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第1回 喜納 昌吉 −平和伝道師 沖縄音楽を語る−


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「政治的抑圧が沖縄の音楽を深めた」(喜納昌吉さん)

参議院議員に当選してから約半年、政治ではなく沖縄の音楽を語るため、喜納昌吉さんはプレスクラブをこのほど再訪した。ところがトレードマークの法服のような黒いシャツと長いペンダント姿で演壇に座った喜納さんは、もともと沖縄の平和伝道師として政治家になった。このチャンスに沖縄の音楽を育てたのは「政治的抑圧」だと、三線演奏を加えての大サービスで沖縄差別を外国記者にアピールした。

沖縄音楽のルーツ

沖縄の音楽のルーツは琉球王朝以前に遡り、エスニック時代にあると喜納さんは主張する。その時代には人々が自然に生き、太陽や雲、花々、生きとし生ける全てのものと話せた、という。琉球王朝時代に入ると中国、韓国、東南アジア諸国、インド、日本とも交易が盛んになり、それぞれの土地の音楽、楽器、踊りなどを持ち帰り沖縄音楽に加えていった。

沖縄島内の争いは他国の内戦と較べると穏やかなもので、人々は争いの中でも「ハッピネス」を求めて音楽を奏でた。当初、バンドは三味線、笛、太鼓の三点が基本で交易を重ねる中でカスタネット(四竹)と胡弓が加わったという。

楽器は異性を抱くように

ところが、モンゴルの侵攻をくいとめた琉球も薩摩と(第二次世界大戦による)米国の侵攻は防げなかった。喜納説によると、両者から沖縄人に加えられた政治的抑圧が人々に内にこもらせ、人間の心に深くくいいる音楽を創らせたという。「沖縄の楽器は一音に加える力が西洋楽器より強い。西洋音楽では楽器が存在して、人々の声がそれにのるようだが、沖縄では人間の声に楽器をチューニングさせる」。「そこで楽器を演奏する時は男性は女性を抱くように、女性は男性を抱くように扱う」と演壇で喜納さんは優しく楽器を抱擁する姿を演じて見せた。

ブラック・リスト

近年になって沖縄のアーティストが日米で活躍しているのは、米軍がもたらしたジャズの土着化による影響よりも(日本政府に対する)政治的反発が潜在的エネルギーになっているからだ、と力説する。島外に出ようとしても沖縄から本土へは本土から沖縄よりも航空賃が高く設定されている。島に閉じ込められ、基地経済の恩恵で動物のように餌だけもらっていればよい、というのが政府の態度。航空券が東京—那覇なら1万5千円で三泊付のツアーがあるのに、沖縄から東京に来るのは航空券だけで8万円、宿泊、食事代を込めると十万円になる旅行格差が今もって続行されている、「沖縄は独立すればよい」と満場のプレスの前で怒りの宣言。

「私の前座が有名になりテレビにもでているが、こういう話をするので私にはNHKからもお声がかからない。(テレビに出してはいけないタレントとして)電通のブラック・リストに載っている。これが参議院議員に立候補を決めた理由です。」と怒った次には満場の笑いを誘った。

フィナーレは全員ハッピー

尖閣諸島領有についての台湾の記者への答えも喜納流は単純明瞭。「沖縄人は(日本の島というよりも)沖縄のものと思っている。」 但し、将来的にはアジア国連を沖縄に設置し、そこで議論する。その議論時に台湾、チベット、朝鮮、パレスチナも独立させ、尖閣諸島の石油資源はその資金に使う、という快(怪)構想に話が脱線する。「民主党岡田代表は沖縄独立には反対で、党員である喜納さんもそれに従うべきといっているが」というドイツ記者の指摘には「岡田さんは原理主義者タリバンで頭が固い!」と一言で切り捨て。

「沖縄人は平和を求める、というが素手で敵を殺傷できる空手が盛んなのは?」米国メディア女性記者の質問に対する喜納さんの解釈もユニークなもの。「空手の極意は相手の戦意を打ち砕く踊りであり相手の肉体を傷つけるのは中途半端な空手」。

ホリエモン氏の例に見るように、特派員クラブでの講演は外国記者相手だということで、講演者の気分が高揚して、日本人記者クラブでの会見より多弁雄弁になるようだ。天衣無縫の喜納昌吉講演のフィナーレはご本人の三線伴奏で「花」の独唱と会場有志による沖縄即興舞踊のカチャ−シーでお開きとなった。

喜納さんの怪気炎にあたり気味のプレスもそれぞれ最後にはハッピーな気分になり、会場を後にしたようだった。

小が大をくい、与党と野党が一夜にして交代するなど価値判断の基準が転換する時代。電通さんもそろそろ天性のエンターテイナーである参議院議員を売り出すことを考えた方がよいのでは?

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