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バックナンバー Vol.54

ディパーテッド
どろろ
マリー・アントワネット

シネマの達人が語るとっておきの一本 : 第2回 その場所に女ありて

(今月の監修:古東久人)

巻頭コラム : 『それでもボクはやってない』

裁判所は真実を探りあて、公平な判決を下し、罪を犯した人間にそれ 相応の罰を与えるところ。ふつうに暮らしていれば、お世話になること もないし、自分からは遠いところにある存在。ましてや冤罪なんて、石 油王のご自宅拝見のような気が遠くなるほどの他人事だと思っていた。 でも違う。裁判はひとりひとりが闘わざるをえない戦場なのだ。

ある日とつぜん痴漢と間違えられ速攻逮捕されて留置場に入れられ、 家族とは会えないままに刑事検事弁護士に何度も何度も同じことを聞か れて終いには脅され、自白や証拠もなしに起訴されて裁判が始まり、法 廷では興味本位の傍聴人がいるところでまた同じことを話してはさらし 者にされる。そしてその間ずーーーっと「ボクは痴漢なんてやってな い」と言い続けなくてはならない。そんな、それ自体がすでに刑罰のよ うな痴漢冤罪裁判を、ほぼ脚色なしに描いた映画である。

「この題材なら『撮れる』『撮りたい』じゃなくて、『撮らないわけに はいかない』という使命感があった」と周防監督が言うように、この映 画では「いかにおもしろくするか」より、「いかに現実を正確に伝える か」に力を入れている。そのぶん登場人物の背景の描写は少ないが、か えって役者さんの素のキャラクターが浮かび上がって、よりリアルに感 じるのだ。裁判シーンが始まると、まるで自分が傍聴しているような気 がしてきて息苦しくなる。だからやってないって言ってるじゃないか! と叫びたくなる。

ちょっとしたきっかけがあり、裁判を傍聴するようになって4カ月ほ どが経つ。数々の納得しがたい裁判を傍聴して感じたもやもやを、この 映画は少し晴らしてくれた。実際のところ、日本人はこの映画をおもし ろがっている場合ではないのだ。

(屋敷直子)

監督:周防正行
出演:加瀬亮、瀬戸朝香、山本耕史、もたいまさこ、役所広司


最新映画星取表 =1点、=0.5点。最高得点=5点

『ディパーテッド』 (2006年・米/ワーナー)  
監督:マーティン・スコセッシ
出演:レオナルド・ディカプリオ、マット・デイモン、ジャック・ニコルソン
香港映画『インファナル・アフェア』のリメイク。警察とマフィアに潜入したふたりの男の宿命を描く。

中沢志乃           ★★★★
 観賞後、印象に残ったのはなんといっても音楽と覆面捜査官役ディカプリオの怖いけど頑張ってます、でも泣きそう顔。そうそう、この人、こういう演技、本当にうまいわよね、この泣きそうなのがかえってリアルでマフィアのボス、コステロにも疑われないのかしら…なんて思っていると、いいタイミングで絶妙な音楽が気分を盛り上げてくれます。欲を言えば、マフィアに潜入した覆面捜査官と警察に潜入した覆面マフィア、2人の「ネズミ」の心の揺れがポイントの映画だと思うので、あまりカットを多用せず演技をじっくりと見せて欲しかったけれど、音楽があまりにキマッてるし冒頭部はワクワクしたので★4つです!
団長               ★★★
 スリリングな作品で眠くなることはありませんでした。微妙に心に引っかかりが残った部分も、エンディングでスッキリしました。が、オススメしたいものではありません。別人として生きること、裏切り、欺いて生きることの葛藤や辛さは、人生への何らかの示唆になるかもしれませんが、終始重苦しいですね〜。途中でそろそろラクにさせてほしい、と思いました(笑) この重苦しさこそが本作品の醍醐味からもしれませんが…。
悠木なつる          ★★★
 オリジナル版の香港映画『インファナル・アフェア』が“地獄”を意味するのに対し、本作のタイトルは“死者”。意外な結末に、変更されたタイトルも納得できた。アクの強さにかけて右に出るものはいないジャック・ニコルソン。常に何かを企んでいそうな鋭い目つきにはマフィアのボスがよく似合う。彼の存在感溢れる演技によって、作品はグッと引き締まった仕上がりを見せている。中盤以降、先の読めないストーリーがスリリングに展開する。が、オリジナルがそうであったように、2人の主人公の複雑な身分を場面転換の度に確認するのが精一杯で、内容に没頭するのは難しかった。まぁ、それは私の理解力不足によるところが大きいのだけれど。
南木顕生           ★★
 20分におよぶアバンタイトルまではワクワクするほど面白かったんだけど、残念ながら後が続かない。オリジナルでアンソニー・ウォンがやってた役を、マーティン・シーン、マーク・ウォールバーグ、アレック・ボールドウィンと三人に分けている。なるほど警察機構を考えるとそっちの方がリアルだろう。しかし、そのことによってアンソニー・ウォンとエリック・ツァンのような確執が警察側とジャック・ニコルソンにないのが大いに減点。一方で、ケリー・チャンとサミー・チェンがやってた双方の恋人を一人に絞ったのだが、それってリアリズム的にどーなのよ?「合わせ鏡」を表現するにゃベタすぎやしませんか? そもそも、レオナルド・デカプリオとマット・デーモンに愛される女で、なんであんなブスがキャスティングされるんだ! それともアレか、さすがにギャラが続かなかったのか!? しかし、いくらなんでも腑に落ちないのは、あの女医がデカプリオと寝る理由。直前に彼女が恋人のマットを信用できなくなるようなエピソードが要るんじゃないのだろうか? 多分カットしたと思うがカットの方向性が間違ってるような気がする。それに当然描かれるべき「三角関係」についてはまったく無視ってのはどういうことなのだろう。デーモンとデカプリオが会ってからのドラマが異様に薄いのは何故。単なる年寄りの息切れか!? そういえば、最近のスコセッシって冒頭の勢いが最後まで続いたためしがないよなぁ。大体、オリジナルより遊びがないのになんで2時間半になるんだ! 脚本も重厚なドラマを目指してるわりには書き込みが足りないぞ。ニコルソンのFBIとの繋がりも新たに書き足したなら、ボストン市警とFBIの確執も描きこめるだろう。台詞だけになっていないか? ま、このへんちょっとウトウト気味だったので、単に見落としていたのかもしれないが……。「インファナル・アフェア」を知らないで見る観客はそこそこ楽しめるかもしれない。大方、本国の評価もそーゆーことだと思う。多分、設定の面白さが評価のすべてなんだな。大したことねぇな、アメリカの映画ジャーナリズムって……。


『どろろ』 (2007年・日/東宝)  
監督:塩田明彦 
出演:妻不木聡、柴咲コウ、中井貴一、瑛太、原田芳雄
手塚治虫原作の映画化。父親の野望のため肉体を魔物に奪われて生まれた百鬼丸が、野盗の少年どろろと共に肉体を取り戻す旅に出る。アクション監督は、チン・シウトン。

伊藤洋次         ★★★★
 さすが手塚治虫原作というだけあって、ストーリーが抜群に面白い。魔物の手に渡った自分の肉体を取り戻すという設定からして秀逸だし、過去にまつわるエピソード、さらに実の父との対峙まで興味深い要素ばかりだ。劇中に登場する琵琶法師が、主人公・百鬼丸の運命を「因果なこと」と話す場面があるが、その言葉にすべてが凝縮されている。ただ一つ思うのは、優れたストーリーであるからこそ、人気俳優やワイヤーアクションに頼らない映画にしても良かったのではないか。もっと深い人間ドラマとして、しかも白黒画面でじっくり見せる手法もあっていいと思うのだが……。まあ、それでは興行的に難しいのは百も承知だが(笑)、もし製作されたら私はそちらの方をぜひ見てみたい!
はたのえりこ       ★★★☆
 妖怪好きの私にはたまらなく楽しいジャンル。原作と少し設定は違うとはいえ、CGとアクションのバランスもまあ程よくエンタテイメント性の濃い作品に仕上がっていた。でも、原田芳雄&瑛太=「あずみ」、中井貴一=「陰陽師2」というイメージが浮かんでしまって、何か面白みに欠けた。百鬼丸の母役、原田美枝子も含めて、皆さん素晴らしい役者さんで大好きです。とはいえ、安全な道を取ったんだなと思えるこのキャスティングは、冒険心が感じられず少し悲しい。原作の面白さが保障されている場合、新しい俳優発掘を試ることも必要では?数年後、あの俳優はこの映画が見つけたんだという偉業をなせるかもしれない。というわけで、手塚治虫、底なしの創造力に改めて感服。
岡崎圭          
 "アイドル映画"を久々に観た、という気がした。妻夫木聡と柴咲コウの姿かたちだけを堪能する映画.。「面白かったか」と問われれば「つまらなかった」と答えざるを得ない。それでも、クールで陰のある妻夫木聡の表情に見惚れたシーンがたびたびあっただけでも“儲けもの”だっ た。 ただ、最後に「残りあと24部分」とクレジットがついたのを見て、「あ、これは絶対に続編が作られるな」と商業主義の匂いを感じて後味悪し…。
南木顕生          星なし
 身体の48の部分を奪われた百鬼丸が魑魅魍魎を倒すことで一つずつ取り戻してゆくという、その設定の因果関係の説明からはじまる。まじめに順を追う段取りがすべてかったるい。この手のファンタジーは1作目を意識するのではなく、まるでパート2であるかのように事件中心で?いだ方が実は効果的。百鬼丸とどろろの出会いなんかも描かず、最初から二人一緒に行動してても何の問題もない。因果関係なんか短い台詞のやり取りでいくらでも説明できるはずだ。原田芳雄のフランケン博士がモンスターを作るわけだが、それはどう頑張っても説明描写にしかならないから笑わそうとしてるのだろう。すくなくとも脚本のNAKA雅MURAの意図はそうだったかもしれない。しかし監督の塩田明彦が下手すぎてさっぱり笑えない。まず、塩田に劇画センスがまったくないのが致命的。この映画の参考試写としてスタッフに見せたのが「雨月物語」なのは簡単に推測できるが、見せるべきだったのは溝口ではなく三隅研次の方だろう。チン・シウトンをアクション監督に招いているが編集や仕上げにどこまで立ち入っているか大いに疑問。アクション監督はカメラワークやカッティングに責任を持たなければ意味がない。アクションがここまで編集と効果で殺されてる例を他に知らない。金目当てで仕事を請けたチン・シウトンの今回の仕事はアクション監督とはとても呼べない。単なる「振付師」だ!モンスターが人間の身体を少しずつ取り戻すことによって肉体も精神も弱くなっていかなければならないはずだ。化け物が化け物を殺すことによって「人間」を取り戻してゆく話ならもう少しまとまったと思うし、ドラマやラブストーリーも作りやすかったのではないだろうか? なるほど当初の脚本はそのように書かれていたことは、クライマックスに対峙するのが化け物ではなく人間だということで推測はできる。ならば「化け物から人間へ」のコンセプトは「スーパーマンからスーパーマン」という全く変化のないものに変ってしまったのは俳優行政の所為なのだろうか。かっこよさ重視か? 役者としては、目が見えない演技から見える演技、耳が聞こえない演技から聞こえる演技、喋れない演技から喋る演技と変える楽しみがあるのだと思うが、そういうものに妻夫木自身が興味がないのなら、たいした役者じゃないなと思う。つまらない現場ほど俳優はデキちゃうらしいが(監督の悪口で盛り上がったりして)、今回の妻夫木と柴咲のロマンスもそういうことなのかね。


『マリー・アントワネット』 (2006年・米.仏.日/東宝東和=東北新社)  
監督:ソフィア・コッポラ
出演:キルスティン・ダンスト、ジェイソン・シュワルツマン、アーシア・アルジェント
37歳で生涯を終えたフランスの王妃マリー・アントワネットの物語を、ひとりの女性の成長期としてとらえた宮廷絵巻。

高井清子          ★★★★★
 包装は軽やかで華やかだが、その中には女の業が渦巻いている感じで、目や耳を存分に楽しませてもらいながら、胸の奥がチクチク突き刺さる作品だった。最初から場面ごとのマリーの心境が一つひとつとても共感でき、享楽に走る若き王妃にも納得。それは昔、ヴェルサイユ宮殿で私が感じた彼女の孤独感が確信に変わっていく時間でもあった。現代のポップな音楽の使われ方も効果的で、マリーも現代の少女と変わらない一人の人間だったことが心地よく伝わってくる。さらに母へ、大衆の憎悪に立ち向かう王妃へと成長していく姿に目が離せず、エンドクレジットが上がってきた瞬間、「もっと続きが見たい」と名残惜しかったが、覚悟を決めた女の勇姿がいつまでも余韻に残った。
野川雅子          ★★★
ポップな音楽と共に映し出される、女性なら誰もが夢見る、おとぎの国のような宮殿暮らし。そして作品の中には、自分本位ではなく、しっかりその時々で物事を考えて生きていた聡明なマリーがいた。子供を愛し、最後まで夫と共に生きようと離れなかったマリーは、夫を支えるしっかり者の王妃としての役割を果たそうとしていたのだと思う。14歳で誰も知らないフランスに嫁がされ生きていた、一人の女性の華やかな生活の中での孤独な心情を描いた美しい作品である。
くぼまどか         ★★
 ベルバラ世代には、きつい映画だと思う。観ているとどうしても、以前コミックで読んだ「あの場面」「この場面」が、思い出される。史実を厳格に交渉してゆくと、ポイントごとに同様の表現が出てくるのは仕方ないとしても、世界でもうすでに「それをやってしまっている人がいる」エンターテインメントは、どこか手垢がついた印象が、いなめないのだ。しかも、あの華麗な世界を、宝塚という豪華絢爛なステージで表現したあとでは、コッポラ監督も、目のつけどころが悪かったというか、気の毒としか言いようがない。ただひとつ、ロックをふんだんに使ったBGMが奇妙にマッチしていたところだけは、新しい試みとして評価して、星2つ。
南木顕生          
 結局、ソフィア・コッポラは首尾一貫して雰囲気しか描けないのだな。どの作品にもドラマに芯がない。人物の「生活」を描くことに腐心してるが「性格」は描くつもりはない。一字違いで大違いだ。こういうやり方は好みではないが否定するつもりはない。ちっともリアルじゃないけど彼女なりのリアリズムなのだろう。雰囲気先行はアニュエス・ヴァルダの「幸福」とか先例はあった。ならば、ギロチンは描くべきではないだろうか!? 残酷な顛末をやらないと「雰囲気」が締まらない。政治を描く場合、政治から一番遠い人間を主人公にすべし、とは前にも書いたが、そういう意味でマリー・アントワネットは政治から一番遠い人物。少し期待した。しかし、このバカ娘に政治(歴史)を描くつもりなどハナからないようなので、ひたすら呆れるしかなかった。「ねぇねぇ、ヴェルサイユ宮殿でマリー・アントワネットを撮りたいのよ」「え、アタシあの衣装着たぁい!」と監督と女優のパーティでの会話が浮かんでくるような中身のなさである。マリー・アントワネットは自分の乳房を模ったボウルで作ったおっぱい型ババロアを食したそうだ。こんな面白いエピソードを何故やらん。一発で彼女のキャラクターがわかるではないか!? ちゃんと取材したんかい。マリー・アントワネットのおっぱい型ボウルが博物館に展示されてると聞くぞ。キルスティン・ダンストのおっぱいを必死で隠してるのは何故だ!? 友達だから遠慮してるのか!? それともマリーほどの巨乳ではないから映さなかっただけか? いらんわい、そんなリアリズム! 巨乳と生首を出さずして、なんの「マリー・アントワネット」だ! 乳洗って出直して来い!! この映画、親父は製作、兄貴がセカンドユニットの監督をしてる。騙されてこんなホームムービーに金出してんじゃねぇぞ! 衣装部の気の遠くなるような作業にたいして星はひとつ献上する。


シネマの達人が語るとっておきの一本 : 第2回 その場所に女ありて

  わたくしがここで挙げる“とっておきの1本”は、「その場所に女ありて」。1962年、東宝製作、升田商二、鈴木英夫のオリジナル・シナリオを鈴木英夫が監督した作品です。などと偉そうに書いていますが、わたくしが映画監督・鈴木英夫の名前を知り、彼の映画に初めて触れたのは、わずか6年前に過ぎません。2001年の6月、渋谷道玄坂上にあったシブヤ・シネマ・ソサエティという狭い小屋(今はシネマ・アンジェリカという名前です)のモーニングショーで、鈴木の1965年作品「悪の階段」に出逢ったのです。
  金庫破りに成功した4人の男が、金の独占欲が高じて殺し合いを演ずるに至る内部抗争劇をサスペンスフルに描いてみせた映画で、途端に魅せられてしまいました。このあと、「黒い画集 寒流」(61)、オムニバス映画「くちづけ」(55)の一挿話などを観て、鈴木の簡潔かつ的確な画面作りには感心するばかりでしたが、2002年6月、アテネフランセ文化センターが、鈴木の回顧特集を組んでくれたため、「彼奴を逃すな」(56)、「危険な英雄」(57)、「脱獄囚」(57)、「非情都市」(60)など、さらに8本をまとめて観ることができ、その中に鈴木の最高傑作である「その場所に女ありて」も含まれていたのです。銀座にある広告代理店を舞台に、元はコピーライターながら芽が出ずに営業部に鞍替えとなっている女性・司葉子を主人公にして、製薬会社の新薬発売に合わせた広告を巡ってライヴァル代理店の辣腕営業マン・宝田明と繰り広げる熾烈な争奪戦を縦軸に、司の同僚女性たちが抱えているトラブルや悩み、司と宝田の恋愛、司の姉・森光子とだらしない年下の夫・児玉清との確執などが描かれてゆく映画です。そして作品全体から浮かび上がってくるのは、男性に“依存”するのではなく、対等に“共存”しようとする女性たちの凛とした生き方の美しさであり、1999年に男女共同参画社会基本法が成立してようやくジェンダー(社会的性差)が意識されるようになった日本において、45年も昔に既にジェンダーに自覚的な映画が作られていたことに驚かされます。主演の司葉子にとっても、これが最高傑作であることは疑いないでしょう。

(根岸侘助)

2007.3.5 掲載

著者プロフィール
古東久人 :  1959年生まれ。1980年代にキネ旬常連投稿から映画ライターへ。 映画雑誌に執筆。編著「相米慎二・映画の断章」(芳賀書店)。 生涯のベストはブニュエルの「皆殺しの天使」と長谷川和彦の「太陽を盗んだ男」。

屋敷直子 : 福井県生まれ。自営ライター業。エロから社会派まで書けるようになりたいと思っている。ライフワークは散歩と傍聴。好みのものは、鉄道、巨大建造物、非常階段、酒。

中沢志乃 : 1972年5月8日、スイス生まれ。5年間、字幕制作に携わった後、2002年4月、映像翻訳者として独立。夢は世界一の映像翻訳者。現在、トゥーン・ディズニー・チャンネルで吹替翻訳を手がけた「X-メン」が絶賛放映中。10月25日、字幕翻訳をした「ラストサマー3」発売。

団長 : スーパーロックスター。メジャー契約なし、金なし、コネなしながら、来秋、日本武道館でライブを行う。ラジオDJ、本のソムリエ、講演、コラムニストなどとしても活躍中。大の甘党で"スイーツプリンス"の異名をとる。バンドHP http://www.ichirizuka.com

悠木なつる : 1973年生まれ。安定していたOL生活をあえて手放し、現在、映画ライター見習い中。「食えるライター」を目指してジャンル問わず映画を観まくる日々。

南木顕生 : 1964年生まれ。シナリオライター。日本シナリオ作家協会所属。映画は劇場のみ鑑賞をモットーに現役最多鑑賞脚本家を目指している。ここ二十数年、年間劇場鑑賞数百本を下回ったことがないのが自慢。怖いもの知らずの辛口批評は仕事を減らすのでは、と周囲に心配されているとか……。

伊藤洋次 : 1977年長野県生まれ。業界紙の会社員(営業)。メジャー映画はなるべく避け、単館系しかもアジア映画を中心に鑑賞。最近気になる監督は、廣末哲万・高橋 泉、園子温、深川栄洋、女池充など。

はたのえりこ : 1979年東京生まれ。今のところ編集者の道を歩みつつあるが、果たしてどこに行き着けるのか、本人にもわからず。海外に行くと、必ず映画館の現地調査をしたくなります。先日訪れたギリシャは完全に「パイレーツ・オブ・カリビアン2」に街が占拠されていました。ジョニー・デップ効果は万国共通らしい。

岡崎 圭 : "GEROP"(Grotesque-Eros-Psyche)探求者。または如何物喰い。どちらかというと邦画が好きです。

高井清子 : 1966年生まれ。企業勤めの後、ロンドン留学を経て、フリーの翻訳者に転身。映画の脚本やプログラムなどエンタテインメント関連の翻訳をする。今は韓流にどっぷりはまり、『韓国プラチナマガジン』にもレビューを寄稿している。

野川雅子 : 1985年山形県生まれ。19歳で映画に出会い、それ以来、映画に恋愛中。人の心を描いた邦画が特に大好き。日本中に映画の魅力を幅広く伝えられる映画紹介をするのが夢。

くぼまどか : 「人生すべてが経験値」をスローガンに、ピアニストからライターへと変身を遂げ、取材記事は元よりコラム・シナリオ、最近では創作活動にも手を染めつつあります。基本的に映画は何でも好きですが、ツボにはまると狂います。「ロード・オブ・ザ・リング王の帰還」封切りを観る目的だけでロンドンに飛んだのがちょい自慢。

根岸侘助 : 1955年、東京生まれ。某出版社に入社し、少女漫画雑誌の編集に10年間従事したのち、某放送局に転職、現在に至る。映画は年間約300本を映画館で観ている。古今東西なんでも観るが、ハリウッド娯楽大作は苦手。


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