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第37回 「教員養成での改善すべき点」について


皆さんこんにちは。お待たせして失礼しました、第37回の記事をお届けします。
 安倍首相の音頭で始まった、首相直属の「教育再生会議」ですが、「教育委員会の機能・権限強化」という方針に、「地方分権に反する」という声があがるなど、実効性ある意見が出せるか、注目されています。

もともと、教育に関する有識者の会議としては、文部科学大臣に属する中央教育審議会(中教審)があります。教育再生会議で出た提案も、ここで改めて審議され、実行できるか検討されます。

つまり、「教育再生会議で決定したことは、そのまま実行されるかどうかわからない」のです。そして、忘れてはならないのは、「首相が代われば首相直属の会議は終わる可能性が高い」ことです。私は今、「有効な対策が出ても、結局現場にじゅうぶん反映されずに終わってしまう」ことを恐れています。

今回は、「教員養成での改善すべき点」について考えていきます。
 通常、教員免許を取得するためには、大学・短大で単位を取得することが必要です。通常の授業で取るべき科目以外に、教員免許取得のため決められた科目を履修しなくてはなりません。一般的にはこのことを「教職課程を履修する」と呼んでいます。
 (このような通常のルートではなく、「教員資格認定試験」を受け、免許を取得する人もいます。ただ、このケースは非常に少なく、通常は大学・短大で単位を取得して教員免許を取得します)

 単位を修得し、大学・短大を卒業すれば、卒業した大学の所在地のある都道府県の教育委員会から、晴れて「教員免許」を交付されます(私は、東京都内の大学を卒業したので、東京都教育委員会から教員免許を交付されました)。

ただ、実際に教員として採用されるためには、私立・公立とも、採用試験を受けて合格する必要があります。
 採用試験があることから、教員採用に関しては、医師や看護師のように、国家試験を実施しない、とされています。

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教員免許に必要な単位を得て、大学を卒業すれば、教員になれるということは、極端な言い方ですが、「就職率が悪く、偏差値がつかないような大学を出ても、教員養成課程を終えていれば、無免許教員ではない」ことを意味します。 また、有名大学出身で、たとえ大学時代に勉強をきちんとしていない人でも、免許を取得していれば、「無免許教員ではない」ことになります。 このような現状から考え、私は、まず、「大学での教員養成を改革するべき」だと提案したいです。

誤解のないように書きますが、私は、大学の名前で本人の力量が測れると思ってはいません。でも、英語であれば、「外国人と会話ができない」、国語であれば「有名な小説や和歌の作者名を読めない、知らない」人でも、大学で教職課程を終えていれば、「教員」になれるのです。

そのような人が「万が一」採用試験を通り、あるいは「縁故」(コネ)採用で、現場にきたらどうなるでしょうか。英語教員なのに外国人教員と会話ができない教員、予備知識の少ないまま授業をしなければならない教員…(実際にこのような人の話を、私は今まで見聞きしてきています)。そのような人は「力量不足」として、最悪の場合現場を外され、退職につながるでしょう。

本来であれば、大学での教育段階でもっと、「教壇に立つ場合」を考えて指導がなされるべきです。でも、「厳しくするとかわいそう」と教授が甘く評価をして、とても教員にふさわしい知識を持たない者でも、単位を出してしまうケースが実際には多いのではないでしょうか。

甘く評価をする、というのは、一見すると楽です。ですが、「身につけていなくてはならないことが身についていない」のに、単位を出してしまうというのは、決して本人のためにはならないはずです。

このようなことを防ぐには、大学での教育内容の水準を文部科学省が定めるか、国家試験として「教員資格試験」のようなものを実施するといった改革が必要なのではないでしょうか。もちろん「教員資格試験」を実施した場合でも、教員を採用する「教員採用試験」が欠かせませんので、こちらの内容を軽くして、「模擬授業と面接」などの形にすることも必要です。

また、教員養成課程では必ず「○○科教育法」という授業があります。私も大学3・4年生の時、「国語科教育法」の授業を受けました。3年と4年、それぞれでこの授業の単位を取得しなくてはならないことになっています。

この授業が大学によって大きく質が異なり、たとえば、付属校を持つ大学では、付属校の教員が実践的な指導をしている場合もあります。教育実習に行く前に、学生の水準を上げ、「一般的な知識のない」学生を現場に送り込まないよう、厳しく指導をしている場合もあるようです。

また、付属校との連携ができていない場合や、また、付属校を持たない大学の場合、大学以外で教えた経験が「まったくない」大学教員が教えている場合もあります。

どちらが学生にとってありがたく、また、有益であるかは、言うまでもありません。「うちの大学の教育法、ぜんぜん内容が役に立たない」と言っている学生もいるのです。高い学費を払い、役に立たない内容を習って、現場に立つ教員は不幸です。

せめて「教科教育法」は、現役の教員、または退職後5年以内の教員が教えるといった縛りを設け、実践的に有効な授業をしていくべきではないでしょうか。

このようなさまざまな問題点から、民主党が「大学での教員養成は6年制にすべき」との案を打ち出しているようです。内容によりますが、このような改革も重要かもしれません。

そして、1998年度の大学入学者から、田中真紀子議員の議員立法により、教員免許取得のためには、「介護等の実習体験を必要とする」こととなりました。
 ですが、これは、「小学校と中学校」の教員免許を取得する場合に限られています。その結果、介護実習があるため、中学の免許を取得せず、高校の教員免許だけを取得する人もいます。

ただ、現実問題として考えれば、公立・私立とも、中・高一貫教育が注目される現在の日本で、「高校の免許しかない」場合、採用試験を受けられないほうが多くなっています。ですので、今は「高校の免許しか取得しない=教員として就職する意志がない」と見なすのが普通です。

でも、そのような者でも、教育実習に来れば指導しなくてはならず、お粗末な内容の授業しかできなかった場合、生徒は混乱しますし、教員も、あとのフォローが大変です。 大学によっては、このような現状から、「中・高セットで免許を必ず取得する」指導をしているところもありますが、学生本人に任せているところもまだ多くあります。

もし、主要教科の教員免許を「中・高セットで取得する」ことを義務化すれば、「教職に就く意志のない」者は免許を取得しようとしなくなるはずです。

最後に、今後、教員免許を10年ごとに更新する制度の導入が決まりそうですが、研修時間の多さが指摘されています。また、不適格教員、と言われる者の排除ができるかどうか問題視されています。たとえば、模擬授業、模擬カウンセリングを実施して、教員としての適正を効率良く見極めることも有効なのではないでしょうか。

今、日本の教育のあり方が大きく変わるかもしれない時期に来ています。首相(=船長)がうまく舵を取れるか、そうではないか、日本という船に乗っている私たちひとりひとりが、責任を持って見ていて、賛成する時はもちろん、おかしいと思うときにも声をあげる必要がある、私は強くそう考えています。

2007.3.7 掲載

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