている。「やっぱり女性はね…」と思われないように、議員になった女性たちには気を引き締めて頑張ってもらいたい。女性議員が増えて都政がよいほうに変わっていくとよいのだけど……。

関係ないけど、豊田真由子議員関連で私が一番気に入ったのはこれ。豊田真由子議員の暴言が見事に音楽になっている。世の中にはいろんな才能の人がいるわねえ。
https://twitter.com/zomaguitar/status/882099515808858113

小池百合子都知事に対しては、発信力の強さと、女性を活用する姿勢、情報を公開する姿勢を応援している。一方で、選挙後、すぐに都民ファースト代表を辞任したのはあれ???と思った。替わって代表になった野田数氏は、かつて「日本国憲法は無効で大日本帝国憲法が現存する」という請願に賛成した超タカ派。小池氏自身もタカ派的な傾向はあるので、そっちの方向にあまり振れないように文字通り「都民ファースト」の姿勢で頑張ってもらいたいと思う。

都知事選でほとんど存在感のなかった民進党は、代表の蓮舫氏が二重国籍ではないことを証明するために戸籍を公開することになったようだ。そんなことで支持率は上がらないと思うんだけどね。


◆白虎隊と山口県の意外な絆…6月15日日記
先日、山口県関係の人たちが集まる会合に出席したときのこと。目の前に座っていたおじさまと名刺交換したら、名刺に「白虎隊会員」とある。白虎隊といえば、戊辰戦争のときに会津の飯盛山で集団自刃した悲劇の少年たち。長州や薩摩を中心とした官軍に攻撃された会津(福島県)では、いまも長州(山口県)嫌いの人が多いと聞く。「どうして山口県の人が白虎隊会員なんですか?」と不思議に思って聞いてみた。

「実はね、白虎隊で生き残った一人は、山口県でかくまわれていたんです。その事実は、かくまった側も、かくまわれた側も、長い間固く口を閉ざして世間に公表しなかったんですが、最近になって事実がわかってきましてね…」

後日、その男性が関連する新聞記事を送ってくれた。2013年3月28日の日経新聞。自刃した白虎隊士16名のなかに、唯一蘇生した飯沼貞吉という隊士がいる。その孫の飯沼一元氏が『白虎隊士飯森貞吉の回生』という本を自費出版したという記事だ。

それによると、貞吉をかくまったのは、山口県美祢市の楢崎頼三という人物。頼三は会津に味方した徳川方諸藩の兵を東京へ護送する責任者だったのだとか。「貞吉は頼三に庇護され、長州で西洋の電信技術を知った。新政府の工部省に入り、電信の敷設にまい進した」とある。

生きのびただけで負い目を感じたであろう隊士が、よりによって長州で庇護されたなんて、いろいろ辛かっただろうなあ。飯沼家では、白虎隊のことを話題にすることさえ禁忌とされていたそうだ。

それでも、電信技術者として文明開化に尽力し、70代後半まで自分の人生を生き抜いた貞吉は偉いと思う。傷ついた少年隊士を庇護し、貞吉の立場を考えてかくまったことをずっと黙っていた楢崎頼三と楢崎家の人々も立派だ。

白虎隊の最期のようすは、後年、貞吉によって語られた。「事実を伝える」ということもとても重要な役割。運命の神様は、彼にその役目を与えたのだろう。

白虎隊の悲劇から約150年。いま世間はフェイクニュースであふれ、何が事実で何が事実でないやら、わけがわからなくなっている。正しい語り部は、いつの時代にも必要だ。


◆テレビショッピングの誘惑…5月15日日記
決まった番組以外、そんなにテレビを見ないのだが、たまに深夜テレビをつけてテレビショッピングを見てしまうことがある。そこでは、紹介する商品がいかに素晴らしく効果が高いかをこれでもかと繰り返し放送している。(絶対こんなに効果があるわけないよね…)と思いつつ、(買うとしたら3000円以下かな…)とか(1万円以下でなきゃこんなのいらないわ…)と、価格をつい想定する。

そんな消費者心理をうまくついて「いまから30分以内に限り2980円!さらにおまけで…」とか、「なんと価格はいまだけ9800円!先着●名様限り」などと、番組ではちょうど手頃な価格を示して煽ってくる。「もし、効果がなかった場合は、●日以内であれば、全額返金します!」といわれれば、「気に入らなかったら返せばいいんだしね…」とさらにハードルが下がる。

……というわけでGW前に買ってしまったのです。私、「3分ゆ〜らゆ〜ら♪ながらウォーク」という器具。「倒れるだけで腹筋ワンダーコアー〜♪」の成果がまだ全然出ていないのにも懲りず、とほほ。

番組では、パンツがぴっちぴちでファスナーが上がらない女性が、3分ながらウォークするだけで、きつかったパンツがはけるようになる場面が次々に流れていた。もちろんテロップに「一時的な現象です」とか「個人によって使用感に差があります」という注意書きは書いてあるのだけど、本当にそんなことがあるのかしら…と、つい試してみたくなってしまったのだ。

で、私もぴっちぴちのスカートで試してみたのだけど、3分やったあとも、やっぱりスカートはぴっちぴちなのであった。ま、「個人によって使用感には差がある」からね。あと腰痛持ちの人はやめたほうがいいかもしれないなあ。

テレビで見るような魔法は、自分の身にはおこらないのだと改めて学習した私だが、返品期限までもう少しゆ〜らゆ〜らしてみようかと思っている。


◆ニッポンよ、どこへ行く…4月15日日記
「新学習指導要領」では、保健体育の武術の種目に新たに「銃剣道」が加わったそうである。聞いたこともなかったが、「剣道のような防具を身に付けて竹刀の代わりに木銃を用いて相手と突き合う競技」(ウィキペディアより)なのだとか。旧日本軍の戦闘訓練に使われていたそうで、競技人口のほとんどは自衛隊員だという。なぜ、そんなものが中学の授業に組み込まれるのだろう。選択肢の一つだし、教えられる教員もほとんどいないので広がることはなさそうだけど、いまさら明記する意味がわからない。

道徳の教科書検定の結果、「パン屋」が「和菓子屋」に変わったというニュースもあった。『我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ』という点が足りないと指摘されたのだとか。

政府は、教育現場での「教育勅語」の取り扱いについて、「憲法や教育基本法などに反しないような形で教材として用いることまでは否定されない」という見解を示したという。

一つ一つのニュースは小さいことだけど、ムードというのは恐ろしい。日本の国はどこへ向かおうとしているんだろう。

でも、世界はもっとこわい。

シリアでは国民に対して化学兵器が使われ、それに対してアメリカは空軍基地へのミサイル攻撃に踏み切った。北朝鮮はアメリカへの警戒心を露わにし、核・ミサイル開発を推し進める考えだ。あの国だったら、何かの拍子に日本の米軍基地を攻撃するんじゃないかと心配になる。

米国家安全保障会議(NSC)は、核兵器を在韓米軍に再配備することをトランプ大統領に提案したという。うーむ。なんだかきな臭い。

世の中のあれこれを考えていると、無力感が募ってくるのだが…。

先日、ラジオで高山樗牛(ちょぎゅう)の言葉を紹介しているのを聞いた。「己の立てるところを深く掘れ。そこに必ず泉あらむ」(自分が立っているところを深く掘れ。そこから必ず泉が湧き出る)

私に世界は救えないけど、そばにいる人の役に立つことはできるかもしれない。本を通じて、誰かを元気にすることもできるかもしれない。私は私の井戸を掘ろう。できることからやらなくちゃね。


◆時にはひねくれ者の視点で……3月15日日記
日頃「物欲はあまりないの…」なんて言っている私だが、流行りものにはけっこう弱い。「発売以来●百万個の売上!」とか、「●●で、●年連続ナンバー1!」なんて宣伝文句を見ると、1回だけ試してみようかな…なんて購入してしまうことも時々ある。

ニュースで豊洲問題が取り上げられれば、「まったく豊洲はどうなってるのよ」と思い、森友学園の話題が盛り上がれば、「なんでこの学園がこんなに優遇されるわけ?」と憤る。世の中はもっと公正であるべきだと、正義が勝ち、悪が敗れるわかりやすい物語の結末を見たくなる。

「だが、ちょっと待て」と、私の中に住んでいるひねくれ者が、情動に流されやすくなっている私に突っ込みを入れる。世の中が一つの方向に流れようとしている時ほど、他の視点がないか、立ち止まって考える必要があるのではないか。

最近、「悪の原点」的な扱いで再び表舞台に登場してきたのが石原元都知事だ。それが魅力でもあったふてぶてしい物言いは相変わらずで、大物の悪役としては、申し分ないキャラクターだ。豊洲問題はすべて石原元都知事の責任である…という結論を、世間は求めているようにも見える。都知事時代の経費の使い方や、出勤日数の少なさなどについて言及する声もある。

が、豊洲問題はいまに始まったわけではない。土壌の安全性について疑問視する声は前から上がっていた。石原氏の働き方や、右翼的な考え方を批判する声もあった。それでも東京都民は、「石原氏がよい」あるいは「他の人よりマシ」と4回も選挙で石原氏を都知事に選んだ。いまになって石原氏にすべての責任をぶつけるのは、違うような気がする。石原氏に責任があるなら、都民にだって責任はある。

豊洲問題は、利権がからんでいないか、安全面は実際どうなのか、そういう具体的事実を着実に明らかにしてほしい。

森友学園も、叩きやすいのは、籠池理事長だ。中国韓国への差別的な発言、幼児への過激なしつけ、政治家へわいろを贈ろうとした疑惑など、次々にトンデモないような話が表に出てくる。ここまで騒がれては、小学校建設は難しいだろう。安すぎるといわれた土地の取引は、小学校を認可しないことで、国が買い戻して幕引きされるかもしれない。

けれども、本当に心配なのは、「小さな頃から愛国者教育をしたい」と考えている人たちの力が、予想以上に大きくなっているということだ。籠池理事長は、忠実にやりすぎて非難されたが、愛国者教育を行うなら便宜を図ってやろうと思う政治家、その意志を忖度する役人は、また別の道を探るだろう。

次々にミサイルを発射する北朝鮮にどう向き合うのか、軍備増強をすすめる中国に対して手をこまねいてよいのか、日本を守るためには必要な道だ、と彼らは言うかもしれない。でも、「日本万歳」と叫び続けて失敗してしまったのが、第二次世界大戦ではなかったのか。

大衆が敵に向かって熱狂する一番の例は戦争だ。みんなが同じ動きをするときは、自分の中のひねくれ者に呼び出しをかけよう。世間とは別に、自分にとって本当に大事なものは何かを考えよう。そんなことを思ったりする今日この頃である。


◆フェイクニュースの誘惑…2月15日日記
真実よりも興味が優先する時代になってきた。ネット上ではフェイク(偽)ニュースが飛び交い、アメリカの大統領選にも影響を与えたと言われている。

アクセス数をかせぐためにわざと嘘のニュースを書く人もいれば、嘘ときづかずそのニュースを拡散する人もいる。フェイクニュースは事実よりも面白い場合が多いし、人間は自分がそうあってほしいと思っている内容に飛びつきやすい。私だって気になる見出しがあれば、ついクリックしてしまう。面白い話はつい人に言いたくなる。フェイクニュースの拡散者になる危険性は誰にでもある。世の中にあふれている情報のなかで、何が本当で何が嘘かを見極めるのは難しい。

個人の情報が間違っていて、大手マスコミの情報が正しいというわけでもない。いくら正しいことを伝えようとしても、誰も興味を持ってくれなかったら商売にならない。「演出」と「やらせ」の境界線は結構あいまいだ。

政府だってよく嘘をつく。あるいは事実を隠す。南スーダンがどんなに危険でも、「戦闘行為はない」ことになっている。

トランプ大統領の誕生で最近注目されている、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』という本をいま読んでいる。その世界では、過去のニュースも為政者に都合よく書き換えられ、何が本当なのか誰も知ることができない仕組みができあがっている。そんな世界は耐えられないと思うけど、実際に世の中がそうなったら、それになじんでしまうのだろうか。

いまロゼッタは大腸がんの本をつくっている。「これでがんが治る!」とか、「こんな治療は無駄!」といったセンセーショナルな内容のほうが売れるだろうけど、著者と意見が一致しているのは、患者にとって本当に必要な正しい情報を伝えること。

フェイクニュース全盛時代、小さな出版社ができることは限られているけれど、「ロゼッタストーンが出している本だったら信用できるね」と思ってもらえるように、せめて手の届く範囲で、ささやかに真実を追求していきたい。


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