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第20回 狭いところに宇宙を創り出す醍醐味


1994年、この年はただでさえ忙しいキャラメルボックスにとっても、並外れて忙しかった1年でした。プロデュースを頼まれた公演が2本、本公演が4本、そして超番外公演が1本。後に先にも、年間7本やったのはこの年だけではないかと思われます。

で、今回はその「超番外公演」についてのお話です。
93年の秋、とある広告代理店から「第三舞台の細川さんの紹介で」とまたまた連絡がありました。なんでも、JRが「北東北ディスティネーションキャンペーン」の一環で、東北本線を使ったイベントが出来ないかと言ってきている、というものでした。

細川さんに紹介されてしまったのでは無下に断ることも出来ません。が、ただでさえ忙しいことが見えていたので、僕はうまいこと提案を却下されるであろう企画書、というのを考えて書きました。

「東北新幹線がマシンガンで武装した犯人たちに乗っ取られてしまう、新幹線版ダイハード」でした。

なにしろ、安全運行が最優先なのがJRでしょうから、絶対こんな企画はコンペに落ちるだろう、と踏んだわけです。
ところがっ!! ……最終コンペを通ってしまったのです……。
がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん……。

なにしろ、当然落ちるつもりだったのでこの時点で劇団内の誰にも相談さえしていませんでした。
ですので、ここからが大変。劇団総会を開いてもらって、みんなに相談。反対意見続出でしたが、結局、一泊二日で芝居をして、温泉に泊まれてそれだけでギャラがもらえるっていうんなら、まぁ、シゴトとしてやりましょうかね、というあたりで話がまとまり、ほとんどのメンバーが出てくれることになりました。

なにしろ小劇場出身ですので、狭いところに宇宙を創り出す、ということなら任せとけ、って感じ。ちゃんとした設備の整った劇場で、舞台があって、照明があって、セリがあって、なんていうことはあんまり関係なく育ってきていますので、制約が有ればあるほど燃えてしまう、というのが僕たち。ちょっとドキドキしながら、やることにしました。が、この時点では、あまりにも気軽に考えていたのです、後から思えば……。

そう、これが、地獄への入口だったのです。


動く新幹線のなかで上演するサスペンス!

作家の成井豊はそのイベントの直前と直後に本公演を控えているので、協力はするが脚本は無理だ、ということで、「サスペンスと言えばこの人」ということで劇団ショーマの高橋いさをさんに脚本・演出をお願いすることにしました。

企画のタイトルは「キャラメルボックスと行く JR東日本シアターエクスプレス  演劇集団キャラメルボックス 東北新幹線車内公演『やまびこ65号応答せよ!! 』」。

なにしろ、世界初のイベントでしたので、どんなタイトルにしてもお客さんに伝わらないぞ、ということでどんどん伸びて、こんな長いタイトルになってしまったわけです。

内容は、上野発盛岡行きの新幹線の車内で演劇をやって、到着後、なんらかのミステリーツアーをやり、宿に到着したら宴会場で何かをやり(これは、2年後にもう1回やった時のものですが)、翌日、盛岡市内のホールでエンディングイベントをやっておしまい、というもの。

作・演出の高橋いさをさんは、とっても純な方で、なんでもかんでも静かに渋くおもしろがります。そこで、「トンネルの中で緊急停止させて電気を全部消せないか」とか、「車内に煙を充満させられないか」とか、いろんな演出の可能性をピックアップしてきました。
そして、それらを文書にして広告代理店の担当の方に提出して、JR東日本からの返答を待ちます。

向こうとしても東北新幹線をこんなイベントに使うのは初めてのことですので、担当者レベルでは答えられないことばかり。元々「日本国有鉄道」だったわけなので、カタイカタイ。役人と同じで、どんどん上の方の人に行ってしまい、返事が返ってくるのは早くて1週間後、という始末。でも、こっちはそんなにのんびりしていられないのでいさをさんがどんどん脚本を書いていき、ダメが出たら書き直す、の繰り返しでした。

劇場と違って、座席でタバコが吸えるわけですから、「消防法」の縛りはないはずで、別な法律がいろいろあるのでしょう。あと、ダイヤというものもありますし、ほんとに僕らにとっては知らないことだらけ。
パソコン通信の「ニフティーサーブ」の「鉄道フォーラム(FTRAIN)」のシスオペの方に協力をお願いして、メンバーの方にネタ出しをしていただいたりもしました。

  そして、まずは実物を見てみよう、ということで田端の新幹線車両基地に見学に行くことにしました。朝9時に上中里駅の改札で、という約束で行ってみると、誰も迎えに来ません。結局1時間待たされて、ようやく担当者が現れ、「下見は30分以内で」と言い出す始末。

  要するに、上の方の人たちはこのイベントを成功させたがっているのに、現場は普段と違うことをするのはめんどくさい、という対応だったわけです。激怒する、劇団員たち、そして、当然、僕。このあたりから、企画全体に暗雲がたちこめてきました。

しかし、やるとなったら徹底的にやらないと気が済まないのがキャラメルボックス。当初「イベント」気分でやっていたのに、だんだん凝り始め、約2時間半の車内演劇を成功させるためのプロジェクトチームは熱気を帯びてきました。 


縦軸に車両ナンバー、横軸に時間の「立体台本」

中でも、犯人役で客演をお願いした劇団☆新感線の粟根まことさんは、次々と段取りを仕切り始めます。前々年の僕のプロデュース公演『天国から北へ3キロ』でごいっしょした「高橋+粟根」コンビは、絶妙のコンビネーション。「それは演出のシゴトだろう」というようなことまで、ガンガン粟根さんが仕切っていきました。なにしろ、前例がない芝居ですので、みんなが全力で全体のことや細部のことを考えていかないとどうしようもない状況だったのです。

使う車両は、8両。残りの車両を楽屋がわりにすることが決定。
つまり、めっちゃくちゃ長細い劇場、というわけです。
最大の問題点は、こんなに長細い席の全員に全体のストーリーを理解してもらい、楽しんでもらうにはどうすればいいのか、ということ。

このツアーは、上野発盛岡行きの「演歌歌手・西川浩二郎と行くみちのくおいしいものツアー」で、お客さんもそのツアーへの参加者である、という前提で話を進めることに。

そして、まず、全員を飽きさせないために、各車両に「ツアーコンダクター」役の役者を配置。他の車両で何が起こっているのかを伝える方法として、まず第一に「ツアコン同士で直接連絡し合う」ということを考えました。 そして次に、放送設備を使う、ということ。
乗っ取り犯が、車掌室を乗っ取って、犯人グループのリーダーが放送でいろんな指示を出すことにしたのです。
で、この指示の内容が、時間とリンク。部下への「■号車を出ろ」というセリフがあったら、それは10:15ということ、とか。

台本には、時系列でいろんな車両で起きる出来事が書かれ、時には同時刻に別な車両で起きていることが書かれていて、稽古はそのシーン毎にまず行なわれました。

しかし、それでは全体像が見えない、ということで縦軸に車両ナンバー、横軸に時間を書いて、そのマスに時間毎に起きることを書き込んでいくという、A3サイズの紙に5枚分の「立体台本」とも言うべき進行表が作られました。それを元に、練習。なにしろ秒単位のタイムテーブル。これを一歩間違えると、盛岡に到着したのに芝居が終わらない、というぶざまな結果になりかねません。

稽古場に大量の椅子が持ち込まれ、8両分を想定して16列に椅子を並べて、稽古が行なわれました。稽古開始と同時に全員が腕時計の時間を合わせ、スタート。
一斉に8両分の芝居が行なわれると、演出席にいては何が起きているのかわかりませんので、いさをさん、成井、僕、などがいろんな車両(を模した椅子)に座ってみて、その車両の芝居を見る、ということを繰り返しました。

そんな稽古も佳境に入っていた頃、そもそも最初の段階から「マシンガンを持った犯人たちに乗っ取られる」という企画だったにもかかわらず、JR東日本のどこかの部署のヒトから「停車駅で、関係のない乗客が見て警察に通報される可能性があるから不可」という連絡が……!!
冗談じゃありません、犯人役が手ぶらじゃちっとも恐くありません。

しかしっ!!そんなことでめげるシアターエクスプレス・プロジェクトチームではありません。 いさをさんがものすごいアイディアを出しました。
「犯人が乗客にカーテンを閉めろ、と命令して、乗客に閉めてもらおう」。

実は、これ、本番ではめちゃくちゃ盛り上がりました。お客さん、みんな大喜びでカーテンを閉めてくれたのです。で、こっそりカーテンから顔を出して「たすけてぇぇ」なんて顔をしてみたりしている人までいた始末。ほんとに、小劇場出身者はただでは転びません。

そしてっ!!
次に大問題が発生。演歌歌手・西川浩二郎は各車両を歌いながら練り歩くわけですが、ワイヤレスマイクというのは、届いて数十m。100mを超える新幹線の中では使い物にならない、ということ。

そこで、なんと間に入っていた広告代理店の人が「そういうのの専門家がいます」と、特殊ワイヤレスシステム開発を決定。できあがったものは、車両毎に互い違いに周波数を変えたワイヤレスの受信機を用意して、なんだか、うまくやる、というもの(←実はよくわかっていなかったらしい)。
これにより、なんとかかんとか車内歌謡ショーは可能になりました。


新幹線は予想以上にデカかった!

しかしっ!!またまた問題が発生。
新幹線の車内放送用の設備というのは、「ちゃんちゃりらんらんちゃんちゃりらん」という決められた音楽と、「次は宇都宮ぁ」という決められたアナウンスと、車掌さんがしゃべる、というものだけに特化したものなのです。で、その、車掌さんがしゃべるものというのは、シロウト考えで「マイクだろう」と思い込んでいたのですが、なんとこれが電話の受話器…………!!

そこで何が問題か、というと、キャラメルボックスの芝居にはまず音楽が重要。で、なおかつ「犯人が車掌室を乗っ取って放送を支配する」ということとともに、「犯人がいる(と思わせている)車両で起きた出来事を、できるだけクリアに全車両に放送する」というかなり重要な部分も担っていたのです。

が、つまり、マイク(受話器)以外の「ライン」の回線が無いので、いつものようにデッキを繋いで、ということができないというわけです。
そこで、音響を担当した、現在でもキャラメルボックスの音響を続けてくださっている早川毅さんがヘッドフォンを改造して、受話器にできるだけクリアに音を乗せるシステム、というものを創り上げてくださったのです。

いやはや、スタッフの陰の努力、というのは、他にもたくさんあるのですが、とりあえずここまでにしておきまして、次へ進みます。

そんなこんなで準備を進めて、最後の仕上げの通し稽古。田端の車両基地で、実車両を使ったリハーサルを行なったのです。

ここに、一社だけ、噂を聞きつけたマスコミの方が取材にいらっしゃっていました。それまでも何度か観に来てくださっていた、読売新聞の演劇記者の方でした。「あれ?ウチだけ?なんで?こんなにすごいことするのに?これって、大規模な実験演劇だよ、加藤くん。寺山よりスケールでかいよ。で、どんなことすんの?」と、半信半疑で車両に乗りこんでいらっしゃいました。

まず、実戦さながらの仕込みを行ないます。当日は、ほんの数十分しか機材の積み込みの時間がありません。それがいったい何分で出来るのか、お客さんを乗せる時間までに仕込みが間に合うのか、そこからシミュレーションが始まります。

そして、意外にもデカイ新幹線。
まず、一番最初に使う8両の車両間の扉を全開します。……おぉぉぉっ!!おそらく、あの風景を見たことがあるのは、車両を作った人たちと、僕たちと、シアターエクス プレスに参加してくださった皆さんだけではないかと思います。
一番前から見ると、ものすごい遠近法ですが、8号車が見えました。
「……ここ、走るわけ……?!」刑事役で主演していただく、客演の福本伸一さん(ラッパ屋)が、めっちゃくちゃ呆れ果てたような笑顔で呟いたのは忘れられません。

そして、稽古場でやっていたものを縦に伸ばした感じで、リハーサルが始まりました。
芝居のほとんどが、ツアコン役の役者達のフリートークによって、お客さんとの関係性を作っていくことが出来て初めて成立する部分。なので、そういう部分ははしょりながら、重要な事件が起きる部分だけを積み重ねながらリハは進みました。

お客さん役には、代理店の人、JR東日本の人、出演しない劇団のメンバーなどなど、できるだけたくさんの人に手伝っていただきました。そして、読売新聞のSさんとカメラマンさんは、クライマックスで一番盛り上がる車両にお連れしてお客さん役で座っておいていただきました。もう、ありとあらゆる人が、スタッフであり、キャストになっていただいたわけです。

そんなこんなで、最も危険で最も時間を合わせるのに苦労しそうだったクライマックスシーンが終わり、見事、時間通りにリハーサルは終了。このまま行けば、もう本番もバッチリ!!
意気揚々とバラシもやって、引き上げました。

と、その週の土曜日の朝、劇団史上、というか演劇史上、かつてない、とんでもない出来事がっ!!

……おっと、長くなりそうなので、今月はこのへんでっ!! 待て次号っ!!

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