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「いやな感じにしたかったんです」
『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』

甘い涙を流させてはくれない。
  泣いてスッキリできない分だけ、わだかまり、後をひく映画だ。

孤児院育ちで、いまだに凄惨なイジメにあっているケンタ(松田翔太)とジュン(高良健吾)から始るストーリー、泣かせる映画に仕立てるのは、難しいことではなかったろう。だが、大森立嗣監督はそうしなかった。

こんないい子たちが、これほどひどい目に、と涙を誘う代わりに、大森監督は、怒り、悲しみの出口をうまく見つけられない若者を描いた。
  仲の良いケンタとジュンの間でさえ、兄貴格のケンタはジュンに意地の悪いこともする。ブスでワキガの女の子、カヨ(安藤サクラ)に対しては、2人そろって酷いこともする。虐げられた者がさらに弱い者を攻撃する、イジメの連鎖だ。

その3人が、支えあう姿は痛ましい。カヨにケンタとジュンが両側から寄り添い、肌のぬくもりに安らぐシーンなど、母を求める幼子のように見える。若い男女であるにもかかわらず、性的な感じは薄い。そこで共感することもできる3人だが、共感をはねつけるようなのがケンタの兄(宮﨑将)だ。

傷害で服役中の兄は、その前に少女誘拐事件を起こしている。ベルリン国際映画祭で上映された際に、「別の犯罪でもよかったのでは?」と観客から質問があった。
  質問したくなる気持ちもよくわかる。主人公の側にいるはずの兄への共感をそいでしまうような犯罪だ。大森監督の答えが「いやな感じの犯罪ですよね。いやな感じにしたかったんです」

"いやな感じ"が、損なわれた人としての兄の印象を深くしている。
  気持ちの行き場のない主人公達同様に、観ている方もカタルシスを味わえないまま終わることで、片付かない気持ちとともに、様々なシーンが心に残る。
  エンディングの「私たちの望むものは」は、フォークの神様と呼ばれた岡林信康の70年代の歌。最後に反転する不条理な歌詞は、この映画のために作られたと思えるほどピッタリだ。

『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』6月12日公開 ■ ■ ■

孤児院で育ったケンタ(松田)とジュン(高良)は、職場でも先輩(新井)からひどいイジメを受けている。その先輩の車を叩き壊した2人は、ナンパしたカヨ(安藤)も含めて、網走の刑務所にいるケンタの兄(宮﨑)に会いに行く。
  逃避行の末にたどり着いた網走、やっと面会できた兄だったが…。

 監督 大森立嗣
 出演 松田翔太、高良健吾、安藤サクラ、宮﨑将、新井浩文 ほか

2010.6.11 掲載

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