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外国特派員クラブの窓から

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第132回
マーカス・フィッシェンデン、プレスクラブの総支配人に

FCCJ、プレス・クラブ、外国人記者クラブと略称で呼ばれることの多い(公益社団法人)日本外国特派員協会では、正規ジャーナリスト会員による総会で選挙で選ばれた会長が代表責任者を務め、総支配人が従業員、会計、委託業者の管理など日常の業務を統括する。半年以上も日常業務の責任者である総支配人GM(ジェネラルマネージャー)不在のまま存在していた組織だが、この4月カナダ出身のマーカス・フィッシェンデンがGMに採用された。

新総支配人 マーカス・フィッシェンデン

カナダの寒村から日本留学を経て多国籍開発会社へ

マーカス・フィッシェンデンは1967年4月、カナダ ブリティッシュ・コロンビア州の当時は寒村、今やレジャーと山岳スポーツの聖地となっているレベルストークに生まれた。少年時代よりボーイスカウトの一員としてチームワークの大切さを学び、スキーや岩登り、釣りなどアウトドアスポーツに熱中したという。日本との縁は1985年の高校時代に始まり、ロータリー・クラブ奨学生として広島県呉市の三津田高校に9カ月間留学した。

ブリティッシュ・コロンビア大学では理系文系にとらわれず幅広く学び、世界最大の不動産とカントリークラブ開発会社であるトゥルーンに参加した後は香港、ヴェトナム、中国などアジア各地で干拓埋立地造営を行い、カントリークラブと商業地、住宅地の複合開発に携わった。業務提携金融機関はHSBC、ドイツ銀行、ゴールドマン・サックス、中国政府系など多国籍に渡り、巨大な施設の建設から不良債権処理、更に新しい住民のための教育機関の招聘なども含んで立ち上げから完成までかかわってきた。小さいところでは上海で開発したジャックニコラス・ゴルフ・コースとアメリカン・スクールだが、これは日本人にもよく知られている。


No.1より働くNo.2

広島留学から15年後の2000年に再び日本に戻り、ゴルフ・リゾート開発・運営会社大手のアコーディア・ゴルフクラブ・カンパニーでNo. 2、実質上の業務責任者としてゴルフコース、それに付随する宿泊施設、レストランなど100以上の現場を統括した。「No.1より働くのがNo.2.の自分。No.1を目指さないため“黒幕”と誤解されるが、自分は必要以上のパブリシティーを好まないだけ」と率直に語る。

プレスクラブはこの秋、現在の有楽町電気ビルから仲通りで完成間近の富士ビルに移転する。既に大半の設計やデザインは決定されているが、バーから食堂への動線の改善、温度調節付き配膳カートの導入など彼のプライベート・クラブの運営と空間に対する具体的な知見は今後のプレスクラブの経営にとって貴重なものだ。


フレンドリー・スマイル

総支配人人選にあたったプレス・クラブ会長カルドン・アズハリは「10人の候補者を何度も精査したが、理事会全員と人事委員会全員が彼が最適と認めた」。また、若手ジャーナリストの一人は、「彼のフレンドリー・スマイルは完璧なホスピタリティーだ」と太鼓判を押す。ただ呉越同舟の理事会と職業柄人を育てるより批判しがちな会員はなかなか手厳しい雇用主だ。まして公益社団法人では不動産開発業者の高額の報酬は望むべきもない。

マーカスは事情に詳しいカナダと日本の友人たちからGM募集の話を聞いた時、「経営を見直し、プレスクラブ本来の影響力を取り戻さないといけない」と悟ったようだ。そのためには従来の印刷、テレビの媒体だけではなくデジタル媒体から会員を集め若手ジャーナリストにアピールする工夫をしたいと言う。

マーカスは自分自身についてはあまり語らないが、190cmの巨体でにこやかに客を迎える姿は「ジャーナリストの職能団体であり且つまた選ばれた会員の社交クラブであるプレス・クラブのGMにぴったりだ」として就任2カ月にして既に会員、従業員の双方から信頼が集まってきている。因みに妻は日本人で、9歳の娘と6歳の息子の父でもある。

「マーカスさん頑張って!」

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長年のプレスクラブ会員熊谷春水氏と

2018.6.13 掲載


著者プロフィール
渡辺 晴子(わたなべ はるこ) : HKW、シカゴ・サン・タイムズ、アジア新聞財団(東京支局長)を経て、現在HKW代表 メディア・リポート特派員。30年来の(社)日本外国特派員協会会員で、副会長、理事、監事、選挙管理委員長を歴任し、現在は特別企画委員長、永世会員。同協会の取材活動、文化事業を企画している。また上智大学講師、ユネスコ「女性とメディア」開発コンサルタントとして内外のジャーナリストを育成。
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