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高松高等裁判所平成25年(ネ)第175号損害賠償請求事件
いわき病院の精神科医療の過失


平成27年3月2日
控訴人:矢野啓司・矢野千恵
inglecalder@gmail.com


3、平成17年11月23日からの精神科医療放棄


2. 経過観察の怠慢と医療拒否

渡邊朋之医師が行った医療は「精神科開放医療を誠実に行っている中の不可抗力で病院から許可による外出中の患者が殺人事件を引き起こした」と弁明できない。渡邊朋之医師が主治医として行った複数の向精神薬の突然同時中断で患者の病状が悪化していたにが、主治医として患者を経過観察せず、放置して責任放棄を行った事実が過失である。


1)、平成17年11月23日の後で11月30日しか診察した記録が無い

渡邊朋之医師は11月23日から慢性統合失調症の患者野津純一氏の処方から抗精神病薬(プロピタン)を中止して統合失調症の治療を何もせず、その上で、同時にSSRI抗うつ薬パキシルを突然中止した。これらの治療方針の変更は極めて重大な変更であり、統合失調症治療ガイドラインの上からも、パキシル添付文書の記載からも、慎重に患者を診察する経過観察の義務がある。渡邊朋之医師が自ら診察して診療録に記載した医療記録は、11月23日以降で12月7日の身柄拘束までの間に、11月30日の1日しか存在しない。(記録上は、11月30日と12月3日の記載があるが、渡邊朋之医師本人が、平成22年8月9日の人証といわき病院地裁第10準備書面及び第13準備書面(p.3、p.4)で重ねて11月30日を11月23日に、12月3日を11月30日に訂正変更した。)事件から4年8ヶ月後の人証で、「12月3日の診察記録を」わざわざ否定したところに、経過観察の重要性を認識しなかった渡邊朋之医師の意識構造が読み取れる。しかしながら、人証における渡邊朋之医師の証言は事実確認を要しない、いわき病院が発言した「事実」である。渡邊朋之医師は12月3日にも診察したと主張するが、医療記録は存在せず医師法第24条【診療録】違反の主張である。また、患者を廊下で見かけたとも主張するが、見かけたことは、医療行為ではない。いわき病院は医師法17条【非医師の異業禁止】違反、第19条【診療義務等】違反、第20条【無診察治療等の禁止】違反の主張を合わせて行った。そもそも複数の向精神薬を同時に突然中止した重大な処方変更後に、患者に問診せず慎重に経過観察しない臨床医療行為を正当化することは、社会正義に反する。


2)、プラセボ試験(ニセ薬投与)の開始と主治医の診察義務違反

渡邊朋之医師は11月22日の診療録に「ムズムズ訴えがあり、一度、生食でプラセボ効果試す(3日間試す)、本人希望時、生食、無効なら、アキネトン1A」と記載してプラセボ計画を記述した。そして11月30日に「患者、ムズムズ訴えが強い、退院し、1人で生活には注射ができないと困難である、心気的訴えも考えられるため、ムズムズ時、生食1ml、1×筋注とする、クーラー等への本人なりの異常体験(人の声、歌)等の症状はいつもと同じである」と記載して、患者がアカシジアで苦しんでいることを承知しながら、アカシジア治療薬のアキネトンを薬効がない生理食塩水に代えるプラセボテストを計画した。しかし、主治医は12月1日のプラセボ実施から3日後に診察せず、効果判定を行わず、漫然とプラセボテストを継続して、治療目的のアカシジアを徒に亢進させて、患者を苦しめた。

渡邊朋之医師は11月23日から複数の向精神薬の同時突然中止を行っており、その直後には、看護記録の上では、野津純一氏のイライラ等の症状の訴えは減少していた。しかし渡邊朋之医師は11月30日の診察で「ムズムズ訴え」そして「クーラー等への本人なりの異常体験(人の声、歌)等の症状はいつもと同じ」として幻聴があることを確認し、病状が再び悪化している兆候をとらえていた。その上で、「3日間試す」と予め計画した、プラセボ試験を12月1日からOZ看護師の判断で開始させたのである。この時点で、アカシジア症状(イライラ、ムズムズ、振戦)の再発があったことは確定的であった。それだけに、主治医が直接診察するプラセボ効果判定は重要であった。看護師の観察を主治医が盲信して好いものではない。

渡邊朋之医師は12月7日に野津純一氏が警察に身柄拘束されるまで一度も患者を問診、診察と経過観察をしておらず、プラセボ試験の効果判定を医師自ら行わなかった。プラセボ試験を行う状況は「副作用の危険性や投薬量の調整等のため、医師又は看護職員による連続的な容態の経過観察が必要である場合」(医師法17条、歯科医師方第17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について、厚生労働省医政局長通達:医政発第0726005号、平成17年7月26日)に明確に該当し、主治医には診察義務が存在する。そもそも主治医は「3日間試す」としており、重点的な観察期間を指定していた。

12月2日12:00時にMY看護師が「プラセボ効果あり」と看護記録に記載したが、これは精神科医師の診察と診断ではない(医師法第17条【非医師の医業禁止】違反)。なお、診療録には、生食1mlの筋注ではなく、看護記録とは異なる時間帯に生食20ml×1アンプルのレセプト承認をした複数の医師のサインがあるが、プラセボ効果に関する記録は存在しない。「3日間試す」とした、プラセボ試験に関する主治医の確定診断は行われなかった。また、MY看護師の「プラセボ効果」観察も1回限りであり、MY看護師が渡邊朋之医師から特別に任命されて「連続的な容態の経過観察」を行ったものではない。いわき病院長の渡邊医師がMY看護師の1回限りの報告を頼りにして、プラセボ効果に関する医療的事実と主張することは間違いである。

12月1日以降、野津純一氏は「手と足が動く」としてイライラ時を頻繁に請求し、しかもその請求頻度が増えていた。特に、12月3日と4日は「調子が悪いです。横になったらムズムズするんです」また『アキネトン打って下さい、調子が悪いんです」表情硬く「アキネトンやろー」と確かめる』と切羽詰まった状況が看護記録にある。この時期に、プラセボ効果の評価と確認を主治医は行うべきであった。主治医が、自ら行ったプラセボ試験の効果も評価しない程、患者の病状に対する関心を持たなかったところが医療放棄の実態を決定づける。そもそも渡邊朋之医師は抗精神病薬(プロピタン)とSSRI抗うつ薬パキシルを同時突然中止した処方変更を看護師に周知せず、看護上の注意事項を指示していない。このため、看護記録が適切であったとは言えないが、それにしても、12月3日以降の野津純一氏の病状の悪化は顕著であった。本件ではMY看護師に責任を転嫁することはできない、本質は経過監察しない、主治医の責任の問題である。看護師に責任転嫁するのは、許されない。


3)、平成17年12月5日の風邪症状

平成17年12月5日の朝10時の検温で、ON看護師は37.4度の風邪症状で「少ししんどいです。足と手も動くんです」という野津純一氏を「四肢の不随意運動の訴えあり、自床にて経過、他患との交流無く、時々ホールでタバコを吸っている。本人風邪との訴えあり、薬出しの要求あり。」と看護記録に記載した。この時点で野津純一氏は顔面に根性焼きを自傷していた可能性は高いが、「ホールでタバコを吸っている」状況で対応したON看護師は、野津純一氏に接近して顔面を正視した対応を行わず、ホールでタバコを吸っている患者のうちの1人として見かけ、至近距離からではなく、「本人風邪との訴え」に基づいて「風邪症状と判断した」と推定される。

12月5日の問題は「足と手も動くんです。」という野津純一氏の自己申告である。患者は「風邪症状」と「手足の振戦」を症状として訴えたので、アカシジアの再発の兆候と風邪症状を同時に訴えていた。この記録は、12月6日朝10時のYD看護師が野津純一氏の診察要請を渡邊朋之医師に伝えた時に「咽の痛みがあるが、前回と同じ症状なので様子を見る(看護師より)」とカルテに記載して、診察要請を却下した。これに対して野津純一氏は「先生にあえんのやけど、もう前から言ってるんやけど、咽の痛みと頭痛が続いとんや」と反応し、YD看護師は「両足の不随意運動あるが、頓服、点滴の要求なし。」と観察し、「不随意運動」を観察して、アカシジアの再発兆候をとらえていた。しかし、YD看護師は患者に近づいて患者の顔面を正視する観察を行っていない。野津純一氏は「看護師が正面から近づくこともためらわれるほど異様な状態」(鑑定医ではないが、診療録を見た精神科医が12月4日以降の野津純一氏の状況を表現した言葉である)であった可能性が推察できる。そしてYD看護師が伝えた緊急の診察要請を主治医は拒否した。

渡邊朋之医師は野津純一氏に抗精神病薬(プロピタン)を突然中止して、同時にSSRI抗うつ薬パキシルを突然中止していた。渡邊朋之医師は精神科医師には常識のSSRI抗うつ薬の中断症状を知らず、パキシル添付文書の記載内容も確認しておらず、離脱症状のアカシジア再発の兆候としてのインフルエンザ(風邪)様症状とアカシジアの再発の関連を考えることがなかった。このような安易な考え方で「診察拒否」を行った。主治医は風邪症状と聞いて、インフルエンザ様症状を疑い、更には、手足の振戦や頭痛という関連情報から、患者に重大な兆候が発現している可能性を考えて緊急に対処する義務があった。渡邊朋之医師の知識不足からくる弁明を許してはならない。


4)、受け持ち患者野津純一氏の度重なる診察要請に応えず、診察拒否をした

渡邊朋之医師は野津純一氏の主治医であるが、患者からの診察要請に直ちに応える対応をほとんど行わない医師である。その背景には長期入院の患者では診察点数が低くまた一週間に1回しかレセプト請求できない事情があることは確かである。しかしながら、平成17年11月23日に渡邊朋之医師は慢性統合失調症の患者に抗精神病薬を中止して治療を中断して、更にその上で、SSRI抗うつ薬パキシルを同時に突然中止していた。この様な状況で患者から診察要請がある場合には、主治医は診察応需義務がある。自らが治療方針の変更をしておいて、いつでも病状に変化が発生することが予想可能な状況で、患者の病状確認をしないことは許されない。

12月6日朝10時の診察要請で、渡邊朋之医師は外来診察中を理由にしているが、外来の列に並ばせるとか、外来診察の後で診察する意向を伝える、もしくは他の精神科医師に診察を依頼するなどの方法をとることは可能であり、複数の向精神薬を中止した後で敢えて診察拒否をする合理的な理由はない。また、渡邊朋之医師は7日の14時に野津純一氏がいわき病院から許可外出するまでの間に、野津純一氏を積極的に診察していない。渡邊朋之医師が望めば、12月6日(火)10時から7日(水)14時まで28時間の間、診察を行うことはいつでも可能であった。そもそも渡邊朋之医師には診察義務の認識が欠如している。そのような主治医の怠慢を容認することは社会正義に反する。渡邊医師の反論は診察義務を果たす意思を持たない強弁である。


5)、野津純一氏が顔面に自傷した根性焼きを発見することがなかった

野津純一氏は事件後に顔面左頬のタバコの火傷の瘢痕(根性焼き)を事件の2〜3日前から自傷したと警察の陳述書で答えた。また身柄拘束直後(7日15:35時)に撮影された写真でも、自傷したと考えられる赤い瘢痕と黒化した瘡蓋に覆われた瘢痕が確認されており、黒化した傷は数日を経過した瘢痕であることは明らかである。根性焼きは6日事件直前に野津純一氏が凶器の包丁を購入した際にショップのレジ係が目撃して警察に通報し、犯人逮捕の決め手となった。根性焼きが12月6日の午後に野津純一氏の顔面左頬に存在していたことは確定的である。

野津純一氏は12月6日(火)13時頃から7日(水)14時まで25時間、根性焼きをした顔でいわき病院内にいたことは確定的である。しかし、いわき病院は医師も看護師も誰も、患者野津純一氏の顔面にある根性焼きを確認していない。いわき病院では患者の顔面を正視しない患者看護が日常的に行われていた。状況証拠から判断すれば、野津純一氏は12月3日〜4日頃に根性焼きを自傷し始めたと推察される。精神科医療の基本は患者と治療者が顔と顔を合わせ患者の顔面を正視して、患者の精神状態の変化を観察することから始まる。いわき病院では患者観察が疎かで、看護と医療の怠慢があった。いわき病院が「純一の顔面に根性焼きはなかった」として提出した看護師の目撃証言(地裁答弁書)は信用できない。



   
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