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ヘルツォークのリンチ風味『My Son, My Son, What Have Ye Done(原題)』

マーク・ヤボウスキの事件を基に、ドイツの鬼才ヴェルナー・ヘルツォークが監督し、アメリカの鬼才デヴィッド・リンチがプロデュースした映画。

事件は、1979年にアメリカのサンディエゴで、マーク・ヤボウスキが母親をアンティックの長剣で刺殺したもの。
  当時34歳のマークは、高校時代はバスケットの花形選手で、大学ではスポーツと学問の両方で期待された学生だった。演劇でも活躍、「オレステス」の主役だったものを、上演の2週間前に精神的に不安定になり大学を去ったと報じられている。オレステスは、息子が亡き父のために母を殺すギリシャ悲劇だ。マーク自身も、父を知らないまま亡くしている。文学的な才能も認められていた学生で、父についての詩も多く書いていた。

いかにもヘルツォークの題材になりそうな事件だ。『フィッツカラルド』、『グリズリーマン』など、ヘルツォークには、何かにとりつかれた男、怒れる男をメインにした優れた作品が多い。
  だが、映画は実際の事件を追ってはいない。事件にインスパイアされているが、70%くらいは創作だという。

その言葉通り、事件そのものは血なまぐさいものだが、スプラッター映画ではない。
  庭先のフラミンゴ、何かの印のように木に吊るされたバスケット・ボールなど、日常の風景を奇妙に見せる画面には、『ツイン・ピークス』、『ブルーべルベット』などでも御馴染みのリンチ色が強く出ている。
  奇妙と言えば、ストップ・モーションのシーン。フィルムを止めるのではなく、文字通り、俳優が動きを止める。ちょっと手先が揺れてしまったりしながら、俳優が動きを止めるシーンは、世界を奇妙に認識し始めた主人公の心象風景のようだ。

主演を務めるのはマイケル・シャノン。
  ヘルツォークの名作のいくつかで主演した、今は亡きクラウス・キンスキーは迫力ある面構えで怪優とも呼ばれた人だが、この映画でのシャノンにも、それを彷彿とさせるものがある。キンスキーとは違って、2枚目に分類してもよさそうなシャノンだが、凄みのある顔を見せている。

その主人公に寄り添いながら、途中ではぐれてしまう婚約者を演じるのが、クロエ・セヴィニー。
  恋人だったハーモニー・コリンの作品でデビューして、コリンともども当時のサブカルチャーの先端にいたような人だが、出演作ごとに、今もいい位置についていると思わせてくれる。

ちなみに、この映画がお披露目された2009年のベネチア映画祭開幕中に、9月5日生まれのヘルツォーク監督は、67回目のお誕生日を迎えた。まだまだ撮り続けてほしい監督の1人だ。

『My Son, My Son, What Have Ye Done(原題)』 ■ ■ ■

殺人事件が起こったとの知らせに現場に急行する警部(デフォー)。現場の家にはコーヒーカップを手にした男(シャノン)が見える。人質をとり武器を持っているらしい男。男の婚約者(セヴィニー)が呼ばれ、明かされていく男のここまでの軌跡は…。

 監督 ヴェルナー・ヘルツォーク
 出演 マイケル・シャノン、ウィレム・デフォー、クロエ・セヴィニー ほか

※6月11日から計6回の上映スケジュールはこちらを参照。

2011.6.10 掲載

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