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第60回  音楽業界よ、「ライブ」に戻れ


 音楽CDの売れ行きが、どんどん落ちているそうです。
 昔、テレビ放送が誕生したときも、FM放送が誕生したときも、カセットテープができたときも、MDができたときも、いつもいつも音楽は「無許可複製」におびえてきたように思います。
 それが、デジタル化時代になって、より一層「ほぼ元の音のまま複製できる」ということで、コピーガードを施したり、コピーされる側のMDやCDRにそもそも使用料を上乗せしたりして無理矢理に権利を守ろうとしてきているような気がします。

 こういった音楽業界の動きを見ていて、ふと不思議に思うことがあります。
 それは、「なぜそこまで必死になって二次製作物を守ろうとするのか」ということです。

 僕ら、演劇をやっている人間からすると、舞台をDVD化してしまったり、テレビでオンエアしてしまうことで劇場での観客動員数が減るか、というと、逆で、二次的な作品を見ることでライブへの動員が増える、という、いわばプロモーション効果がある、と考えています。
 僕らの作品は、SKY PerfecTV!の252チャンネル「シアターテレビジョン」で最低でも月に2本はオンエアしていますし、最新作も、編集前のカメラ1台で撮影したモノを劇場公開直後にオンエアしてしまいますし、地上波では東京の「MXTV」で月に一本オンエアされていたりします。
 が、それによってどうなるか、というと、「劇場に足を運ぼう」と思ってくださる方が増えていく、というわけです。
 僕らの作品のオンエアは、きっと見た人によって録画され、「これ、おもしろかったから見てね!」と、お友だちからお友だちへとどんどん回し見されていっているのではないか、と思います。
 それを感じるのは、特に東京以外の都市での公演で、「いつも見てますよー」と声をかけられることが多い、ということ。つまり、ナマではなかなか見る機会がない地域の皆さんが、実際に本物が大挙して公演をやりにくるのを今か今かと待っていてくれる、という感じでしょうか。
 で、僕らは、そういう「ナマ」を見に来てくださるお客さまたちのおかげで、暮らしていくことができている、というわけ。
 もちろん、DVDとかも自分たちで作って販売しているわけですが、それはあくまでもナマを見てくださった方へのサービスの側面と、生で見たくても見られないところにお住まいの方へのサービス、というような意味でやっているわけで、DVDの売上で儲けようとかは全くしていないのです。それをしたかったら、とっくの昔に「上川隆也・舞台全集」とか、「上川隆也・舞台写真集」とかを作ってNHKから出してもらってますってば(←出してくれないと思います)。

 で。
 そもそもレコードというものは、コンサート会場にマイクを立てて、いっせーのせっ、でレコード盤に記録したものを複製して、会場に来られなかった人や、あの演奏をもういちど聴きたいと思った人のために販売した、というのが始まりで、僕らにとってのDVDと同じ存在であったはずなのです。
 ところが、2時間近くある演劇やクラシック音楽のコンサートと違って、歌謡曲から始まったポップミュージック=流行歌というのは、「シングルレコード」として、限られた時間内に収められる長さで楽曲が作られました。で、そもそも、シングルレコードとは、LP(ロングプレイ)レコードのプロモーション、というか、お試し盤、として製作されたもので、まずA面B面の合計2曲入りで発売された後に、本命のLPレコードが発売される、という方法が採られていたのです。
 そして、そのシングルレコードが何万枚、というヒットを記録して、紅白歌合戦に出ることができれば、その後は全国をツアーして回ればその歌手はほぼ一生食える、という図式が出来あがっていたのです。
 もちろん、そのヒットに続いて次から次へとヒットを出すことができればそれに越したことはなかったのでしょうが、いずれにしても「歌謡曲」の歌手の人たちはとにかく「ライブ」を大切にし続けていらっしゃいました。

 が、当時としては高音質の「FM放送」が生まれてから、「エアチェック」という言葉が流行りました。つまり、レコードを買わずに、FMから自分のテープデッキやカセットデッキに録音をして音楽を聴く、というブームでした。この時も、アルバムまるまる紹介してしまってはいけないとか、いろんなことを業界側は言いましたが、結局それはできずに、レコードの中身はコピーされ続けました。
 しかし、エアチェックをする側としては、シングルレコードを買う前にFMからエアチェックをして、それがよければLPを買うのだ、しかも、FM放送をテープに録音したものよりもレコードの方が圧倒的に音質はいいのだ、ということを、当然の前提としていたわけです。

 それが、MDに始まった「手軽なデジタルレコーディング」に、音楽業界はビビリ始めました。
 レコードやCDと変わらない音質で複製ができる、これはなんとかしなければ、という論理です。

 「MDの音は、CDの音と変わらない」ということを、販売している側が認めてしまったという、ここが、そもそもの間違いの始まりだったのではないか、と僕は思います。

 僕は実際にキャラメルボックスの芝居のための音楽を創り、録音し、芝居で使い、音源をサウンドトラックCDにおさめる、という作業に立ち会い続けているわけですが、CDにおさめた音源と、MDに録音されたもの、ネットからダウンロードしたMP3音源、などとは、もう、明らかに音質が違うのです。
 もっと言えば、レコーディング・スタジオで録音した音とCDに収録された音でもがくんと違うわけですけれど。
 が、がくんと違うはずのMDの音質を、売る側が認めてしまった。
 これはもう、大間違いだったのではないでしょうか。
 僕らにたとえれば、テレビのオンエアと、デジタルマスタリングのオリジナルDVDとの画質が同じ、と認めてしまっているようなものです。DVDを購入してご覧くださった方は、その圧倒的な画質の差に愕然とされるようですし、そうなるように作っているわけですけどね。

 それから、音楽を聴く側は、「へぇ、じゃぁ、買わなくても複製すればいいんだ」という発想に変わりました。
 そして、最悪の事態に突入しました。
 CDに収録されているデジタル信号を、そのままコピーできる方法が、生まれてきてしまったのです。
 それは、そもそもは自分で音楽を創る人ができるだけ良い音でCDを安価に作ることができるように、と生まれた技術だったわけですが、残念ながらそれは逆に利用することもできたわけです。

 そうなったとき、もうその流れは止められませんでした。
 MP3や、それぞれの独自のデータ圧縮技術を使った音楽のネット配信が始まりました。
 「元データほどじゃないけど、圧縮しているんだからいいじゃないか」という発想です。

 ここで、日本の音楽業界は大きなミスをやらかしたのだと僕は思います。
 ネットで、世界中に複製を出回らせることができるチャンスを、みすみす逃してしまったのです。
 守りに入らないで、どんどんコピーして聞いてもらう、という方向に、発想が向かわなかったのです。

 なぜなら。
 コンピュータの発達で、音楽は「コンサートホールで録音した音源を、その場に居られなかった人に届けるための記録を複製して販売する」という原点から大きく離れて、「お金を儲けるために複製品であるはずのCDを作る」という方法のために、ナマでは再現不可能なほどの高度なレコーディングを行ってしまい、「ナマよりCDの方がいい」というアーティストまで現れてきてしまった、というわけです。
 僕らにたとえると、今のレコーディング技術では、台詞を間違えた役者がいたら、その台詞を挟み込むことができます。台詞を飛ばしていってしまった役者がいたら、その部分に台詞を付け加えることができます。映像で見てみて気に入らない演技をしている役者がいたら、まるまる違う役者に変えてしまうこともできます。小劇場で上演していたはずなのに、帝国劇場で上演しているかのように見せることもできてしまいます。(映像の技術でもできるのかもしれませんが、僕らはやってません。てゆーか、やり方を知りません……)
 ……と、そんな「飾りつける」技術が、異様に進歩してしまったのです。
 つまり、もともと街のケーキ屋さんでガラス張りで作られていたはずの行列ができるほどおいしいケーキが、人気が出たせいで、巨大な工場で大量生産するためにものすごい機械を使わなければ作れないほどの凝ったモノになり、いざ、もとのケーキ屋さんで作ろうと思ってももう作れなくなってしまった、という感じでしょうか。

 僕から、音楽業界の皆さんにお願いしたいことは、「ライブに戻りましょう」ということです。

 生演奏で、楽曲の魅力だけではなく、アーティストの魅力を直接リスナーに伝えていく努力を、もっともっとしたらどうでしょう。
 「してるよ」と思われるかもしれません。
 が、僕らは年間200ステージ以上の舞台をやります。でも、今「売れている」ミュージシャンの中で、それだけのステージをやっている人がいるでしょうか。
 なんらかの理由や事情を付けて、できるだけナマはやらないようにしているのではないでしょうか。
 僕らは、年間200ステージ以上の舞台をやるということを大前提に、自分たちの健康管理をし、資金繰りも立てています。
 決して、DVDができるだけ売れるようにナマの舞台をやろうとしているわけではありません。

 まず、エンターテインメントをやる者としては、ナマのお客さんにナマの自分をぶつけることが、第一条件なのではないでしょうか。
 そうすれば、リスナー=ユーザは、複製されたものだけでは飽き足らなくなって、複製でも入手できることがわかっていても,本物の製品を自分の大切なお財布の中から購入するのではないでしょうか。

 コピー機が出回っても、書籍が無くならないのは何故でしょう。
 百貨店ができて、スーパーができて、コンビニができても、外食産業はどんどん発達しているのは何故でしょう。
 パソコンやケイタイが普及しても、郵便や宅配便がなくならないのは何故でしょう。

 「コピーされちゃうからピンチだ」なんていうのは、言い訳です。
 拍手という花束のために、音楽業界ももう一度立ち上がってみてください。


2006.2.10 掲載

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