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第12回 受験のための予備校で
エンターテイメントの素晴らしさを知った


今月は、ロゼッタストーン本誌の方で「教育」がテーマ、ということで書いた原稿が載るのですけど、それ用に書いて自分でボツにした方の文章を載せちゃいます。 なので、こちらの連載とはちょっと毛色が違った話になってますが、ご了承くださいませ。

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演劇をやっているうちに仕事になってしまった僕なのですが、たいていの人から「よく親が許してくれたね」と不思議がられます。

私の父は、中学の教員から努力し続けて国立大学の学長にまでなってしまった人で、僕自身もこどもの頃の記憶ではむさ苦しい中学生のお兄さんが家にいつも遊びに来ていて、 遊んでもらっていたことや、日曜日には学校のグランドで走り回っていた、ということばかりを覚えています。きっと、人気のある先生だったのでしょう。 そして、宿直の日に学校に連れて行かれていたのです。

そんな環境に育ってきたので、当然僕も教師を志していたのですが、大学2年の時に出会った成井豊という作家の芝居に惚れて、 そのままプロの劇団になっていってしまったわけです。

大学6年の時、劇団はより一層忙しくなり、私は大学中退を決意しました。
そこで、父に相談しました。「まず、ウチの芝居を観て欲しい」と。
そして、観終わった父は言いました。「おまえたちは、教員が1年かかっても教えられないことをたった2時間で伝えている。がんばれ」。

こうして、僕は晴れて早稲田大学教育学部教育学科教育学専修を中退し、演劇集団キャラメルボックスの製作に集中することになったというわけです。


16年前のゼミの担当教師と、感動の再会

それから16年経った昨年、母校の坪内逍遙記念演劇博物館において、「キャラメルボックス展」が行なわれました。 早稲田大学にとっては不肖の息子である僕の劇団の展示を、公式にやってくださることになったのです。しかも、僕が講座に呼ばれて、学生の前で対論をやることになりました。

その当日、僕は複雑な気分で早稲田に向かいました。6年もいて、志半ばで(教育についての想いを捨て切れていない、ということもありましたし)大学を離れた身にとって、 こそばゆい、気恥ずかしい想いを持って、正門を入りました。いつも走っていたキャンパス内。ポスターを貼りまくった、校舎。甘酸っぱい感傷が、僕を包みました。

そして、講演会場へ。立派な講師室に通されて、時間を待ちます。
すると、なんと。そこへ、大学6年当時の僕のゼミの担当だった先生が現れたのです。

「おかえり」。笑顔で握手を求めてくださる、市村先生。その時、僕は全てが報われた気がしました。 長い遠回りの末、二つの道が一つになったような、そんな気持ちでした。「夢」への答えが一つじゃないように、道も一つじゃない。


高校時代の偏差値は30台。順位は下から数えて一桁

イラストなんか、話が思い出話のようになってしまいましたが、たまたまうちはそんな環境にあったので僕は思いっきり演劇の世界に飛び込むことができましたし、周囲もそれを応援してくれました。

が、中学・高校時代にそれがあったかというと、当然ありません。受験で勝つ、それだけが至上命題でした。 僕自身は、もちろん高校生としては勉強もしなければならないことはわかってはいましたが、まず部活動とバンド活動がメインの3年間でした。

高校3年の進路指導の時、担任に「浪人して早稲田に行きます」ときっぱりと伝えたところ、鼻で笑われて「浪人して行けるなら今からやっても行ける。 悪いことは言わないから入れるところを探せ」と言われました。まぁ、なにしろ当時の僕の偏差値は30台。学内でも下から数えて一桁の順位でしたから。

結果、やっぱり浪人。この時通った予備校で、生まれて初めてと言ってもいいかもしれない「学ぶ楽しさ」を知りました。 それまでの高校の授業では、ただ教科書に沿って淡々と進めていくだけのものを「授業」だと思っていましたが、予備校は違いました。授業そのものがエンターテイメント。 生徒を笑わせて引きつけ、重要ポイントを延髄に焼き込んでいく、というやり方。

「受験のための詰め込み教育」という言葉が批判的に使われていますが、大間違いです。 暗記のための暗記に意味がないことなど、予備校の先生でさえ知っている、いや、予備校の先生の方が知っていて、暗記をさせるためにはその前提条件や背景などを知らなければならない、 と、力の入った余談に抜群の工夫を見せていたのです。


あたりまえのことをわかりやすく伝えるのが難しい

今、演劇集団キャラメルボックスという劇団をやっていて思うのは、「あたりまえのことを難しく伝える」ことの方が簡単。 逆に、「あたりまえのことをわかりやすく伝える」ことが、どんなに難しいか、ということです。

「人は人に優しくしよう」「人が人を思うということ」。そういったことを伝えていくために、僕らは何千という言葉を費やしてステージを行なっています。

そして、それだけではありません。「観劇マナー」についても、予備校時代の経験を生かして「笑ってもらって受け入れてもらう」ことをしています。 たとえば「お芝居が始まったらひそひそ話はやめてください」と、口で言うのは簡単ですが、実際にやめてもらうのは不可能に近いものがあります。

が、キャラメルボックスでは一時期あまりに私語が激しくなってしまったとき「おしずかにイエロー下敷き」というものを作りました。 これは、真っ黄色な下敷きに「おしずかにっ!!」と太い文字で書いてあるというだけのもの。つまり、周りでしゃべっている人がいたらそれをビシッと見せてください、というわけです。

そして、最近では携帯電話の着信音が問題になっています。劇場によっては、ロビースタッフが客席を回って一人一人の観客に「携帯電話をお切りください」と言って歩いたりするところもありますが、 たいていは場内アナウンスで流すだけです。なので、どうしても携帯は鳴ってしまいます。

「妨害電波発信装置」というのもあるんですが、これは、周囲の携帯電話を「話し中」の状態にしてしまう、というもののため、電池の減りがめちゃくちゃ早くなって、 開演中にいたるところでバッテリー切れの強烈な音が鳴り響いてしまうのです。というわけで、これはボツ。

で、噂に聞くところでは、シンガポールの劇場では来場者全員の携帯電話を入口で預るのがあたりまえで、観客も預けるのが習慣になっているのだそうです。
それでは、キャラメルボックスではどうしているのか。

なんと、開演直前に「携帯電話チェックタイム」というものを設けています。この時間には、その公演用にわざわざプロのミュージシャンに依頼してオリジナルで作った 「携帯電話チェックタイムのテーマ」を流して、「♪携帯電話はやめーてー」という、わざとおまぬけな歌詞、おまぬけなメロディの曲をみんなで聞きながら電源を切るのです。

これをやり始めてから、4万人近くを動員するキャラメルボックスの公演では携帯電話の着信音が無くなりました。
ちなみに、この曲のCDをシングルCDにして500円で発売したところ、なんとすでに5000枚近くのセールスがっ!! 意外な展開です。

どこで何が役に立つのか、ほんとにわかりません。やっている当時は回り道だと思っていた「ムダ」が、まわりまわって強力な味方になってしまっていることもあります。

「教育」なんて大上段に構えずに、「あたりまえのことをわかりやすく伝える」ために自分はもっともっと勉強しなきゃな、と思うのです。

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あらためて読み返してみると、さすがにボツになっただけあって支離滅裂な文章ですな。失礼いたしました。

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