ロゼッタストーン コミュニケーションをテーマにした総合出版社 サイトマップ ロゼッタストーンとは
ロゼッタストーンWEB連載
出版物の案内
会社案内

第86回 「教員が入学式を欠席した問題」について

皆さんこんにちは。今回も連載をご覧下さりありがとうございます。
  この連載は2005年4月開始、この春9周年を迎えました。これからもできる範囲で、日々現場で感じることを発信していきます。どうぞよろしくお願い致します。

今回は、先日話題になったことに関しての、意見を書きます。埼玉県の高校教員が我が子の入学式に出席するため、勤務先の入学式を欠席したことが、大きな話題を呼びました。私がこの話題に気づいたのは4/12で、またたく間に日本中で大きな議論を巻き起こしました。

現場にいる者として感じるのは、「苦渋の決断だったのではないか」ということです。「本来入学式に出席すべきですが、今回の場合はやむを得なかった」と感じます。新入生と初めて顔合わせをする入学式に、積極的に休みたい教員がいるでしょうか。大事な日に、我が子の生涯で一度の日が重なり、どちらを取るか、ぎりぎりまで悩まれたのではないかと拝察します。更に、休んだことが全国的に報道され、ストレスなど感じていないか大変気がかりです。

少子化で、学校行事や式典へ参加される保護者が多い、と感じます。高校まではもちろん、大学の入学式でも、平日でも両親揃って参列しているケースを見ます。ある家庭で子どもがひとりなら、保護者にとって「我が子の入学式」は、その学校で一度しか経験できない、ということもあるのでしょう。現場でそのような状況を見ているからこそ、この教員も、我が子のために勤務先を欠席した、と私は感じました。最終的に休暇を許可したのは校長ですから、校長もやむを得ないと考えたのではないでしょうか(校長はどうしても担任教員を出勤させたければ、休暇を許可しない、という方法を取ることもあり得ました)。

なお、この件に関し、埼玉県の教育長も、処分もしないし異動の対象にしないと定例記者会見で明言しました。

    ※「埼玉新聞」2014/4/15記事
    http://www.saitama-np.co.jp/news/2014/04/15/01.html

中学と高校では、基本的にクラスに副担任がおり、研究日や休暇などで担任不在の日に、代わりに業務を行なうことになっています。報道された学校でも、副担任がフォローをし、また、担任からのメッセージも紹介された、ということでした。今回は事前に休暇を申請していましたが、たとえば、担任がインフルエンザなどにかかり、公的行事でも突然休まざるを得ない場合もあるでしょう。このような場合でも、副担任が対応します。このように、担任の代わりを務める者は配置できますが、保護者の代わりはおりません

今回のケースとは反対に、教員が我が子のことより、勤務先の子どものことを常に優先しているとどうなるでしょうか。教員の子どもは、「親は自分よりも、他人の子どものほうが大事、かわいいのだ」と考えるようになります。もし両親とも教員で、勤務先の子どもを優先させれば、他の家庭の子どもは保護者が来てくれるのに、自分の家庭は両親が教員だから来てくれない、と考えて悲しくなるでしょう。このような考えを持って育つと、成長にマイナスな影響を与えますし、また、対人関係などでトラブルを起こすこともあります。

実際に「親が教員なので構ってもらえない、だから恋愛の交際相手には、何でも私のわがままを聞いてほしい」と言ってトラブルを起こす者、また、学校の内外で問題行動を起こす者を見てきました。

今回の報道を見て、また、現場で感じるのは、「まだまだ母親の負担が大きい」ということです。「子どもの入学式に出席するため、年度初めの4月に休暇を取得した」という話は見聞きしますが、その大半は(両親揃っている家庭でも)母親です。母親が職場と家庭の板ばさみになって、つらい思いをしています。教員に限りませんが、父親がもっと学校行事参加などのために休暇を取りやすくなるなど、社会の理解が進んでほしいと、切に願います。

最後に、今回の件とは直接関係ないかもしれませんが、心と体の健康を害する教員が非常に多いことをお伝えしたいです。家庭からの相談が、携帯電話、スマートフォンやパソコンなど通信機器の発達で、教員に持ち込まれやすくなっています。保護者から見れば自分の子どものことだけでも、教員から見ればそれが40人近いわけです。もちろん、相談は積極的にして下さって構わないのですが、核家族化の中で、家庭の中で解決しにくく、以前なら教員に持ち込む前に解決できたことでも、教員に持ち込まれる話が多いのではないか、と感じることがあります。

また、学校評価に関わることもあり、教員への目が内外から厳しく光っています。そして、管理職は学校の評判低下を恐れ、保護者からの要求が無理難題でも受け入れようとすることがあります。

更に、一定レベル以上の高校は、難関大学への合格者の実績を出すことも求められています。それが学校の評判アップにつながり、少子化の中で、学校が保護者や生徒に選択されるための、大きな判断材料となるからです。選択されなければ(入学者が定員より少なければ)学校の存続に関わります。また、厳しい学習指導をしながら、部活の指導で、休日があまりない者もおります。

これらの結果、現場の教員の負担は大変なものとなっています。教員への尊厳が軽んじられていると思うことがあります。ですので、心と体の健康を害する者が後を絶ちません。休職、退職者の話をあちこちの学校で耳にします。ベテランから新人まで、様々な世代に渡り、私が勤務を始めて以降、記憶にない事態です。ここに、教員が、我が子に関する行事で休暇を取得して非難されることも加われば、「教員は我が子の成長を喜ぶことも許されないのか」という考えが広まり、家庭との両立が困難だという理由で、志望者減や退職者増などにもつながりかねない、と私は危惧しています(今回は今のところ、非難の声が比較的少ないようです)。

教育現場が疲弊すると、子どもたちに目が行き届きにくくなる、適切な指導ができないなどの事態が起き、結果として子どもにマイナスな影響を与えます。第82回連載「教育現場での尊厳」について、も併せてご覧いただき、教員はもちろんですが、教育に関わるすべての方に、「尊厳」を忘れない対応をお願いしたいです。


【今回のまとめ】
  1. 我が子の入学式に出席するため、埼玉県の高校教員が入学式を欠席したことが、大きな話題を呼んだ。現場にいて感じるのは、「苦渋の決断だったのではないか」ということ。「本来入学式に出席すべきだが、今回の場合はやむを得なかった」と感じる。教育長も処分対象にしないと明言した。担任の代わりを務める者は配置できるが、保護者の代わりは存在しない
  2. 教員が我が子のことより勤務先のことを優先させる状況が続くと、教員の子どもは「親は自分より他人の子どものほうが大事、かわいい」と考えるようになる。このような考えを持つと、成長にマイナスな影響を与えたり、また、対人関係などでトラブルを起こすこともある
  3. 今回の事例に関する報道、また、現場で感じるのは、「まだまだ母親の負担が大きい」ということ。結局母親が職場と家庭の板ばさみになっている。父親がもっと学校行事参加などのために休暇を取りやすくなる、社会の理解が進んでほしい
  4. 今回の件に限らないが、家庭からの相談が通信機器の発達で持ち込まれやすくなり、また、学校評価にも関わるので教員への目が内外から厳しく光る。教員の抱える心身の負担は大きく、心と体の健康を害する者が後を絶たない。教員が、我が子に関する行事で休暇を取ることで非難されることも加われば、志望者減や退職者増にもつながりかねない
  5. 教育現場が疲弊すると、子どもたちに目が行き届きにくくなる、適切な指導ができないなどの事態が起き、結果として子どもにマイナスな影響を与える。第82回連載「教育現場での尊厳」について、も併せてご覧いただき、教員はもちろん、教育に関わるすべての方に、「尊厳」を忘れない対応を考えてほしい

2014.4.23 掲載

著者プロフィールバックナンバー
上に戻る▲
Copyright(c) ROSETTASTONE.All Rights Reserved.