WEB連載

出版物の案内

会社案内

SST(社会生活技能訓練)の信用問題


平成19年6月1日
矢野啓司・矢野千恵

私どもの長男矢野真木人は平成17年12月6日の12時20分過ぎに、現在の高松市香川町のショッピングセンターで昼食後に自分の車に乗ろうとした時に、近隣の社団以和貴会いわき病院(以下「いわき病院」と称します)に入院中で、社会復帰トレーニングの一環として病院に許可を得て外出中の精神障害患者に万能包丁で胸を一突されて、大動脈を切断されてほぼ即死の状態で死亡しました。

殺人犯の野津純一は病症が20年以上経過した重篤な統合失調症の患者でした。事件の当初には刑法第39条の「心神喪失者の行為は罪に問わない」が適用されて、不起訴もしくは無罪が適用されるのではないかと懸念されましたが、起訴前精神鑑定で法的責任能力があると報告されて起訴され、刑事裁判では懲役25年が確定しました。これは日本における精神障害者による殺人事件では画期的な判決です。

私どもは、矢野真木人が通り魔殺人された直後から一貫して、直接の殺人者は野津純一であるが、殺人事件を発生させた本当の原因者はいわき病院であり、いわき病院の治療に過失と社会的不正義があったと考えております。このため、いわき病院の社会的責任を明確にする事を目的にして、損害賠償請求という民事訴訟を提訴しました。そもそも、私たちの目的は日本における精神障害者治療の現実を世の中に知ってもらい、何が日本の人権問題の課題であるかを理解してもらうところにあります。

日本ではこれまで、精神障害者の犯罪や、精神障害者の治療の現実は、「マル精」として世の中に報道される事がタブー視されてきました。これでは世の中に現実が知られないために、ゆがめられた現実を修正して精神障害者の人権を本当に守ることもできないと考えます。社会に知られない事実があることは社会の損失なのです。私たちは、民事訴訟に合わせて、その経過を可能な限り客観的に世の中に明らかにする決意で、それを実行してきました。日本の精神障害者が置かれた問題は、決して法律家が法律家の世界だけで議論を完結する問題ではなく、また精神障害者の社会参加は精神科医師等の専門家だけが専門世界に閉じこもって研究する課題でもありません。むしろ専門家だけが議論するという姿勢が、専門家の独断と専門職の職域擁護の視点で論理がゆがめられることとなり、問題の本質理解と社会的解決を遅らせている要素があるとも考えます。これは日本社会における人権問題であり、広く社会的知識が共有される必要があります。私たちは覚悟を決めて、事件や裁判に関する詳細を世の中に供覧します。

私たちは、この民事訴訟で明らかになりつつある現実に日本の社会が眼を背けることなく、前向きに改善を必要とする社会問題として取り組むことを望んでおります。私たちが提訴した民事訴訟の最大の目的は、刑法第39条がもたらしている、日本の現実と課題を広く世の中に知ってもらい、日本で精神障害者と健常者が共生する社会を実現する礎にしてもらうことです。いわき病院に対する民事訴訟の第5回公判では、いわき病院が実施していたSST(社会生活技能訓練)の実体が明らかになりつつあります。精神障害者の社会復帰のためのトレーニングと称して漫然と計画性と効果が乏しい無責任な訓練を行っております。これは真面目に社会生活技能訓練に取り組んでいる多くの専門家の努力に対する背徳でもあるのです。いわき病院長はSST普及協会の役員でもあり、日本のこの分野の指導者の一人なのです。民事裁判では、社会の中で公的負担のある医療費を使って活動する医療機関として、社会的正義を実現している姿であるとは言えない無責任な現実が明らかになりつつあります。日本で精神障害者の社会進出を先導する指導的な立場にあるいわき病院長およびいわき病院が現実に行っている精神科医療が、本当に精神障害者の人権を回復することにつながるのか、その視点で読んでいただければと、希望します。

本資料は矢野真木人が殺害された事件にのみ関係した事実や証拠に基づいて論理が構成されています。しかしながら、その論理を開始する基礎として、私どもと接触があったいわき病院もしくは他の精神医療機関の内情を知る人たちの証言や体験談(誰のどのような体験や証言であるかは、一切公表できませんが、中には精神障害者を家族に抱えて悩む家族の切なる証言もあります)が本来の根拠となっている部分が多数あることにも言及します。矢野真木人が殺害されたという事実から出発して、いわき病院を代表とする日本の精神医療機関が抱える、社会的な問題や課題に波及する必要性があると指摘します。私たちが民事裁判で提起している課題は、私的闘争ではありません。日本の精神科医療の課題であり、日本における人権問題の現実を改善するための礎石なのです。

下記の文章は、被告いわき病院から平成19年4月4日付で提出されたいわき病院の証言である「第2準備書面」に対する、原告矢野啓司と矢野千恵連名の反論書として、高松地方裁判所に提出される「意見陳述(矢野)-3; 記のⅠ」と「意見陳述(矢野)-4; 記のⅡ」を合併編集した上で、内容に若干手を加えて提示してあります。文中で記述されている「被告いわき病院答弁書」とはいわき病院が証言した「平成18年7月31日付、平成18年(ワ)台293号損害賠償事件答弁書」、「第1準備書面」は「平成19年2月7日付第1準備書面」、および「第2準備書面」の「平成19年4月4日付第2準備書面」です。本文章は裁判所に提出した文書が基礎となっているために、4月46日付の「いわき病院事件第5回公判報告」と記述内容に重複しているところがありますが、お許し下さい。

 

記のⅠ (平成19年4月10日付、「意見陳述(矢野)-3」から)

1、被告野津の症状に関する証言

被告いわき病院の証言は被告野津が平成17年12月6日に精神障害者であったか否かについて、被告いわき病院答弁書、第1準備書面および第2準備書面では証言が変転しており、信用できない。

被告いわき病院の証言の経緯

1)被告いわき病院答弁書の{第2の【3】の1、の(1)の⑦}
「被告野津の本件犯行前の状態は、統合失調症の精神症状が軽快しつつある時期にあり、本件犯行が被告野津の精神症状の発現によるものと捉えることは誤りである。精神障害でない人間が、計画的な殺意を抱き、他人を刺し殺したという事件が起きたのであって、かような犯罪行為の事前予測を精神科医がなすべき義務があるとすることは根本的に誤りなのである。」

上記で重要なポイントは「精神障害でない人間が、計画的な殺意を抱き、他人を刺し殺した」である。すなわち、被告いわき病院渡邊院長は「被告野津は精神障害者ではない」と証言した。

2)第1準備書面の5
「被告野津の本件重大犯罪は自らの自由意思により引きおこされたものであって、被告野津の精神疾患罹患とは直接の関連性はないと法的に判断された。」

上記では、被告野津には精神障害によって阻害されない完全な自由意思があると証言した。

3)第2準備書面の被告以和貴会の主張の2
「被告野津は、発病後10年以上経過した幻聴、妄想、精神運動興奮などの統合失調症の陽性症状より、抑うつ、感情鈍麻、連合弛緩などの陰性症状を主とする精神障害者であり、その話す内容は十分でなく、本人の思考や感情、認知の仕方に障害があり確かとは言えない。また発病後20年余りが経つので記憶も曖昧である。」
4)第2準備書面のⅢの原告の準備書面に対する反論の5の(3)
「発病後20年間有している幻覚妄想や感情の平板化、思考が一貫しない連合弛緩的状態は、いずれも統合失調症であることを示唆し、また手洗い恐怖や足のムズムズを不必要に訴え続ける強迫性障害(強迫神経症)も発病初期から見られ・・」

上記で重要なポイントは、被告いわき病院長は被告野津の精神障害症状が改善していないと証言し、なおかつその症状がより重くなってきた状況を説明した。その上で指摘するが、被告野津は平成16年12月6日には被告いわき病院の入院患者であった。被告いわき病院長も第2準備書面のⅢの原告の準備書面に対する反論の1の(1)では「平成17年12月当初の時点で退院は困難と判断している」と証言した。これは上記1)で指摘した被告いわき病院答弁書の「精神障害でない人間」という発言とは基本的に矛盾している。

精神科で入院または通院して加療を要する人は、通常の概念で考えれば「精神障害者」であることが一般的である。被告野津の場合は、精神障害者手帳を有していたので「精神保健福祉法」をはじめとする「法律上の精神障害者」である。いずれにしても、被告野津の診断名に統合失調症を付けていることは間違いない事実である。その事実を無視して状況に合わせて証言を変化させており、精神科の病院である被告いわき病院の被告野津の精神障害に関する証言は矛盾に満ちており、基本的に信用できない。

2、根性焼きを否定した

本件は被告野津精神鑑定書(検察官番号甲41)の「5」今回の事件に至るまでの経過で(6)頁に記載された「*12月5日、6日は」の文章の中で以下の通り被告野津の陳述が記載されている。

「6日は、更に、いわき病院の3階で会議でもあるらしくて、沢山、人が自分の部屋の前を通った。ざわざわして嫌であったが、そのうちに、その中の誰かが「クソ!」「クソ!」と自分を誹謗しているように感じて「カチン」と来た。腹が立った。「イライラ」が極限にきた。それで、何時も気持ちを落ち着ける時にする「根性焼き」(自分でタバコの火を、左指や左頬に押しつけて軽い火傷を負わすこと)をした。しかし、この日は「激情」していたので、「イライラ」が治まらなかった。それで、「誰か殺してやろう! そうしたら、イライラが治まるかも知れない」と思った。」

上記の通り、被告野津は「6日には根性焼をした」また「何時も気持ちを落ち着ける時にする」と陳述している。このことは被告野津は被告いわき病院に入院している期間の間、継続して根性焼きをしていたと証言していることになる。

被告いわき病院が主張する「7日までに顔面の瘢痕がない」というのは明らかに詭弁である。テレビ朝日テレメンタリ-(2月3日放送)の映像には、遠目に見ても分かるほどの瘢痕がある。放送では高松南警察署の刑事が「顔面に瘢痕のある男性像を発見した…」等々の電話でのやり取りも聞き取れる。(なお、本件DVDビデオは今後証拠品として原告から本法廷に提出する用意がある。)

被告いわき病院が主張する通り、被告野津には事前の瘢痕はなく、7日の午後、被告が病院を出てから逮捕されるまでの極めて短時間の間にタバコの火で左の頬に、テレビ映像でも見て取れる大きな瘢痕を作り上げていたのであれば、通常は皮膚の真皮まで到達するのであり、瘢痕が形成されるまでには相当の日数を要する筈である。明瞭に映し出されているTV画像の状況からすると1時間以内で形成された瘢痕であると考えられない。

被告野津の顔面の火傷痕は被告病院に入院中(あるいは入院前)から被告野津の顔面に瘢痕があったと解するのが妥当である。それでも「無い」と主張するのならば、それはもはや医療職としての資質を欠いている。つまり、被告いわき病院長渡邊医師は「患者の顔をよく見ないで診察している」と証言しているのに等しい。

3、被告野津の両親に対する非難

被告いわき病院は、両親がいわき病院に野津の危険性を申告しなかったと非難しているが、責任転嫁も甚だしい論理である。これはわが国の医療制度における根幹を揺るがす証言である。精神科においては「生育歴」を綿密に聞取り調査することから治療を始めるのが基本原則である。特に、被告病院長の出身大学である福岡大学の西園教授はわが国における精神分析学の権威であり、精神分析においては人生早期の環境を含めて、母親との関係を何よりも重要視するのである。したがって、被告野津の両親に対する問診は勿論のこと、紹介元の医師や医療機関に対して更なる情報提供を求めるなどの努力をするべきであった。被告いわき病院長渡邊医師の主張は、自らの職責を放棄した本末転倒という謗りを免れない。

4、起訴前精神鑑定を否定した

刑事裁判における起訴前精神鑑定を否定し、それを覆すだけの論拠を示していない。「何を以って間違いとするのか」という事でもあり、起訴前精神鑑定に対する判例を示す必要があるのに、それをすることもなく単に感情的レベルの批判である。

起訴前精神鑑定を否定するのであれば、尚更のこと、当時の被告野津の状態は社会生活をおこなう社会的技量は非常に低いレベルであったことを被告自らが認める事になる。今後「退院を前提とした社会復帰訓練」と称して「単独での外出」を被告いわき病院が許可していた事に関して、改めて精神医療、精神科リハビリテーションの意味付けが問われる事は必至である。

5、統合失調症と反社会性人格障害は二重診断できないと断定した

被告いわき病院渡邊院長の証言は変遷しているが、被告いわき病院の第1準備書面でも被告野津の症状を表現するに当たって、生物学的に症状が根本的に解決する「治癒」ではなく、症状そのものは安定しているが日常生活上の些細な出来事で容易に再発する「寛解」状態であることを述べていることから、被告野津は「精神障害者」であるという前提であり、そのために被告いわき病院に入院もさせていた。

統合失調症と強迫神経症は次元の異なる診断名であり、統合失調症の付随症状としての「強迫症状」は通常の臨床場面でも珍しくはないが、「強迫神経症」の主診断に対して、後から「統合失調症」と診断することはない。最初に「強迫神経症」として診断名をつけ、後から「統合失調症」を確定診断することはあるが、その場合は当初の診断名は誤りであったという前提である。被告病院のカルテには「強迫神経症」と「統合失調症」が併記されており、二重診断である。

被告いわき病院長は第2準備書面のⅢ 原告の準備書面に対する反論の5の(1)で「(過去に)多くの主治医が強迫症状を頻繁に指摘し、障害年金の過去の病名にも強迫神経症もあることから、発病初期は強迫神経症の傾向が強かったため、渡邊院長は、「強迫神経症」という病名を警察官面前調書では述べている。」と主張した。同じ文章では「診療録では強迫神経症と記載しておらず」と証言して、証言の一貫性に欠けている。しかしながら、被告いわき病院長は被告野津に「発病初期は強迫神経症の傾向が強かった」と強迫神経症の症状が実質的に被告野津に確認されていたことを認めている。この点では、被告いわき病院長渡邊医師の証言は、精神障害でもない人間と言う表現を除いて、一貫している。

被告いわき病院長がよりどころとするICD-10(日本語訳)では、154頁のF42強迫性障害の項目には最初のパラグラフに次の通り記述されている。

「強迫思考はほぼ常に苦悩をもたらすものであり、(なぜならそれは暴力的であるか、わいせつであるか、あるいは単に無意味なものと認識されるからである)、患者はしばしばその思考に抵抗を試みるが成功しない。」

この記述に忠実であれば、被告いわき病院長渡邊医師は被告野津に強迫神経症の症状を最初に診断したのであれば、両親の説明や、過去の病院での診断結果とは別に、医師として独自判断で診察と調査をして「暴力的であるか否か」を診断する義務があると考えるべきである。

計見一雄「統合失調症あるいは精神分裂病、講談社選書メチエ、P176」によれば「強迫傾向の強い人というのは、けっこう攻撃的な人です。(中略) 強迫神経症者っていうのは、ある場合には非常な暴君です。家の中の暴君。ちょっとでも持ち物を動かしでもしたら、お母さんに、火がついたように怒る。」と書かれている。被告いわき病院長渡邊医師は精神障害の専門家であれば、当然のこととして被告野津の暴力性や攻撃性を、自らの判断で診断しなければならないのである。被告野津は被告いわき病院に入院中の平成16年10月21日には看護師に襲いかかった事実がある。もし、被告いわき病院がその時点まで被告野津には攻撃性と暴力性がない強迫神経症の症状であると判断していたとしても、その時点から過去に遡った調査を行い、被告野津の危険性を診断する義務があった。被告いわき病院長渡邊医師は「統合失調症」と「反社会性人格障害」は二重診断できないとする確固たる医師としての信念を持っているようである。しかしながら被告いわき病院長渡邊医師は被告野津に「強迫神経症の症状」があることは認めていた。また、被告いわき病院が行った「バウムテスト」「自己像テスト」でも攻撃性は指摘されている。このため、被告いわき病院長渡邊医師は「反社会性人格障害」を診断するしないの問題に関わらず、自ら下した強迫神経症の診断を元にして「被告野津の攻撃性と暴力性を診断しなかった」のは被告いわき病院長渡邊医師の医師としての過失である。

ところで、被告いわき病院長はICD-10と合わせて、DSM-IVも診断の頼りとしているところであるが、DSM-IV-TR(日本語版)の237頁には301.7反社会性パーソナリティ障害の項目で「D.反社会的な行為が起こるのは、統合失調症や鬱病エピソードの経過中のみではない」と書かれている。この記述は「統合失調症」と「反社会性人格障害」の二重診断を許容していると考えるべきであろう。被告いわき病院長渡邊医師は自らの意に添わない主張に対しては「異説である」との言葉を発するが、このような抽象的でまた中傷的な言葉を発するよりは、明確な根拠を具体的かつ論理的に提示しなければならないのである。

6、個別症状にこだわって殺人の原因ではないと主張している

被告いわき病院は「全か無の法則(All or nothing)」によって、極端な論理展開をしている。被告いわき病院長渡邊医師の主張は個別の症状が一つ一つが決定的な要因であるか否かをこだわり、被告野津を人間としてトータルな視点で見て、個別事象の変化を総合して、被告いわき病院長渡邊医師が強迫神経症状が強いと判断している被告野津に本質的な問題が起こり得る可能性に気がつかなかったのである。

原告は「被告野津が殺人を起こす人間であるという予断」を述べている訳では決してなく、常日頃からの適切な入院処遇と医療展開が出来ていない被告病院の医療機関としてのシステム不全、フェイルセーフ概念の欠如を指摘しているのである。犯行当日の前後を含めて、被告野津に対する適切な医療的な関わりができておれば、通り魔殺人された矢野真木人が死なずに済んだ可能性は充分にあると思えるのが通常の視点である。事件の結果に対して、被告病院はレトロスペクティブという言葉を投げかけることに固執して、自らの不作為を覆い隠すべく責任をことごとく外部に求めている。

7、被告野津の外出と外泊

被告いわき病院は、被告野津が外出の事例を呈示しているが、被告野津に危険性がなかったという証明になってない。被告いわき病院の証言は、全く根拠のない事実の提示である。単に外出や外泊の日付を列挙しているに過ぎない。被告野津の行動には「全く問題がない」という根拠、つまり外泊中や外出中の行動に言及した具体的内容が明らかにされていない。このため「何をもって問題が無いとするのか?」という事が証明されていない。被告いわき病院の証言には、「被告野津の外出途上における他者の観察の視点が無い」。このため、「もしかしたら車道に飛び出して、運転者と口論になっていたかもしれない」という指摘に対して「そんな事があるはずないじゃないか!」という程度の反論をするのが関の山の資料である。

被告いわき病院が提出した資料では、圧倒的多数を「外泊」が占めているが、被告野津は「外泊」の際には必ず父親か母親が病院まで連れに来て、帰院時には病院まで連れ帰っている。このため、単独行動における被告野津の安全性や行動の異常がないことや社会人としての達成度などを把握する資料とはなり得ない。また提出された資料では「外出」の回数が少なすぎる。被告いわき病院が提示した「外出」の記録は、平成16年12月14日の母親が迎えに来た耳鼻咽喉科受診、平成17年5月13日の母親に連れられた泌尿器科受診、9月14日の中間施設訪問、9月26日の母親に連れられた耳鼻科受診、10月5日の福祉ホーム訪問であり、いずれも単独行動ではない。

被告いわき病院は被告野津から「アネックス棟での入院生活についての誓約書」で被告野津から署名(署名日不明、N医師確認)をとっている。その「⑥院外へは二時間以内に行き来できるところ(M書店・スーパー・コンビニなど)で、行く場合は行き場所を病棟スタッフに伝えてください」に該当する外出については何も、被告いわき病院は記録を提出していない。被告野津が通り魔殺人事件を起こしたのは、正にこの第⑥項目の外出中である。このことに関して被告いわき病院が何も資料提示できないことは、日常の運営と記録に不備があったと推察されるところである。意見陳述(矢野)-1でも「37.付添もない一人の外出」および「38.複数の医師で診察」で述べたとおり、被告いわき病院では全く患者の外出管理が疎かであったのである。原告が問題にしているのは第⑥項目の外出が適切に行われていたか否かの問題である。

 

記のⅡ (平成19年5月27日付、「意見陳述(矢野)-4」から)

1、野津純一の生育歴と過去の治療の経緯


1) いわき病院が聞いたことは渡邊医師が聞いたこと

被告いわき病院は第2準備書面のⅠの[被告以和貴会の主張]の1、で「いわき病院及び主治医渡邊は被告野津の過去の治療経過の詳細は、本件訴訟中に文書送付嘱託等で提出された診療録などで初めて知り得たものである」と明言した。ここで重要な論点は「いわき病院及び主治医渡邊」である。すなわち、病院としてのいわき病院および個人である主治医渡邊医師の双方にかかる認識の問題として述べている。このため、本裁判では、「いわき病院に勤務する他の医師や看護師は聞いていたけれど、いわき病院内で情報伝達が行われなかったので、病院長の渡邊医師は知らなかったから、情報を知り得たことにはならない、という主張」は一切できない。

2) 被告いわき病院長渡邊医師は知らされてない?

被告いわき病院は、野津純一が被告いわき病院に転院する前に診察や治療を受けた過去の治療歴として、従前の病院や診療所からの紹介状に「何回も表出したとされる殺意や他者に向けられた攻撃は一切報告されていない」と記述している。また、「(他の病院の)紹介状以外から、今までの病状と診療内容を知るためには、被告野津本人からと両親からの説明しかない」として、両親がその情報を伝えていないとして「今回の裁判において初めて見ることができた過去の他院での診療録には、被告野津本人及び両親が主治医である渡邊に対し当然伝えるべきことが半ば抜けていたことが判明した」と主張している。ここで改めて確認するが「被告野津本人及び両親が主治医である渡邊に対し当然伝えるべきこと」の「主治医である渡邊」とは「いわき病院及び主治医渡邊」と同義である。他の病院及び両親は被告いわき病院に当然知らせるべき情報を知らせてなかったという被告いわき病院の主張は健康保険指定医療機関として無責任で社会的に不正義である。

原告は、他の病院や医院からの被告いわき病院に対する紹介状の記載内容や被告野津純一の両親の説明内容などについてはその全てを知り得る立場にはない。また被告野津純一の両親が被告いわき病院に入院するに当たって情報提示した内容については、被告野津純一の両親が本法廷で主張するか、証拠提示すべきものと考えている。このため、原告は現時点では、これらの情報が被告いわき病院に与えられていたかいなかったかについては言及しないこととする。しかしながら、今後の論議の進展方向によっては、原告も本件に関して、証拠を提示して、主張する用意があることを確認しておく。

現時点では原告は以下の3)、4)および5)の通り、被告いわき病院の主張を元にすれば、日本で精神医療の公的責任を担っている被告いわき病院に重大な公序良俗に反する義務違反があったと指摘するに留めておく。

3) 被告いわき病院の調査義務

そもそも、被告いわき病院が新たに精神障害の入院患者を受け入れる際には、被告いわき病院には患者の周辺情報を収集する義務があると考えるのが適切である。石井毅著「研修医のための精神医学入門:星和書店、P12-15」では「Ⅰ章 精神症状の捉え方の基本」で精神障害診断の手順として①家族的背景、②既往歴・生活歴、③現病歴および④現在症に関して十分な情報を集めて、それらを総合判断する事を求めている。

被告いわき病院は「被告野津純一が従前に治療を受けていた医療機関から情報提供がなかった」また「両親が話してくれなかった」として、問題は外的要因にあり被告いわき病院には責任はない、被告いわき病院は迷惑を受けていると主張する。しかしこの主張は基本が間違っているのである。本質的な問題は、被告いわき病院が精神科の専門医療機関として、自らの責任において行うべき、医療機関として被告野津純一の精神症状の診断と治療計画の作成のため必要とされる調査や診察などの義務を果たしていたか否かの問題である。本件は「被告病院は知らされていなかった」と被害者的な立場で主張する問題ではなくて、医療機関として能動的に何を成したかが、本質的な問題である。

本当に問題となるのは、被告いわき病院が精神科医療機関として責任を持って必要とされる調査を行っていたか否かであり、他の医療機関や両親が必要かつ十分な量の情報を提供していたか否かではない。被告いわき病院は十分な情報が与えられていないと主張しているのであるから、「被告いわき病院は不充分な情報把握のままで被告野津純一に対する入院治療を行っていた」と証言したことになる。被告いわき病院は被告野津純一を入院患者として受け入れた段階で、過去に治療を受けていた医療機関に照会をすべきであり、また両親を呼んで、治療を促進するために情報提供に協力を要請すべきであった。被告いわき病院は専門の医療機関として自ら行うべき基本的な義務と責任を患者の親や他医療機関に転嫁しているのである。被告いわき病院は「平成17年12月7日に被告野津純一が殺人事件の容疑者として逮捕されるまで被告野津純一の過去の病歴に関して必要かつ十分な調査を行っていなかった」と自ら証言したことになるのである。また被告いわき病院が現時点で「十分な情報が与えられていなかった」と主張することは医師としての不作為を自ら認めている重大な証言である。

4) 殺人事件が発生するまで調査の必要性は無かったか?

被告いわき病院長は「『①家族的背景、②既往歴・生活歴』などの項目の調査は、被告野津純一が殺人事件を起こすまでは、いわき病院が行っていた程度で十分であり、原告は殺人事件発生を根拠にしてレトロスペクティブに不必要な義務を病院に課しているだけだ」と主張したいようである。しかしながら被告野津純一は被告病院内で平成16年10月21日に看護師に対する暴力事件を起こしており、被告いわき病院は被告野津純一を閉鎖病棟に収容していた。被告病院は被告野津純一に関する情報把握が十分でないと本裁判で主張するのであれば、被告野津純一の暴力事件の時点で被告野津純一の両親に改めて事情聴取を行う他、過去の病歴や治療歴を詳細に調査するべきであったのである。その上で、「③現病歴および④現在症に関して十分な情報を集めて、それらを総合判断する」必要性があった。被告いわき病院は被告野津純一の暴力行為という事実を前にしても、必要とされる調査を行わず、本件裁判では受け身の対応に終始した主張に固執することは、精神科専門医療機関としては怠慢を覆い隠そうとする悪意に基づくものであると思料する。

5) 被告いわき病院の社会的責任

被告いわき病院の論理と証言が明らかにしているのは「被告いわき病院は被告野津純一の入院時に必要とされる調査や診察を行っていなかった」ことを被告いわき病院長が認めたという事実である。その本質は被告いわき病院は精神科医療機関として、自らの責任で行うべき義務を果たさずに、不完全な診断で入院患者を受け入れて治療していることになる。被告いわき病院は「民事裁判が提訴されて初めて、被告野津の診断に必要とされる過去のエピソード等の情報を入手できた」としている。これは「被告野津純一に対して、必要かつ十分な調査と診断をしないままで入院患者として受け入れていた」と主張しているに等しい。この被告いわき病院の医療手続きを、一人被告野津純一に関する処遇のみに限定せずに、一般化して社会的問題の視点で見据えるならば、被告いわき病院は入院時に不充分な調査と不完全な診断のままで必ずしも入院を必要としない者を入院させている可能性も危惧されるところである。これは精神障害者の人権擁護および医療費の適性使用という側面からも、被告いわき病院及び病院長渡邊医師の社会的責任が問われるべき可能性を示している。このことは被告いわき病院が裁判の場で証言しており、重い証言である。

2、被告いわき病院の虚偽証言


1) 「12月当初の時点で退院困難と判断していた」と証言した

被告いわき病院は第2準備書面のⅢの1、で「平成17年12月当初の時点で退院は困難と判断している」と明記した。

2) 平成17年12月3日のカルテ

平成17年12月3日のカルテに、被告いわき病院長渡邊医師は「退院して、一人で生活には、注射ができないと困難である、心気的訴えも考えられるため」と記述してある。

被告いわき病院長渡邊医師は主治医として12月3日にはカルテに「退院して、一人で生活」と記載してあるので、被告野津純一を退院させた後では、野津純一が単独生活するところまで認識していたのである。その上で、第2準備書面で「12月当初の時点で退院は困難と判断」と主張することは、被告いわき病院および院長にして主治医である渡邊医師の主張と証言の信憑性を大きく傷つける、偽証であると指摘する。

被告いわき病院およびその代理人の主張は、前後の主張に矛盾があること、また既に退出されている証拠とも矛盾しているなど、その場の勢いで根拠のない弁明が繰り返されており信用性に乏しい。本件もその一例である。

3) 根性焼証言の信憑性に波及する問題である

被告いわき病院は被告野津純一の左の頬にあった「根性焼」が被告いわき病院内で発見されなかったことに関する証言として、平成17年12月3日における被告いわき病院長渡邊医師による診察でも顔面に「根性焼」を発見できなかったことを証拠としてあげている。この12月3日の主治医渡邊医師の診察を根拠とすることは極めて不適切である。なぜならば、被告いわき病院長渡邊医師は同日にカルテに「退院して、一人で生活には」と記載して、退院を予定していながら、厚面皮にも本件裁判では「平成17年12月当初の時点で退院は困難と判断している」と虚偽の証言をした。同じ論理で、12月3日に医師として「根性焼」を発見できなかったことを隠匿するために、「根性焼はなかった」と虚偽の証言をしている可能性があると指摘する。

平成17年12月3日の事に関する、被告いわき病院長渡邊医師の証言は基本的に虚偽であり、何を真実として語っているか、信用することはできない。(なお、本件は後段の6、の7)でも記述する。)

3、事実認識の誤り

被告いわき病院の主張には数々の事実認識の誤りがある。今回提出された第2準備書面では被告野津純一の喫煙場所を「アネックス2階のデイルームの喫煙コーナー」および「1階外来売店横の喫煙コーナー」と明記した。被告野津純一は「アネックス3階」に入院していたところであり、アネックス3階の被告野津純一の個室の前のデイルームには喫煙所(検察官番号乙14号証)があった。それなのに「アネックス2階」までわざわざ行って喫煙していたとは、人間の行動を考えれば不可思議である。原告は被告いわき病院には一度も立ち入ったことは無いが、被告いわき病院が「アネックス2階」と主張することに、違和感を覚えるものである。被告いわき病院は第1準備書面では懲役25年が確定している被告野津純一の刑期を懲役20年と記述していた。このため、被告いわき病院は正確な事実に基づいた主張をしているか否かについて、疑問がある。

4、「精神鑑定医の判断は間違っている」という反論は不適切である


1) 専門医師としての信頼性の欠如

そもそも、被告いわき病院の被告野津純一の精神症状に対する所見や診断が本件裁判で被告病院長渡邊医師が提出した「被告いわき病院答弁書」「第1準備書面」および「第2準備書面」で、専門の精神科医師の証言であるにも関わらず定見を失っており、証言としての信頼性に乏しいのである。被告いわき病院長は、その時の状況に合わせて自らの責任を回避することだけを目的にした安易な証言をして、前後で矛盾した発言を繰り返してきた。このため、被告いわき病院長渡邊医師は精神科の専門医師であるが、本件裁判では渡邊医師の見解をもって信頼に足りる専門家の意見と証言として用いることはできない。

反社会性人格障害と統合失調症の二重診断の問題も、被告病院長は第2準備書面のⅢの5の(1)で、「起訴前精神鑑定では「DSM-IV」の基準を使用したと言っているが、この診断基準によれば、既に発症している精神疾患の症状が継続している間は「反社会性人格障害」という診断名をつけないことになっているところである。」と主張するが、“「反社会性人格障害」という診断名をつけないことになっているところである”と言う根拠を明示していない。このために、この論理は被告いわき病院長の「思い込み」もしくは「責任逃れ」の論理以外の何物でもない。

本件裁判では被告いわき病院長の精神科医師としての専門的技量と資質および主張の信用性に疑いが持たれているのである。被告いわき病院長渡邊医師は社団以和貴会いわき病院長、香川大学医学部付属病院精神科外来医師、さらにはSST(SSTとは、Social Skills Trainingの略で、「社会生活技能訓練」や「生活技能訓練」を意味する)普及協会の役員等である権威を振り回して、本件裁判の場で引用文献や証拠を明示せずに自らの主張のみで議論展開することは本質的に無意味であると認識しなければならない。被告いわき病院長は自らの見解を主張する時には必ずその根拠を明示して供覧しなければならない。

2) 精神鑑定と臨床診断の違い

被告病院長は第2準備書面のⅢの5の冒頭で、「S医師の精神鑑定には誤りが多い」と主張する。そもそも、精神科の臨床医と精神鑑定医は、その仕事の内容と目的が異なる。患者の精神症状を特定し、診断名をつけて適切な処方を下すことは臨床医と鑑定医に差はない。しかし、これら一連の作業に加えて、鑑定医には「事件当時の責任能力の有無」を判定する作業がある。このため精神鑑定医は現在の症状を基礎にしつつ犯行を行った過去に遡って司法概念である法的な責任能力に照準を合わせた精神鑑定を行うものである。そもそも患者の治療を目的とした医療概念と犯罪の犯罪者の処遇に関する司法概念は異質であり、その行動の本質と目的が異なるのである。

これに関連して福島章(殺人という病、福島章著、金剛出版、第1章、P8参照)では「社会的にインパクトを与えた有名事件(そのほとんどは重大な殺人事件)の精神鑑定では、複数の精神鑑定医の診断名が一致しないことが多いという不思議な現象であった。鑑定医相互の診断の一致度が低いばかりではなく、犯行以前に受診していた医師たちの診断ともしばしば食い違っていた。このような診断相互の不一致の理由については、さまざまな批判がなされてきた。これは、精神医学に対する社会の信用性を失墜させる憂慮すべき事態であるとする批判すらなされた。しかし私は、これを単純に医師の「誤診」とは断定できないと考える。そうではなく、病院臨床の体験をもとに構築され洗練されてきた診断体系を、犯罪者・殺人者にそのまま当て嵌めようとすることに由来する診断のぶれではないか。」と記述している。すなわち、福島章は多数の精神鑑定を手がけた精神科医師の立場から、臨床医師が臨床医師の視点だけで精神鑑定をすることの限界を指摘しているのである。

精神障害者の「責任能力」という概念は司法概念である。これは精神障害者(例えば統合失調症患者)であるから自動的に「責任無能力」というような安易な問題ではない。更には「統合失調症の患者であるので、その治療を行うためには責任無能力=心神喪失でなければならない」とするような医療の論理を法的責任能力の判定にまで安易に拡大するような、公序良俗に抵触する無法を許す論理でもない。既に刑が確定した野津純一の法的責任能力を臨床医の観点から主張することは妥当性を欠いている。被告いわき病院の野津純一の臨床診断に対する証言も、裁判結果の解釈に基づいてこれまで変動を繰り返してきた経緯があり、精神科専門医療職としての定見が疑われているところである。本件裁判でこれまで証言されてきた渡邊朋之医師の証言は、本人が精神科の専門臨床医師であるにもかかわらず、見苦しくも医師ではない法律家の司法判断に基づいて医師としての診断を不定見に附和雷同させていたのである。さらに仮に被告いわき病院の主張を受け入れて、殺人事件の当時の被告野津の精神症状が寛解に近い状態であったとしても、事件当時と精神鑑定当時の「時間差」によって、症状が変動していた可能性があることも当然である。その上で、精神鑑定医師は慎重な診断の上に立って鑑定を行い、刑事裁判で根拠として採用されたからこそ「懲役25年」が確定したのである。

3)触法障害者の犯罪について、重症度と凶悪度に相関関係はない

被告いわき病院長は「殺人等の凶悪な犯罪行為を犯す患者は、精神症状も非常に重篤である」かのような論調を述べている。被告いわき病院長は「野津純一は入院中は至って平穏な生活態度を送っており、殺人事件との因果関係は無い」と主張する。「症状としては安定しているのだから、凶悪事件を起こすことの予見はできない」と言いたいようであるが、これは間違いである。風邪みたいな軽症の精神障害の状態でも凶悪事件を起こすことが大いにある。むしろ、重症の患者よりも症状が寛解に近い患者であり、なおかつ、反社会性人格障害者や強迫神経症状で凶暴性のエピソードを過去にもっている患者が事件を起こす可能性が高いのである。(「司法精神医学と犯罪病理」、中谷陽二著、金剛出版、P12-13参照)

5、精神保健福祉法と外出制限


1) 被告いわき病院の認識

被告いわき病院は第2準備書面のⅠの[被告以和貴会の主張]の3で、「外出制限、保護室隔離等の行動制限は、少なくとも精神運動興奮による他害(殺人に限られない)の可能性が認められなければ、精神保健福祉法上違法となる可能性が高い。また、仮に外出を禁止できたとしても、病棟内で他の患者、主治医を含めた医療スタッフを衝動的に襲うことを確実に事前に回避することも容易ではなく、結局は、広い意味での他害防止のためには隔離制限しかないことになるが、そのような強度の行動制限の判断を、本件のような喉の痛みと頭痛で下すことはできないと考えられる。」と主張した。

上記で重要なところは、外出制限や保護室隔離等を行う要件として
①精神運動興奮による他害の可能性が認められること
②外出制限を行うことは保護室隔離と同等の行為であること
と、被告いわき病院が主張したところにある。

ここでも、被告いわき病院の論理展開で多用される「All or Nothing」の論理が使われている。被告病院長は外出制限を行い得るのは「患者が異常な興奮状態にあり、他害の可能性が認められるときに限る」と主張している。同時に被告病院長は「喉の痛みや頭痛やイライラなどの個別症状が原因で殺人を犯す者はいない」とも主張した。また「そもそも、殺人行為の原因論は犯罪行為が発生した後からレトロスペクティブな議論で論じられるのであり、事前に予見することなどは不可能である」との主張も繰り返している。すなわち、被告いわき病院の認識と論理によれば、そもそも、外出制限は行い得ないのである。

また、保護室隔離等を行う閉鎖病棟から出されて一旦一般病室に入院する事になった患者には、本人が異常興奮の症状を示さない限り、外出制限などの行動制限はいかなる理由によっても行い得ないと主張している。これは医療上の必要性に基づく「ドクターストップ」や保護はあり得ないと主張するものである。これは社会の中で医療活動を事業として行う精神科医療機関および精神科専門医師の見解として正しいあり方であろうか。

被告いわき病院は第1準備書面の7で「精神病患者に対する強制医療の根拠が「ポリスパワー」から「パレンスパトリエ」に求められているのである。また、本件は、医師の裁量とこれに対する法的評価の判断の問題であり、「メディカルモデル」と「リーガルモデル」との対立、調整の事例なのであるが、国際的にはメディカルモデルを中心としつつ、適性手続きの保障という視点からリーガルモデルの導入という調整が図られつつあるというのが特にアメリカ合衆国をはじめとする先進諸国における趨勢である。」と主張した。被告いわき病院は「精神科病院が精神病患者に対してパレンスパトリエの観点からメディカルモデルで対応することが現在の国際的な趨勢である」と主張したいようである。しかしながら、被告いわき病院は上記の論理では自ら行うべき「医療上の必要性」を否定している。そもそも被告いわき病院は「メディカルモデル」の行使者として自らの主張を議論展開する精神科医療機関としての責任意識を有していない。このため被告いわき病院が主張するパレンスパトリエの主張には妥当性がないことになる。

2) 精神保健福祉法の規定

精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「精神保健福祉法」と称す)には次の通り規定されている。

第 36 条 精神病院の管理者は、入院中の者につき、その医療又は保護に欠くことのできない限度において、その行動について必要な制限を行うことができる。

3  第1項の規定による行動の制限のうち、厚生労働大臣があらかじめ社会保険審議会の意見を聴いて定める患者の隔離その他の行動の制限は、指定医が必要と認める場合でなければ行うことができない。

第 37 条 厚生労働大臣は、前条に定めるもののほか、精神病院に入院中の者の処遇について必要な基準を定めることができる。

2  前項の基準が定められたときは、精神病院の管理者はその基準を遵守しなければならない。

上記の法律規定に基づけば、精神病院の管理者は「入院中の患者に、医療上の必要性もしくは患者の保護を目的として、一定の限度内で患者に必要とされる行動制限を行うことができるのである。

このため精神保健福祉法第37条の基準は、「精神保健及び精神障害者福祉法に関する法律第37条第1項の規定に基づき厚生労働大臣が定める基準」(昭和63年4月8日厚生省告示第130号)では
   第三「患者の隔離について」、
   第四「身体的拘束について」および
   第五「任意入院者の開放処遇の制限について」
と、「患者の隔離」「身体的拘束」および「任意入院患者の開放処遇の制限」をそれぞれ異なる処遇方法として規定している。ところが、この精神保健福祉法および関連の制令に規定があるにも関わらず、被告いわき病院長は患者の行動制限は「隔離制限しかない」としており間違っている。このため、被告いわき病院では任意入院の患者の処遇に関して「隔離するか」「隔離しないか」の二者択一の論理展開がなされているのである。被告いわき病院は本件裁判における自らの主張を通して、被告いわき病院では第五「任意入院者の開放処遇の制限」が機能してない、ことを証言したのである。

3) 「任意入院者の開放処遇の制限」について

「精神保健及び精神障害者福祉法に関する法律第37条第1項の規定に基づき厚生労働大臣が定める基準」(昭和63年4月8日厚生省告示第130号)の第五「任意入院者の開放処遇の制限について」の一の(3)項では以下の通り規定している。

(3) 任意入院者の開放処遇の制限は、当該任意入院患者の症状から見て、その開放処遇を制限しなければその医療又は保護を図ることが著しく困難であると医師が判断する場合にのみ行われるものであって・・・。

更に、二のア項では、開放処遇の制限の対象となる任意入院患者を次の通り規定している。

ア 他の患者との人間関係を著しく損なうおそれがある等、その言動が患者の病状の経過や予後に悪く影響する場合。

上記で重要であるのは、「患者の言動が患者の病状の経過や予後に悪く影響する場合」である。ここに、精神障害患者の主治医は医療上の必要性もしくは患者の保護の必要性がある場合には、患者の開放処遇の制限を行い得るし、その際には、患者の言動や病状の変化に特に注意しなければならないのである。

6、主治医である被告いわき病院長の職務怠慢

被告野津純一の主治医である被告いわき病院長渡邊医師は以下の通りの医師としての注意義務違反と職務怠慢があった。

1) 生食でプラシーボ効果

11月22日に「生食でプラシーボ効果を試す」として、治療方法の大幅な変更を意図しておきながら、その後の被告野津純一の症状及び言動の変化や変動に、必要かつ十分又適切な対応をとらなかった。

2) インフォームドコンセントの不在

11月30日に被告野津純一を診察して薬処方の変更をしたが、被告野津純一にインフォームドコンセント(説明責任)をはたさなかった。

3) 漫然と「従前の通り」と診断

上記1)と2)の薬処方の変更に基づく、被告野津純一の症状や言動の変化に注意することなく、被告野津純一が危険信号を発しているにも関わらず、「従前の通り」と診断し続けた。

主治医である被告いわき病院長渡邊医師が異変に気がつかない間に、被告いわき病院の看護師等が「記録すべき兆候」とした異常を感じて看護記録には以下の5)、6)、8)、9)および10)の被告野津純一の状況の変化が記載されている。被告野津純一は明らかに質的に異なる信号を発していたのである。被告いわき病院長渡邊医師は医師として観察すべき患者の重要な症状や兆候を見落としていたのである。「医師として見識眼が劣り、十分な資質がない」と、自ら証言しているに等しいのである。

4) 生理食塩水の筋肉注射後の経過観察不足

12月1日から開始した生理食塩水をアキネトンと偽って筋肉注射を開始して以後における、被告野津純一の症状と言動の変化に注意を払わなかった。

5) 被告野津純一の不満を無視した

12月2日の看護記録に被告野津純一が「内服薬が変わってから調子が悪いなあ、院長先生が(薬を)整理しましょうと言って一方的に決めたんや。」という被告野津純一の不満に考慮を払わなかった。被告野津純一は「これまでと違う」と訴えているのに、被告いわき病院長は主治医であるにもかかわらずその訴えに耳を貸さず、また状況を詳細に観察もせず、被告野津純一の診察要求を無視して診察しないで「いつもと同じ」「前回と同じ」などと安易で漫然とした判断をし続けた。このため、被告野津純一には被告いわき病院長に対する信頼感が失われつつあったのである。

6) プラセボ投与と被告野津純一の反応

12月3日の看護記録では被告野津純一は「調子が悪いです。横になったらムズムズするんです。身体が動くんです。筋注(プラセボ投与)したら5分ほど効く」と明確に述べている。この「筋注したら5分ほど効く」は、「注射しても直ぐに効かなくなる」と同義であるのに、被告いわき病院長渡邊医師はこのことに気付くことがない。

なお、12月2日のプラセボ筋肉注射では被告野津純一は「ああ、めちゃくちゃよく効きました」と述べて「プラセボ効果あり」と看護記録に記載されている。これに関連するが、被告いわき病院は第2準備書面のⅠの〔被告以和貴会の主張〕の2で「刑事事件の裁判でも、担当検察官が年輩の男性から若い女性に変わってから、今までと一変して異なる返答を被告野津がしていることからも推定可能である。」と述べている。被告野津純一には「若くて、美人で、頼りがいのあるキャリアを持って働く女性」に特有の「あこがれ」といったものがあると観察されるところである。被告野津純一には若くて魅力的な女性の前では未婚の男性に共通した「相手の女性に喜んでもらいたい」といった所作が認められるのである。

更に、「ああ、めちゃくちゃよく効きました」と「筋注(プラセボ投与)したら5分ほど効く」は本質的には同じ表現である。被告野津純一は筋肉注射をしてもらった直後は、注射をしてくれた看護師に感謝してとりあえず「効果があった」と話すのである。しかし直ぐその後で「効果がない」と苦しんでいた。被告いわき病院長は12月3日の診療録に「心気的訴えも考えられるため」と記述しており、精神科の専門医師として「プラセボの効果と心気的要因」について慎重な観察をすべき状況下にあったのである。被告野津純一に心気的要因を考察している精神科専門医師である被告いわき病院長は、人間の心に対する洞察力に不足するところがあると指摘できる。

7) 12月3日の診察

12月3日には、被告野津純一を診察したことになっているが、カルテの同頁の薬処方が11月30日であり、12月3日の記述の後に12月1日及び2日の記載がある。更に11月30日付の薬処方記載が重複しているなど、不自然な点が見受けられる。被告いわき病院長がカルテに記載した内容は「退院して一人生活」をする事を前提とした記述であり、また「異常体験などの症状はいつもと同じ」と記述するなど、弁明的である。いずれにしても、被告いわき病院長は被告野津の薬処方の変更およびプラセボ試験による状況の変化を見落としている。

(なお被告いわき病院長のカルテはあまりにも汚らしい字で書き連ねてあり、正確な治療内容の判別が困難である。このため、11月30日付の薬処方について被告いわき病院は内容を詳解して法廷に証拠提出しなければならない。)

仮説であるが、主治医である被告いわき病院長が12月3日の診療録を「12月7日以降に、被告野津純一が路上で任意同行を求められた後で記載日を遡って記述していた」としたら、記述が弁明的であることと、11月30日付の薬処方が重複記載されていることの、理由を合理化することが可能である。さらに、被告いわき病院長が被告野津純一の顔面の「根性焼」を執拗に否定する理由も納得できる。そもそも、被告いわき病院長は12月3日には被告野津純一と面談した診察をしていない可能性が高いと推察できるのである。被告いわき病院は「被告いわき病院答弁書」でも12月6日と7日に「複数の看護師が野津純一を見た」という証言を記述して「根性焼は無かった」と主張している。これに対して原告は「見て、話しかけたので無ければ、近くから顔を観察したことにはならない」と指摘したところである。なお、被告いわき病院が「診療録の後からの追加記載はしていない」と固執すれば、原告はそれを覆すだけの証拠を持ち得ない。しかしながら被告野津純一逮捕の事実に接した被告いわき病院長が「12月3日に診察した」と事実をでっち上げた可能性はある。また被告いわき病院長にはそれを行うだけの理由があったのである。

12月3日の看護記録には「プラセボ効果あり」と記載されており、被告いわき病院長は少なくとも表面的には、自らの医療効果を誇れると考えて良い状況下にあったことは確かである。しかしながら、被告いわき病院長は記述の裏にある、本質的な危機が発生しつつある状況の変化に関心を払うことがなかったのである。いずれにしても、12月3日の診療録の記載は、渡邊医師が被告野津純一を面前で診察していたのであれば、医師としての観察眼の欠如を物語っている。また後日に記載したのであれば、自ら墓穴を掘る行為であったのである。被告いわき病院長は被告野津純一の退院時期に関して、虚偽の主張をしたことで、サッカーで言う「自殺点」を放ったのである。

8) 筋肉注射を疑っていた

被告野津純一は12月4日には、イライラに効果がない筋肉注射の薬を疑って「表情硬く、(アキネトンやろー)と確かめる」行動をしているが、被告いわき病院長はこれに注目することがなかった。

9) インフルエンザ症状

12月5日には37.4℃の発熱でインフルエンザ症状であった。この症状は11月30日から実施いている薬処方の変更に関連している可能性を推察して、被告野津純一の状況を自らの眼で確認する必要性があったと考えられるが、被告いわき病院長は単なる風邪症状として何も対策を取らず、また自ら診察と治療を行わなかった。また本件裁判資料でも被告いわき病院長は執拗に、「診察する必要性はなかった」と述べている。被告いわき病院長渡邊医師は医師として患者の状況を適切に判断せず、また怠慢である。

10) 事件発生2時間前の緊急信号

12月6日には被告野津純一は「先生にあえんのやけど、もう前から言ってるんやけど、喉の痛みと頭痛が続いとんや」、更に看護記録には「(いつもはしつこく要求する、被告野津純一は)両足の不随意運動はあるが屯服、点滴静脈注射(Div)の要求なし」と記載されて、普段とは異なる状況で緊急信号を発しており、看護師が診察を求めた。しかし被告いわき病院長は、被告野津純一を診察することが可能であったにもかかわらず診察を行わなかった。本件は、上記3)、4)、5)、6)および8)で指摘した被告野津純一が被告いわき病院長に対する信頼を決定的に失うに至る大きな原因であった。そして、その2時間後に被告野津純一は被告医いわき病院から外出して通り魔殺人を行ったものである。

そもそも本件裁判では「リーガルモデル」を超越した「メディカルモデル」の優位性を主張する被告いわき病院長渡邊医師は精神科専門医師として客観的にも説得力がある「医療上の必要性に基づく対処」をしていない。被告いわき病院が使う「メディカルモデル」の言葉は自己都合を優先した自己保身だけが目的の空念仏のお題目でしかないのである。

11) 警察がきたんか

12月6日の夕食時には、夕食をとらない野津純一の様子をうかがった担当者に被告野津純一は「警察がきたんか」と異常発言をしたが、被告病院ではこれに何も気付かなかった。

12) 事件後の外出許可

12月7日の朝食と昼食も被告野津純一は取らなかったが、また同日は午前中から被告病院内では警察の捜査も行われていたが、その異常性に気がつくことなく、被告野津純一に外出を許可して、被告野津純一は街頭で逮捕された。

上記で判明していることは、主治医である被告いわき病院長渡邊医師は、医師として医療上の判断を全くしていない。また被告野津純一の言動には被告いわき病院長に対する「診察を切に願う要請があったにもかかわらず、これに全く注意を払わず、適切な対応を全くとっていないのである。また患者がその為に医師に対する信頼を失うことに関しても全く配慮が無かった。その上で、被告野津純一が殺人を犯した翌日にも、警察がその日の午前中から被告いわき病院内で聞き取りなどの捜査を行っている中で、殺人者である被告野津純一を平気で外出させていた。

そもそも、殺人行為を犯した翌日に、重要参考人であることに気がつかず、外出許可を与えることは人権を擁護する行為であろうか。このような、職務怠慢を覆い隠す便利な基準や言い逃れの材料として、被告いわき病院は「任意入院患者の開放処遇」を使っているのである。また被告いわき病院は「パレンスパトリエ」と「メディカルモデル」と言うが、それに伴う医療機関としての責任感は皆無である。単に「医師の裁量で違法行為も許されるという」逃げ口上で使われる論理である。被告いわき病院の脱法意識と行為は許されてはならない。

7、日本の精神医療の国際的信用の問題

被告いわき病院長は国立香川大学病院の精神科外来医師であり、SST普及協会の役員である。SSTとはSocial Skills Training(社会生活技能訓練や生活技能訓練)であり、被告病院長はこの分野における日本の指導者の一人である。その被告いわき病院長が患者に必要とされる行動制限に関して隔離制限しか認識せず、パレンスパトリエやポリスパワーという言葉を振り回す行為は幼稚である。

また、被告野津純一が殺人事件を起こしたのは被告いわき病院が被告野津純一に社会復帰トレーニングの一環として外出許可を与えていた間である。被告いわき病院が専門の精神医療機関であるにもかかわらず、法律的に患者の行動制限に関して不充分な認識で、医療の問題としても実体は患者の日常の精神状態の変動に全く無関心であったことが被告いわき病院の責任である。被告いわき病院長は本質的に無責任な態度で精神障害者の「社会復帰の訓練という実地訓練」を行っており、日本の精神医療を指導する立場にある被告いわき病院長の社会的責任は重大である。

被告いわき病院および同病院長の態度は日本において精神障害者の人権が保障されて社会参加を促進することに障害となるものであると懸念する。日本の精神医療の健全な発展を期待するのであれば、被告いわき病院の責任は明確にされなければならないのである。臭いものに蓋をすることでは、日本の精神医療の発展は阻害されることになると思料する。これは日本の精神医療の現在及び未来に関する国際的信用に関わる重大な問題である。

以上のとおり意見陳述する。

原 告
矢野 啓司 (署名押印)


原 告
矢野 千恵 (署名押印)



上に戻る