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第74回  「インカム」を使うな!


 僕は、インカム(イヤホンマイクの付いたトランシーバー)を使ってるお店は信用しません。ていうか、がっかりします。
 お店に限らず、野球場とか巨大なところは別にして、イベント会場でもそうですね。

 警察官とかガードマンが、イヤホンを耳に入れて警備をしているのはカッコイイですけど、飲みに行った居酒屋や、気軽に食べに行ったラーメン屋さんで店員さんがイヤホンをしていて、僕らが入っていくと「何名様ですか?」と聞いてきて、「5人です」と答えると、胸元のマイクに向かって「5名様ご来店です」と呟く、なんてことがあると、あぁ、この店はきっと「そこそこ」だな、って思ってしまうのです。というか、自分がブロイラー扱いされてるなぁ、とさえ思うことさえあります。

 とっても忙しいお店であるとか、とっても広いお店であるとか、店内が入り組んだ構造になっているとか、っていうところでは、確かに効率を考えたら接客のチーフと店のホール・マネージャーのホットラインとしてインカムを使う、というのはいたしかたないことなのかもしれません。
 しかし。
 効率化だけを考えるなら、入り口に「男」「女」「学生」「小学生」「幼児」「乳児」×「人数」、なんていう「客人数ボタン」でも用意しておいて、その人数がマネージャーに報告されるようにするとかの工夫をして、「接客担当」は、文字通り徹底的にお客さんに接することに集中するべきなのではないかと思うのです。

 人間の感覚というのは、2つの目と2つの耳で、たいていの情報を入手します。つまり、情報収集のための装置はたったの4つ。そのうちの1つを業務連絡のために裂く、ということは、逆に言えば目の前にいる客に対して自分の感覚のうち四分の三しか使っていない、ってこと。四分の一は店のために使ってしまっている、ということになるわけです。
 しかし、僕ら客は、ちゃんと4つの器官を使ってその店を値踏みしています。つまり、店員が3しか使っていないのに、こっちは4使っているわけで、その時点で店の負け。「あぁ、100%で迎えてくれていないんだな」と思ってしまうわけです。

 キャラメルボックスでも何度か、現場のスタッフがインカムを使おうと言い出したことがありましたが、ことごとく僕が阻止してきました。
 もちろん、緊急連絡用の高性能トランシーバー(イヤホン無し)は各スタッフに渡してあって、いざというときには全部署のチーフ同士が連絡を取れるようにはなっています。でも、お客さんの前では絶対に使いません。

 では、サンシャイン劇場ほどの大きな劇場でのスタッフ同士の連絡はどうしているのか。自分が足を使って動くのです。なんらかの業務連絡があるときは、どんなに忙しくても、多少お客さんをお待たせすることになってしまったとしても、直接足を運んで話をするのです。
 そしてまた、どうしても持ち場を離れることができない事情がある場合には、「フリー」のスタッフに声を掛けて伝達してもらいます。そういう、持ち場から持ち場に話を伝達するための、「ロビーフリー」と呼ばれるスタッフを配置してあるのです。
 「仲村さーん」と「ロビーフリー」のスタッフを呼んで、その仲村さんに連絡事項を話して、遠くにいるスタッフに伝えてもらう、というわけです。

 そして、スタッフ同士の業務連絡も、ひそひそ話にしないで、普通の声で話す、というふうにしています。
 たとえお客さんには関係のないことでも、スタッフ同士が耳元に口を寄せてこそこそ話をしている、というのは見ていて気持ちの良いものではないからです。何かあったんじゃないか、と憶測されたり、何か自分たちには言えないことを話しているんではないかとか自分の悪口を言ってるんじゃないか、と邪推されたりする可能性もあるのではないか、と思うからです。
 そもそも「ひそひそ話」というのは、自分に関係のない話だとしても、目の前でされるとイヤな気分になりますよね。それは、スタッフとお客さん、という関係でも同じ「人間関係」なわけですから、いっしょだと思うのです。

 その「ひそひそ話」を、機械を使ってやるのがインカムなのだ、と僕は思います。
 警察官や警備員がひそひそ話をするのはあたりまえ。秘密を守り、極秘裏に活動するのが仕事、という人たちが使うのは当然。しかし、お客さんに心を開いて、どうぞ、楽しんでいってください、という仕事をしている僕ら劇団が、スタッフとはいえ、お客さんの目の前で「電気的ひそひそ話」をしてる、っていうのはあってはならないことだと思うのですね。

 もちろん、演劇公演をやっていても、時々、一般のお客さまに関係のない緊急事態、というのがあります。
 たとえば、劇団員のストーカーに近い行為をしているお客さんが突然現れた、とか。

 だいたい、イベントでインカムを使っている人たちの言い分は「万が一のために絶対に必要」なわけですが、万が一、っていうのはまさに一万分の一の確率でしか起きないことなので、残りの9999の場合には必要がない、ってことなわけです。
 だから僕はそっちを優先しようよ、と思うのです。

 で、この9999を大切にしていると、残りの1の場合というのはかなり普通じゃないこと、ということになります。では、そういう時はどうやって連絡を取るのか。
 誰かが異常事態を把握した瞬間に「異常事態を把握した」という視線を、スタッフに送ります。または、普段通りに「ロビーフリー」の人を普通に呼びます。ただ、その呼び方を、普段通りのように見えて、違うテンションにするのです。
 緊急事態なんて滅多にないことですから、普段から9999のお客さんに対して接しているスタッフには「普段と違う声」はすぐに伝わります。

 デパートなどでは、館内放送で「隠語」を使って犯罪の発生をさりげなく関係者に伝えるという方法をとる、と聞いたことがあります。たとえば、2階の化粧品売り場で万引き事件が起きたとすると、「先ほど、2階化粧品売り場で●●と○○をお求めいただいた佐藤様、お伝えしたいことがありますのでお近くのレジ担当者にお声をおかけくださいませ」という放送で、「佐藤様」が「万引き」を意味している、とか、そういうのです。

 が、僕らの場合は特に隠語があるわけでもなく、目と目で、声の調子や口調で、そういうことが伝わります。
 そして、当然、異常事態の発生後に誰が何をするか、ということはそれぞれに決まっているので粛々と自分の仕事に移る、ということができるわけです。
 こういう「言葉を発しないで異常事態を伝達する」というのは、長年の経験に基づくものなので、百貨店方式が最も使いやすいオペレーションであるとは思いますが。

 危機管理危機管理、効率化効率化、と組織を守ることばかり考えていて、知らないうちに目の前のお客さんのことが見えなくなってしまう。恐ろしいことだと思います。
 目の前の9999のお客さんをしっかり見据えて一人一人とちゃんと目で、耳で、言葉で、そして心で対応することに集中していれば、ちょっとでもおかしなことが起きたらわかるはず。わかるようになるのが、接客のプロだと思います。
 そして、自分の店(僕らの場合は劇場)に来てくれる人を「大切なお客さん」とちゃんと考えているのなら、自分たちも人間としてできる限りの能力を活用してお迎えしよう、と思うのです。

 「お客さんのため」を言い訳にして、実は自分たちに都合良いことをしていたり、楽をしていたりすることって、ありませんか?「自分がお客さんだったら」をいつも考えて、「あたりまえ」と思っていたことを一つ一つ少しずつ修正していくだけで、気づく人には気づいてもらえますし、きっと、そういう「少しずつでも直していこう」と思っている気持ちは伝わっていくと思います。

2007.12.16 掲載

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