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パートナーを失うということ『愛、アムール』

誰もが、いつかは向き合わなくてはいけない老い、介護。映画にも、ゴールデングローブ賞ほか様々な賞をさらった『アウェイ・フロム・ハー君を想う』など、それをテーマにした秀作が多い。

が、この『愛、アムール』を見て、まず思い浮かんだのは、そういう映画の数々ではなく、江藤淳氏のこと。氏は、一卵性夫婦と呼ばれるほど深く結ばれていたという奥様を亡くした7ヵ月後に、自ら命を絶った。この映画から受けたショックは、そのニュースから受けたショックに近い。

といっても、『愛、アムール』で描かれるのは、妻を亡くした夫ではなく、体の自由を失い、言葉を失い、しだいにできることが少なくなっていく妻を介護する夫。その夫が下す決断がショッキングなのだ。法に照らしても、モラルからいっても、論議を呼ぶだろう。

冒頭で、妻がまだ元気だった頃、ともに80代のこの夫妻が2人で築き上げてきた暮らしが描かれる。歳をとるにつれ、社会と関わる部分は減って、お互いを支えあう部分が大きくなっているのであろう夫妻だ。

妻を亡くすのは、その支えを無くしてしまうことだし、妻を介護するのは、自分の支えを無くした状態で、大きな支えを与えるということ。失った支えがどれほどの大きさだったのか、代わりとなるものがあるのかは、その夫婦によって、まるで違うはず。他人にはうかがい知れない。この映画の夫がとる行動は、最後まで妻を愛し、妻の願いをかなえようとするものであることには違いない。

こう書くと、何だか怖い映画のようだが、受ける印象は違っている。ニュースのように起こったことだけを書くなら悲惨な事件となるのであろうこの物語に、ハネケ監督はAmour(愛)というタイトルをつけた。エンディングのシーンが、そのタイトルをより一層納得させてくれる。

妻役のエマニュエル・リヴァは、史上最高齢となる85歳で米アカデミー賞・主演女優賞にノミネートされた。そちらは惜しくも逃したが、英アカデミー賞の方で主演女優賞獲得。ほとんど夫婦2人の物語でリヴァとともに出ずっぱりだった、夫役のジャン=ルイ・トランティニャンも名演。フランスのアカデミー賞にあたるセザール賞では、主演女優賞、主演男優賞に加え、監督賞、作品賞、脚本賞と主だった賞を総なめした。

『愛、アムール』3月9日公開 ■ ■ ■

パリで暮らす80代の音楽教師夫婦。ある朝、いつものように朝食のテーブルを整える妻(リヴァ)に空白の時間が訪れる。突然、無反応となった妻にとまどう夫(トランティニャン)。だが、妻はすぐ普段と変わらない様子に戻り、何事もなく行動し始める。
  その小さな発作が、これまでの暮らしに2度と戻れなくなる発端とは、2人には知る由もなかった…

 監督 ミヒャエル・ハネケ
 出演 ジャン=ルイ・トランティニャン、エマニュエル・リヴァ、イザベル・ユペール ほか

2013.3.8 掲載

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