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第27回 コミュニケーションのすすめ


最近思うのですけど、「●●したいけどお金がない。もっと稼げるシゴトはないか な」とか「ボーナスが下がっちゃった。●●をしたかったのに買えなくなっちゃっ た」みたいな話が多いですね。
 その「●●」が何なのか、にもよるわけですが、僕の場合は「芝居がしたい、 じゃぁ芝居で食えるようになろう」といういたって直接的な動機で劇団をはじめて、 今こうしているわけです。つまり、たとえばサラリーマンをしながら芝居をしてい た、という時期が僕にはないのです。
 そんな僕はよく「好きなことをやって、食っていけてるなんて、いいですね」と言 われます。そんな時、喉まで出かかっても絶対に言えない言葉。「なんであなたはそ うしなかったんですか?」。


わからないことがあるとなんでも聞いてしまう

 学生時代にサークルで劇団を始めて、やっているうちに観客動員が増えてきて、作・演出の成井豊が卒業して僕ら後輩がサークルを引退する直前に、 「劇団を作りましょう」と誘ったわけですが、「劇団をやる」と決めた時点で、僕はそれまでの「早稲田ブランド」を使った稼ぎのいい家庭教師とか塾講師とかいったアルバイトを全てやめて、 舞台関係の仕事だけに絞って働きまくりました。照明、音響、時には大道具のお手伝いまで、とにかく演劇に関わることをなんでもやってみよう、と、 現場で知り合った人たちの紹介の紹介の紹介、みたいな感じでどんどん仕事の幅を広げていきました。

 演劇公演の仕込みや本番の仕事に当たることがもちろん多かったのですが、音楽関係もありました。 演歌歌手の市民会館でのコンサートでピンスポットをやったり、ネクタイをしてディナーショーのピンスポットをやったり、 女子大の文化祭の後夜祭イベントの照明と音響をまるごと引き受けたりもしました。

 そして、どんな時でもわからないことがあるとなんでも聞いてしまう、ということを心がけていました。「わからないことがある」ということは、 本来恥ずかしいことなのだと思います。しかし、大学2年から演劇を始めたばかりの僕にとっては、 いろんな現場で出会う全てのことがわからないことだらけで、とてつもなく新鮮に思えたのです。

 照明機材の名前や値段、特殊効果の名前や入手先、いろんなものをレンタルしたときの値段、おいしいお弁当屋さんの名前や連絡先、 公演が終った後の大道具の上手な処分の仕方、とてつもなく大変に見える舞台転換の方法、公演の種類によるギャラの支払い方の違いや風習、 意外な効果音の出し方や作り方、などなどなどなど、厳しい受験勉強を経てまで大学に行ったにもかかわらず、本を探しても載っていないことや、 生まれてから20数年誰も教えてくれなかったことばかりが、そこいらじゅうに転がっていたのでした。

 なにも、早稲田を出てまで(正確に言えば中退なのですが)芝居をやらなくても、という説得も受けました。 が、大学では決して教えてくれないことを、現場では教えてくれたのです。

 そしてまた、そうしてなんでもかんでも聞いてしまうことで、その業界のとっても偉い人とも偶然知り合ってしまったりもしてしまいました。 こちらはちっともその人が偉いなんてことは知らないわけですので、がんがん話しかけてしまうと、 最初は煙たがられていてもだんだんおもしろがってくれる人がとっても多かったのです。

 人間、基本的には自分が得意なことについて聞かれるというのは、ちょっとうれしかったりするものですし、「教え好き」な人というのもかなり多いものです。

 そしてその後も、パソコンをやらなければなるまい、ってことになったときも、パソコン教室に通うのではなく、まず自分で買って、使ってみて、 マニュアルや本を読んでみて、どうにもわからないことが出てきたときは、やってる人にがんがん聞きました。 当時僕のMacintoshの先生だった柾木さん、増田さん、ほんとにご迷惑をおかけいたしました……。


いろんな人を怒らせたり傷つけたりしてきた

 そして今、ちょうど次回公演『ナツヤスミ語辞典』の音楽を録っているところなのですが、 4年ほど前から始まったキャラメルボックスのオリジナル音楽路線を進めていく中でも、久しぶりに勉強勉強の日々が帰ってきました。 譜面の読み方や楽器の名前などは、昔取った杵柄(小学校の時にピアノをちょっとやっていたり、吹奏楽部にいたり、 中学からバンドをやっていたり)と、音楽好き、というキャリアのせいでなんとかなっていくのですが、 ポップミュージックの現場独特の風習とか段取りとかが、演劇と微妙に似ているようで似ていない感じで存在していたのです。

 当然、僕はなんでもかんでも聞きまくりました。
 中学から大学までは放送部だったり高校から大学にかけてバンドをやっていたこともあったりしたので、 音響・録音機材に関してはけっこう知っていると思っていたのに、プロの現場には見たこともないものばかりがあって、 しかもものすごい勢いで技術が進歩していて、本屋さんで調べてもよくわからないものがいっぱい転がっていたのです。

 この機械は何に使うものなのか。この楽器でなんでこんな音が出るのか。この音はどんなマイクでどうやって録っているのか。 その音に、どんなエフェクターをかけているのか。この機械でやっていることは、どのように良いのか。

 ……そのくらいで済んでいればよかったのですが、「あの人の歌はあんまり上手じゃないと思う。●●さんに変えた方がいいのではないか」と、 プロフェッショナル相手に、シロウトがおそれを知らずに正面から正論を言ってしまったこともありました。

 これはもう、そのミュージシャンのメンツだけじゃなくて、その人を選んだアレンジャーやディレクターや、 なにしろそのプロジェクトに関わっている人たちみんなの気持ちも、丸つぶれです。

 僕はもう、単純に「結果を良いものにするために、現時点でできる全てのことを、できる限り試してやってみたい」という人だったので、 人間関係をぶち壊してしまうようなことを「結果が全て」というお題目の下、平気でやり続けてしまったのです。

 もちろん、演劇の世界でも同じ事をしてきました。その結果は、奇跡的になんとか今でも続けてやっていられてはいますが、これはもう、ツブされなかった方が不思議なような気がします。
 今だからこそ、そういった数々の経験の中から「相手が理解してくれるまで待つ」という方法や「より凄腕の人にリカバリーしていただく」 という方法もあったりするということを知るようになりました。

 でも、「なんでも聞く」ということが間違っていたとは、今でも思っていません。それによって、いろんな人を怒らせたり傷つけたりしてきました。 してきたのですが、僕は、それらの選択を後悔していないのです。
 自分を正当化したり美化したりするわけではありませんが、その人が怒ったのも傷ついたのも、あまりに正論だったからだったり、 お互いに能力が足りなかったりしたせいもありますが、やはりコミュニケーションが少なすぎた、ということが最大の原因なのではないかと思います。

 つまり、人に聞く、ということの前提には、まず自分が徹底的に感性を磨き、常に勉強し続けて、相手に聞く前にその内容についてはできる限り自分で調べてみて、どうしてもわからなければ聞く、 という前向きな「教えていただく」という姿勢が必要なのです。何もわからずに、わかろうとせずに、わかるための努力を前もってせずに、突然根元的なことを聞いても、誰も何も教えてはくれません。

 それだけの準備があって、その時そのような決断をしたのだ、ということをちゃんと相手に伝えなければならなかったのですが、 その「人を傷つけるかもしれないけれども言わなければいけない」というコミュニケーションこそ、最も大切だけど気が進まないものなので、 若い頃、特に後先を考えずに前だけを見て突っ走っている時にはおろそかにしがちなのです。

 では、コミュニケーションを取るにはどうすればいいのか。

 これはもう、徹底的にいっしょにいるしかないでしょう。そして、「こんなことを聞いたら恥ずかしい」とか「かっこわるい」とか、 そういうプライドなどはかなぐり捨てて常に疑問を投げかけて、徹底的にその場その場で「これはなぜそうなってるんですか」 「これはこれからどうなっていくんですか」と、納得がいくまで話をし続けることに尽きると思います。


何度もコミュニケーションをとるうちに奇跡的な結果に

 今回のレコーディングをやっていて最も驚いたのが、ミキシング・エンジニアの宮原さんでした。
 今回の『ナツヤスミ語辞典』では、14曲を録音しているのですが、1曲ずついろんな楽器をマルチトラックでハードディスクに入れていきます。 そして、最終的に全部録り終わった時点で各トラックを全部聴き直してバランスを取り、細かい音量の調節をし、 「曲」として仕上げていくという気の遠くなる作業をやるのがミキシング・エンジニアなわけですが、 この宮原さんという方とは3年ぐらい前から何度もお仕事をさせていただいています。この方は、とにかく人気のあるエンジニアなので、1年中大忙し。 スケジュールを押えるのが大変なのです。でも、今回僕らのレコーディングにつき合ってくださったのです。

 そして、その作業を「トラックダウン」と呼ぶのですが、トラックダウンが終わった宮原さんの作品を聴く瞬間がまた緊張するのです。
 彼が長時間かけてトラックダウンしてくれたものが、アレンジャーや僕が想像していたものと全く違ってしまった場合、極端な例では最初からやり直す、ということだってあり得るわけです。事実、僕も何度かそういうことを経験していて、この「トラックダウン結果を聴く瞬間」ほど緊張するものは無いとも言えます。

 で、先日、今公演の最初の「トラックダウン結果聴き」がありました。
 どきどきしながら聴いたのですが、もう、ノックアウト。僕が想像していた数倍かっこよくて、あそことあそこの部分だけは絶対に自分のシュミにしてもらおう、と思っていたところが、完全に裏切られてもっとカッコよくなっていたりして、「すごいですっ!! 」以外に何も言葉が出てきませんでした。

 ひたすら感動してはしゃいでいたら、宮原さんがにやっと笑って「加藤さん、あの、ブレイクのところのタムの『どぅーん』って音、あんなもんでいいんですか?」と聞くのです。
 その瞬間「やられたっ!! 」と思いました。

 なぜかというと、僕はかつてドラムをやっていたことがある関係で、ドラムのカッコいい曲は曲自体もカッコいい、 というポリシーを持っているのですが、2年前ぐらいのレコーディングの時に「宮原さんのトラックダウン結果聴き」をした後に「あそこのタムの音、 もうちょっと目立たせてもらえますか」と注文をつけたことがあったのです。
 それを、この超一流のエンジニアさんは覚えていてくださったのです。

 何度も何度も同じ事を繰り返し、何度も何度もコミュニケーションをとっていくことで、こんな奇跡的なことも起きてくるのだな、と感動した瞬間でした。

 その日はその曲以外に4曲もトラックダウンができあがったのですが、結局僕は「すごいです」「かっこいいです」以外に、 何も注文をつけることができませんでした。もう、宮原さんの手のひらのうえで踊らされている自分がここにいます……。

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