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Vol.26 - 5月、懲りることなく涙の出そうな新宿にて空を見上げる


フリースタイルライフ 僕はフリースタイルライフというWEBマガジンを一銭の金にもならんというのに、おっそろしいくらい真剣な顔をしてやっている。(※サイト内コーナー自由型の人生100でロゼッタストーン弘中さんのインタビュー記事もあるので是非見てみてください。)
その中でこの間、須田信太郎さんという漫画家にお会いした。
このお方は10何年も前に“江戸川ハートブレイカーズ”という素晴らしい漫画を世に送り出した人で、知っている人は知っている稀有な方。
ちょうど僕が書いている“この全ての孤独な〜”の舞台になっている時代に、まさにこの本は一種僕のバイブルであり、幾夜、この本に僕は救われたか。。。残念ながらこの本はもう絶版でとても手に入れづらいんだけど、この本についてのインタビューをフリースタイルライフに掲載しています。興味のある方は是非どうぞ。http://www.freestyle-life.net/
それにしても人間、長く生きているといいことあるなと最近になってようやく思う。今僕は35だけど、20代の頃はほんとろくなもんじゃなかった。
でも色々な人に会ううちにこういうことも分かってくる。
20代の頃、苦労するのは人間にとって必要な試練なのかもしれない。この試練を通らなかった人間はろくなもんにならないようにすら思える。様々な素晴らしい人々と会ってきたけれどだいたい皆、20代の頃に大変な目にあってる。そう思うと何か腑に落ちたり落ちなかったり(笑)、とにかくどんなに苦しくても20代が抜けるまで耐えたほうがいいことがあるかも知れない。そんなことをもし昔の自分に会うことが出来たのなら僕は伝えておきたい。と酒を片手にほけーと夢想する日々。


* * *


image 新宿歌舞伎町のデートクラブを脱兎のごとく抜け出し、ばっくれたことに対しての報復を恐れながら暗いアパートの一室で過ごす時間ほど不快なものはない。
唯一のトランキライザーは安く不自然な味のする日本酒。それを不安になるたびにあおり、一瞬の安堵を得る。しかし、そうもこうも、そんなことを続けるうちにいつも通りの顛末。
酒を買う金すらなくなる。
そして僕は新たな職を求め、コンビニで求人誌を手に入れる。
懲りない。僕はまったく懲りない。
まだまだひたすら、何か普通っぽくないかっこよさそうな職業しか探さない。
そんな僕が次に白羽の矢をたてた求人広告。
“映像制作会社スタッフ募集 〜当社は大人向けの映像制作会社です。〜”
もうこの“大人向け”というコピーで何をかいわんや。
電話をし、面接へと。


面接場所は新宿の歌舞伎町のもうちょっと奥のほうのマンションの一室。
そこがその会社の事務所だった。
マンションの入り口に立ち、まずは目をむく。
玄関のフロントガラスがグシャグシャに割られている。
事故じゃない。どう見ても人が故意にやったように見える。
何か大人数が暴れたんじゃないかというような感じに見える。もの凄く陰惨でリアルな暴力の匂いがする。でもその答えを誰に聞くわけにもいかず、なんだここは??という顔をして中に入りエレベーターにのり会社を目指す。
後で知ったんだけど、このマンションはいわゆる、いわくつきの人間ばかりが入居するようなえぐいマンションで(※新宿にはそういう場所がある。)、サラ金、ホストクラブの寮、風俗嬢、謎の外国人、ヤクザといった、もしかしたら“殺し屋イチ”という漫画のモデルになったのではないかしらん?というくらい恐ろしい場所。そしてそんなマンションに僕が面接を受けようとする会社があった。ああ。。。

会社につくと、(会社につくと言ってもマンションの一室に辿り着くと)緊張した僕とは裏腹に意外に明るく受け入れられ、事務所の中ところ狭しと並べられるアダルトビデオには今さら驚かなかった。
“うちはご覧のとおりアダルトビデオの制作会社だけど、大丈夫?”
社長のAさんが意外なほど愛嬌のある顔で僕に聞く。
僕は即答する。“はい、何も問題ありません。”
とにかく僕は金が欲しかった。金を手に入れられるなら正直何でも良かった。
社長が僕に聞いた、“趣味は何?”その言葉に僕は何も疑問を持たず“酒です。”と答え、その非常識な答えが凄く気にいったみたいで僕は即日採用となった。月給20万円。各種保険無し。労働契約なし。

会社には社長と先輩二人がいた。
一人はTさんと言って僕のひとつ上だったかな。面白い人で凄く頭の良い人だったのを覚えてる。しかも社会性といおうか何というか将来のビジョンが僕よりずっとしっかりしていて、僕は自分のことをひどく幼稚に思えたりした。
もう一人の先輩はSさん。もともとサラリーマンだったらしいけど、ある日唐突に朝通勤するのが嫌になり、何もかも投げ出してしばらく新宿で夜遊びし続け、結果この会社に入ってきたって言っていた。

会社に入っての最初の仕事はビデオのダビング。ビデオデッキだけが50台くらいある部屋があってそこで朝から晩までマスターテープを商品用にダビングする。
その際にちゃんとダビングされているか確認するために、エロビデオの映像と音を流しっぱなしにしてチェックしながら作業するんだけど、これは本当にきつかった。。
正直、頭がおかしくなりそうになった。エロなんていうものはたまに見るからいいんであって、自分の生活全てがエロになるとやっぱり人間はどこかおかしくなるんじゃないかと思う。
その時はタバコを吸っていて、そんな狂ってしまいそうな自分のことをタバコ1日3箱くらい吸って麻痺させていた。毎日ニコチンの摂取しすぎで反吐を吐いていた。家に帰っても耳鳴りのように女のあえぎ声が聞こえてきて、その声をかきけすために強いウィスキーを喉に流し込んでた。それで次の日は毎朝酒が残って頭痛になってた。だから結局いつでも反吐を吐いていた。

仕事も見事に朝から晩までだった。10時からいから夜12時くらいまで。みんな普通にそうやって働いているから何も文句を言えなかった。夜の8時くらいになると新宿歌舞伎町では有名なデリバリー弁当に電話してチーズカツ丼みたいなやつを食う。食いながら、こんなもんよりビール飲みてえなといつも思ってた。晩飯も楽しんで食えないなんて生きてる意味あるのか?とか自分に問いかけて憎しみの感情をそのカツ丼にぶつけていた。

たまに事務所に手伝いに来る女の子がいたんだけど、その子が何となく花が咲いたようで救われていたのを憶えている。商品の梱包とか、配送の宛名書きとかをやっていたのかな。僕は少し話す機会があったんだけど凄く優しい子で、僕に対して気も使ってくれて、なんか殺伐とした職場で救われた気がしてた。
その子は凄い社長と親しくて、どんな関係なのかとずっと思ってたんだけど、答えはすぐわかった。仕事中に事務所の在庫棚で発見した彼女が被写体になっているビデオ作品のパッケージ。パッケージの中であられもない肢体をさらす彼女の笑顔。苦悶の表情。僕は凄く複雑な気持ちになった。
でも確かにその子はいい子だった。でも、それ以来、その子を見るのがどうにも気恥ずかしかった。とてもとても気恥ずかしかった。

image ナンパものの撮影で街に出ることもあった。ナンパものというのはその名のとおり町へ出て、素人の女の人をナンパし金銭交渉をしてAVに出演してもらう。でも、これはほとんどが仕込みであらかじめ女優さんもセッティングしてあり、シナリオ通りに撮影する。でも、一応、ナンパして断られている絵も欲しいということで、実際に男優がガチンコでナンパもする。僕はレフ板もちとか雑用で現場にいるんだけど、驚くことにたまにそのナンパに簡単に乗る女がいたりした。そういう場合はそのままビルの陰とかで撮影しながらやっちゃう。目の前に広がるその光景に僕は一瞬、これは現実なのか?という気分にすらなった。でも、そういう女の人が特別なのかというと僕にはとてもそう見えなかった。皆、その辺に普通に歩いている女の人だった。それは実はとてもショックに感じたのを覚えている。その時はあくまでクールなふりをしていたんだけれど。

有名な男優とかにも色々会った。女優は星の数ほどいるけど(そんなにはいないか(笑))男優は凄く数が少なくて、レンタルビデオ屋とかでパッケージを見ながら、あ、○○さんだ。頑張ってるな〜と思ったりするのが実は今でも楽しい。
男優はほとんどがとてもいい人だったのを覚えてる。一人だけものすごく嫌なやつがいたけど、その人はまだまだ現役でやっているみたいだ。たまに見る。
しかし男優の仕事は過酷だ。見ているこっちが哀れになるくらい過酷だ。その過酷さはちょっとここでは形容できない。おちんちんマシーンとしてこの世に存在することに、女の人以上にもの凄いブルースが流れているようにその時の僕には思えた。

カメラで撮影されたパッケージ用の写真の現像の出し入れとかも僕の仕事だった。新宿にプロ用の写真ラボがあるんだけど、ここには常に3人くらいの若い女の人が窓口でいる。そこに僕はフィルムを持ち込むんだけど、そこに写っているのは完全無修正120%の強烈な写真のオンパレード。まさにTHE 裏本。そんな写真を出しては入れ出しては入れ、窓口の女たちは暗黙の了解でその写真を揃えてくれる。(※本当はダメなんだろうけど、そのプロ用のラボではそんなこと言ってられないみたいだった。)
彼女たちは写真の質を見なくちゃいけないから納品前に専用のライトアップされたガラステーブルでチェックとかするんだけど、その写真はTHE 裏本。はっきり言って洒落にならない写真。しかしそんな写真に対しても眉1つ動かさずに業務を遂行していた彼女たちの心情やいかに。ただ冷めた目で僕のことを見ていたことをぼんやりと覚えている。

そんなこんなのアダルトライフな日々。
僕はやればやるほど、嫌になった。
毎日、毎日、どんどん、どんどん、嫌になった。
とてもじゃないがこの仕事をやるために生まれてきたと思いたくなかった。
一生懸命やっている先輩には申し訳ないけど、思いたくなかった。
そしてこんな自分で母さんごめん、とか思ってた。
だから暇さえあれば空を見上げてた。
下を向くと涙が出てしまいそうだったから、上だけを見てた。

そして最初の給料をもらった翌日。
計画どおり僕は新宿から消えた。




つづく

2007.10.19 掲載

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