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第75回  何の役にも立っていない言葉


喫煙者の僕としては、昨今、喫煙できる場所がどんどん減っているので吸う本数も減ってきていてとても助かっております。世の中のみなさま、どんどん喫煙場所を僕らから奪っていってくださいっ!!

さて。
  そんなわけで、もともと歩き煙草は絶対にしない主義の僕ですので、外に出ていてちょっと時間が出来た時などに喫茶店に入る、ということがけっこうあります。ところが最近東京では、古くからの「いわゆる喫茶店」がどんどん減ってきてしまっているのです。
  それは、スターバックスやドトールといったおしゃれで安くて美味しい気軽なコーヒー・ショップに押されてきているのだ、となにかで読んだことがあります。でも僕は、お店の扉を開けると「カランカラン」という音がして「いらっしゃいませー」というマスターの声が奥の方からかかり、カウンターの中からは「きゅーーーん」という豆を挽く音が聞こえ、ぷーーーんと挽きたてのコーヒーのいい香りが漂ってきて、お湯をしゅんしゅんに沸かしている蒸気が充満しているようなふるーい喫茶店が大好きです。

が、そういう喫茶店が見つからない場合は、やむをえずローコスト・コーヒー・ショップに入ることもあります。

先日、とある繁華街の、かなり坪数が少ないショップに入って、ブレンドコーヒーを頼み、受け渡しカウンターの向かい側の窓際に立って、一服しながらコーヒーを飲んでいました。飲みながら店内を観察していたら、そのショップには2階と3階にはちゃんと座る席があり、なぜか1階だけが喫煙OK、2階と3階は禁煙席、というつくりになっているようでした。
  で、僕がいた場所はちょうど階段の脇で、ひっきりなしに、人が上がっていったり降りてきたりしていました。

と、何度かめにふと気づいたのですが、店員さんが2階から降りてくるときに、必ず「2階3階、お合い席になりまーす」と、誰に言うでもなく、ひとりごとのようにしゃべっているのです。
  「2階3階、お合い席になりまーす」
  この言葉の内容を、あらためて吟味すると、「2階席と3階席は満席だけど、2人掛けや4人掛けの席に1人だけで座っているお客さんもいるので、合い席ならば座れますよ」ということなのではないか、と判断しました。
  そこで、今度は意識しながら降りてくる店員さんの言葉を聞いてみました。
  つまり、この「2階3階、お合い席になりまーす」という言葉は、これから席を見つけようとしている入店したばかりのお客さんに向けて言っているのか、 はたまたカウンターの中で作業をしている同僚達に言っているのか、ということです。

何人かの店員さんがかわるがわる下げ膳に行っているのかなんなのかは確認できませんでしたが、数分に一度、2階から降りてきながら「2階3階、お合い席になりまーす」とつぶやきました。
  この言葉を言っているとき、入店したばかりの人がいるときもありましたが、いないときもありました。
  つまり。
  「2階3階、お合い席になりまーす」は、2階や3階に行った後、1階に降りてきたときには必ず言う、というマニュアルがあるとしか思えないのです。
  で、カウンターで飲み物を購入した人には当然届いていませんので、「2階3階、お合い席になりまーす」と店員さんが呟いた後に2階に上っていって、すぐに降りてきて「席無いからここでいいか」と1階の立ち席に戻ってきた、という人たちまでいました。

つまり。
  「2階3階、お合い席になりまーす」は、結局、何の役にも立っていない言葉だったのです。

実は、何の役にも立っていない言葉、というのは世の中に氾濫しています。
  一番最初に気になったのは、古くからの八百屋さんや魚屋さんが使う「ごりよー、ごりよー」というかけ声です。「ごりよー」……?! どういう意味? 「ご利用」?でも、なんで大根や魚を「利用」するの?
  ……と、いろいろ考えた末、僕が辿り着いた結論は「はいっ、是非当店をご利用くださいませっ!!」 という言葉が縮まりに縮まって、「ご利用ご利用」になったのではないか、ということでした。
  まぁ、八百屋さんや魚屋さんは、言葉を伝える、というよりもその威勢の良さが命だったりしますので、言葉の中身なんかどうでもいい、って気もするのでこだわりはないんですけど。

が、ある時、キャラメルボックスの公演のロビーでグッズ販売をしているとき、CDが並んだ売り場の内側にいた新入社員が「どうぞ、お手にとってご覧くださーい」と売り場から1メートルぐらい離れたお客さんに言っているのを聞いて、違和感が爆発しました。
  「お手にとって」?!……なにを当たり前なことを言ってるんだ?!
  そこで、後からそいつに「なんでお手にとってご覧ください、って言ったの?」と聞いたら、「遠巻きにしていらっしゃるような感じがしたので」と言うのです。
  そういうとき、僕だったらどうするか。
  「あっ、このCDですか? これは、今回の公演に音楽を提供してくださった方々のアルバムなんです。どうぞ、ご覧ください」と言って、現物を僕が取って差し出します。
  つまり、お客さんに「近づいてください」と直接的に要求するより、お客さんが近づいてくれるようなことを言い、する、というわけです。
  これは、慣れ、というよりも、自分だったらどうされたいか、ってことなわけです。
  「お手にとってご覧ください」って言われたら、「うるせーよ、それほど見たいってわけじゃないけどたまたま視線がそこに行っただけなんだよー」と、へそまがりになってしまうと思うのですね、僕だったら。

がっ!!
  なんと、この「どうぞ、お手にとってご覧くださーい」というのは、洋服屋さん、特に百貨店やショップなどの若者向けの売り場の店員さんが「2階3階、お合い席になりまーす」とか「ごりよーごりよー」みたいな感じで、勢いをつけるためだけなのではないか、と思われる感じでよく口ずさんでいる言葉なんだ、ということに、後日気づいたのです。
  つまり、「いつも買い物に行くと言われていたことを、自分が売るときにも言っていた」ということ。
  これは、恐ろしいことですね。
  自分がされたことって、無意識のうちに自分の体の中に染み込んでいるのかもしれません。

「自分のお客さんに、自分たちの商品を本当に楽しんでいただきたい、だから買っていただけたら幸いだけど、買っていただかないまでも手にとってご覧いただけたら、精魂込めて作った甲斐があるってもんです」という気持ちがあれば、「どうぞ、お手にとってご覧くださーい」という「本当はそう思ってないんじゃねーの?!」と疑いたくなる言葉は出てこないはずだと思うのです。

似たような「ひとりごと言葉」は、毎日同じことの繰り返し、という職場にありがちですね。
  たとえば、満員電車に乗ったとき、放送で流れてくる言葉。
  「車内、大変混み合いましてご迷惑をおかけしております。もう少々奥の方までおくりあわせください」。……「お繰り合わせ」って、「万障お繰り合わせの上お越しくださいませ」なんていうときに使う、無理矢理都合を合わせてでも来てください、という意味なのではないか、と僕は理解しているのですけど。でも、この「お繰り合わせください」を使う車掌さんがとっても多いのは何故っ?! ……きっと、ずっと昔から車掌さんが「ひとりごと言葉」として使ってきたのを、乗客だった時代に聴き慣れていたので、自分が車掌になった時にもやっぱり使ってしまっていた、というウチの新入社員と同じ現象なのではないかな、と思います。

また、ホームでも「危ないですから黄色い線までお下がりください」という放送がよく流れます。が、そんな放送が流れていても、ホームには人がいっぱいで、歩こうと思ったら黄色い線の外側を歩くしかない、というのが、東京のラッシュ時の現状ですよね。だったら、危なくないように、整列する部分と歩く部分をちゃんと分けておくのが筋じゃないんですかね。または、「黄色い線」のかわりに、東京メトロではあたりまえになった柵をびっしり立てるか。
  なんか、「一応、注意はしてるんだから、もし電車が入ってきて接触したら、あんたが悪いんですよ」って言われてるみたいで、とっても腹立たしいアナウンスだと思うのですね。

あと、「駆け込み乗車はおやめください」。
  誰も、「駆け込み乗車」をしようとしてしてるわけではなく、単に、今来ているその電車に乗りたいから急いでる、だけなのです。「駆け込み乗車」をしようとしているわけではないんです。……このニュアンス、わかりますか?
  「駆け込み乗車」とは、乗せている側が作った言葉で、発車間際、ドアが閉まりかかっているのに無理矢理乗ろうとする行為の総称だと思います。でも、おやめください、って言われてやめるくらいなら最初からしてないんです。ヤバイ、ドアが閉まる、いちかばちかだっ!!……と、飛び込んでいくというわけです。

だったら、ドアが閉まる、ということを教えなければいいじゃないですか。
  つまり、「駆け込み乗車はおやめください」とホームでアナウンスするから、 「あっ、ドアが閉まるんだ、急がなきゃ」ってなるわけで。ドアの閉まり始めの段階で「ドア、閉まりました。次の電車は3分後に到着いたします」って言って、希望を持たせてくれれば、あきらめがつくってもんじゃないですかね。

また、超驚異的に違和感を感じたのは、車内で「持ち主がわからない荷物を見かけたら車掌か駅係員までお知らせください」っていうアナウンス。
  ……すみません、持ち主がわかる荷物は自分のだけなんですけど……。
  ほとんどだぁれもいない車両で、ぽつんと一個だけ荷物があったら、そりゃぁわかりますけど、満員電車でそのアナウンスは現実離れしてませんかねぇ?!
  しかも、車掌に知らせろって、どうやってっ?!身動きできない車内で、もし、怪しい荷物を見つけたとして、それを、ぎゅうぎゅうの車内をかき分けてでももってこいってことなの?!
  ……まぁ、揚げ足を取っててもしょうがないんですけど、とにかく非現実的なことを堂々とよくもまぁ毎日言い続けるものだ、と思うのです。

一応、言っただけ。
  言うことになってるから、言っただけ。
  なんとなく、みんな言ってるから、言っただけ。
  そういう言葉は、きっといつかは人の命を脅かすのではないか、と思います。
  伝えるべきことはなんなのか。そして、その伝えるべき内容を、どう伝わりやすく言葉にするのか。
  もう一度、自分の周りの「ひとりごと言葉」を、チェックしてみると面白いと思いますよ。

おっと、公共交通機関の揚げ足をいっぱい取りましたが、最近ちょっと感動したこともありました。
  東急線の自由が丘駅で降りてレコーディングスタジオに行くことが多いのですが、自由が丘の駅近辺というのは狭い道ばかりで、道路には人が溢れているのに、タクシーやバスがその間を縫うように走っているのですね。
  「危ないなぁ、ここ」と思っていたら、おしゃべりをしながら歩いていた高校生達の集団の後ろから近づいてきた東急バスが、しゃべったのです!! つまり、ワンマンバスの場合、乗車口のところにスピーカーが付いていて「まもなく発車いたしまーーす」なんて言っているところはよく見ていたのですが、なんと、この東急バス、運転席の前、おそらく、ヘッドライトの近くにスピーカーがあって、運転手さんが「申し訳ありません、バスが通行いたします」と、前を歩いている歩行者に声を掛けたのです!!
  高校生達も慣れているのか、すっ、と道をあけて、バスを通しました。すると、「ありがとうございまーす」と運転手さんが言うのです。

実は、ずっと前からこの原稿で「車にはマイクとスピーカーを付けるべき」 という話を書こうと思っていたのです。車のクラクション、というのは、とってもトラブルのもとですし、かと言って窓を開けて「すみませーん、通らせてくださーい」っていうのでは、声が届かない可能性もあるから、ドライバーが、道を歩いて行き来するのと同じように「すみません、車、通ります」とスピーカーで優しく言う、という練習を教習所ですればいいんじゃないか、とかねがね思っていたのです。
  が、悪用される可能性もあるので、なかなか原稿にはしづらいなぁ、と思っていたのです。
  でも、ちゃんとそれをやっているバスがすでにあったんだ、ということがわかって、僕はなんだか、ほっこりとした気持ちになってしまいました。

これこそ、その場その場の状況に合わせた、血の通った言葉の伝え方なんじゃないかな、と思いました。
  やっぱり、「いいこと」を思いつく人って、ちゃんといるところにはいるんですねっ!! 世の中、捨てたものじゃありませんよっ!!

2008.1.24 掲載

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