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バックナンバー Vol.49

紙屋悦子の青春
マッチポイント
水の花


ディア・ピョンヤン ■ ■ ■

ディア・ピョンヤン「1910年、日本が朝鮮半島を併合。」
 いきなりこのショッキングな字幕から始まるこの映画。「ディア・ピョンヤン」というタイトルを聞いただけでも未体験ゾーンへ突入覚悟だったのに、さらに深みへと連れ込まれる感じがした。しかも監督は朝鮮総連幹部の末娘として産まれたヤン・ヨンヒさん。内容はヤンさんとその家族のドキュメンタリーだ。  しかし、そんなシーンと私の思いはやがて一転。ご両親のナイスキャラに笑いつつ、自分の生き方を認めてもらうために監督が重ねる父との対話に引き込まれていった。映画は、独特の家族を描いているようで実は普遍的な父子のテーマをも描いている。自分の生き方を親に認めてほしい、期待には応えられないけれども、という子の願い。 そして、家族は違いを乗り越える。
 だが、こうして父子の対話に成功したのも、実はヤンさんが末「娘」だったからではないかと思う。万景峰号の中や北朝鮮の町の様子等の撮影に成功したのは、もしかしたらヤンさんが朝鮮総連幹部の娘だからか……。そういったあらゆる意味で、今まさにタイムリーなこの映画はヤンさんだからこそ撮れたのだと思う。
 終盤。入院中の父が、意識が朦朧(もうろう)とする中、発する家族への思い。そして、朦朧としているのに突然はっきりと発する北朝鮮への思い。済州島出身の父が北朝鮮に入れ込む理由が、ここで初めて分かった気がした。そして冒頭の字幕で説明された在日朝鮮人の背景が、パッと、このシーンへとつながった。
 構成、内容ともに素晴らしい出来。今後のヤン・ヨンヒ監督の作品にも期待大だ。

(中沢志乃)
『ディア・ピョンヤン』

監督:ヤン・ヨンヒ
配給:シネカノン
http://www.film.cheon.jp/

=1点、=0.5点。最高得点=5点
紙屋悦子の青春
監督:黒木和雄
出演:原田知世、永瀬正敏、松岡俊介
配給:パル企画
http://www.kamietsu.com/
 

高井清子          ★★★★★
 コンプレックスが創作の原動力になるアーティストは多い。だがそれを攻撃ではなく、静かに受け入れて希望に変える人がいる。それがまさしく黒木和雄という人間だと思う。そして本作は遺作にふさわしく、彼の声と生き様を見事に結晶させている。スクリーンの戦時下に生きる庶民の日常に笑いつつ、その雰囲気にずっしりと影を落とす戦争の重みは、昔も今も社会の流れに押し流されていく市井の人々の愚かさと悲しみを伝えつつ、ふと漏らす反抗に、強いメッセージを感じずにはいられない。私も熱く、冷静で、優しい、その黒木監督のまなざしを忘れないで生きていきたい。
伊藤洋次          ★★★★
 こんなにも叙情豊かな作品を撮れる監督が、今後の日本映画界に現れるだろうか? そんな心配をしてしまうほど、黒木和雄監督の描いた世界は冴え渡り、かつ澄んでいる。映画に対して「凛とした佇(たたず)まい」と表現するのはおかしいかもしれないが、本作を見ている最中、ずっとそんな雰囲気を感じていた。悦子(原田知世)の笑顔と悲しみ、永与(永瀬正敏)の生真面目でぎこちない動き、兄夫婦のとぼけた会話……。一つひとつの場面が心にじわりと染みてくるようだった。
重本絵実          ★★★☆
 画面から伝わってくるのは戦中の庶民のとりとめもない会話で、戦争の残酷さではない。けれど、台詞の端々から戦争によって何かをあきらめて生き抜かねばならなかった人々の慟哭が聞こえてくる。「お前は日本が負けると本気で思っているのか?」戦局への見解の相違が喧嘩につながる時代だった。おそらく当時、日本には紙屋悦子のような女性はたくさんいただろう。彼女だけではない。しかし、愛だの恋だの論じる今とは違う、こういう青春を選んで生きてきた女性の選択を若い人たちに見てほしいと思う。登場人物たちが鹿児島弁を水を飲むが如く自然と喋ってくれれば、もっと高評価できる。けれど力作であるのは間違いない。


マッチポイント

監督:エロリー・エルカイェム
出演:ピーター・コヨーテ、エイミー・リン・チャドウィック、ジャナ・クレイマー
配給:ギャガ・コミュニケーションズ
http://www.matchpoint-movie.com/
マッチポイント

悠木なつる         ★★★★★
 あと1点でゲームの勝敗が決まる最後の得点、マッチポイント。プロテニス・プレイヤーを引退したクリスが、次は男と女の関係においてマッチポイントを迎えることになる。この憎らしいまでに計算され尽くしたウディ・アレンのプロットには脱帽! 危険な香りのする恋ほどロマンチックで燃え上がる。スカーレット・ヨハンソンが、クリスの愛人を官能的に演じているのが印象深い。最初は、ありがちな不倫話かと思いきや、中盤以降、その予想は見事に裏切られ、一気にサスペンス味を帯びた展開を見せる。瀬戸際に立たされたクリスの姿に、ふと名作『太陽がいっぱい』('60)が思い浮かんだ。生き抜く上で「運」は大切だとつくづく実感させられる作品。
中沢志乃          ★★★★☆
 「全ては運で決まる」。監督のウディ・アレンはこの映画でそう言いたかったらしい。映画の結末には賛否両論あるだろうが、私は結構納得。実際、世の中でやりたいことを全うした人はほとんどが「運が良かった」と言うらしいし、あるいは彼らは努力を大した努力とも思わないような人たちなのかもしれない(主人公だってあの地位を得るために方向性はともかく、努力したのだ)。そして、努力次第でチャンスに気付き、チャンスを自分の味方につける……もちろん、巻き添えを食った隣人に関してはそんなこと以前の話だが。いつものウディらしからぬ作り、最後のどんでん返しが最高!
はたのえりこ        ★★★★
 人生は運が決める。私もよくそんなことを思う。だからいいやーと、運もないクセに努力しないバカな私はともかく、人は毎日何かを決意して、運命の選択を瞬間的にしている。で、後から振り返ると、あのときこうしていたら……と思えてくるものだ。オペラに誘われて出かけたら、お嬢様クロエに気に入られた。官能的なノラに出会ったら、強烈に惹かれてしまった。ノラが妊娠したら、その存在が一気に邪魔になった――この物語の主人公クリスには、そんな「さあ、どうする?」という瞬間があまりに集中的に訪れ、少し気の毒にも思える。どんな出来事にも必ずきっかけがあり、選択を迫られる瞬間が訪れるものだ。
 鬼気迫る存在感を放つファム・ファタール、スカーレット・ヨハンソンには今後も期待したい。そして、NYを初めて離れたウディ・アレンが描いたロンドンに拍手喝采。彼の手にかかればドラマチックなヴェルディのオペラも小粋に聴こえてくるから不思議だ。


水の花

監督:木下雄介
出演:寺島咲、小野ひまわり、津田寛治
配給:ぴあ+ユーロスペース
http://www.pia.co.jp/pff/mizunohana/
 

伊藤洋次          ★★★★☆
 西川美和監督が『ゆれる』で描いた兄弟の葛藤も良かったが、木下雄介監督が本作で見せた姉妹の関係も素晴らしい。あまりにも重いものを背負ってしまった二人の少女、美奈子と優。台詞の少なさによって二人の感情や置かれた状況がぐっと際立ち、否応なく見る側の心に突き刺さる。新人監督ながら、すごい作品を撮るものだ。美奈子の弾くピアノに合わせて、優がバレエを踊るシーンが特に秀逸。
岡崎 圭           ★★★★
 主人公は年の離れた異父姉妹だが、私にも8才違いの妹がいる。私の場合、両親は離婚することなく、家庭外に愛人や子を持つこともなかった。けれども私たちには血のつながった姉妹ならではの残酷な闘いがあった。妹が生まれた時、兄は既に小学校高学年で男友達と遊んでいる方が楽しい年頃だったけれど、私はまだまだ母を独占したかった。結果、私は妹を理由なく苛めて泣かせたり、意地悪をしては痛めつけた。そんな妹は今年の10月に結婚を控えている。実家近くで式を挙げるため、先日一緒に帰省して式場との打ち合わせに同席した。仕事をしながら結婚準備をしている妹は忙しいながらも充実している様子。未婚の私にとって今の彼女の姿は眩しくて仕方がない。姉として嬉しいような悔しいような複雑な気持ちである。でも、今なら言える。「妹がいて良かった」と。
団長              ★★★
 いろいろ考えさせられる作品でした。テーマは親子の愛憎。笑えるところは一つもありません。この作品を通じて何を伝えたいのか、これだ!という確信は持てないのですが、あれこれ考えつつ最後まで目が離せませんでした。特に少女がきれいにメイクをした顔をとらえたエンディングは、いろいろな解釈ができて考えさせられます。再放送で見る大昔の傑作ワイド劇場的な、年代を感じさせる映像も妙に印象に残りました。


2006.9.29 掲載

著者プロフィール
中沢志乃 : 1972年5月8日、スイス生まれ。5年間、字幕制作に携わった後、2002年4月、映像翻訳者として独立。夢は世界一の映像翻訳者。現在、トゥーン・ディズニー・チャンネルで吹替翻訳を手がけた「X-メン」が絶賛放映中。9月21日、字幕翻訳をしたクライヴ・オーウェン×ジェニファー・アニストン×ヴァンサン・カッセルの「すべてはその朝始まった」発売。

高井清子 : 1966年生まれ。企業勤めの後、ロンドン留学を経て、フリーの翻訳者に転身。映画の脚本やプログラムなどエンタテインメント関連の翻訳をする。今は韓流にどっぷりはまり、『韓国プラチナマガジン』にもレビューを寄稿している。

重本絵実 : 1981年名古屋市生まれ。この現実を生き抜くことに嫌気がさし、映画の世界に迷い込み早五年。もう抜けられません。ただ今のベスト・ワンは「天井桟敷の人々」と「浮雲」(成瀬巳喜男監督)です。

悠木なつる:1973年生まれ。安定していたOL生活をあえて手放し、現在、映画ライター見習い中。「食えるライター」を目指してジャンル問わず映画を観まくる日々。

はたのえりこ : 1979年東京生まれ。今のところ編集者の道を歩みつつあるが、果たしてどこに行き着けるのか、本人にもわからず。海外に行くと、必ず映画館の現地調査をしたくなります。先日訪れたギリシャは完全に「パイレーツ・オブ・カリビアン2」に街が占拠されていました。ジョニー・デップ効果は万国共通らしい。

岡崎 圭:“GEROP"(Grotesque-Eros-Psyche)探求者。または如何物喰い。どちらかというと邦画が好きです。

団長 : スーパーロックスター。メジャー契約なし、金なし、コネなしながら、来秋、日本武道館でライブを行う。ラジオDJ、本のソムリエ、講演、コラムニストなどとしても活躍中。大の甘党で“スイーツプリンス”の異名をとる。バンドHP http://www.ichirizuka.com

伊藤洋次 : 1977年長野県生まれ。業界紙の会社員(営業)。メジャー映画はなるべく避け、単館系しかもアジア映画を中心に鑑賞。最近気になる監督は、廣末哲万・高橋 泉、園子温、深川栄洋、女池充など。



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