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第42回 「蟹工船」試写会と監督SABU講演会

プレスクラブの記者会見は報道委員会が内外の政治家や実業家を招待するものと一般的に思われているが、図書委員会による出版記念講演会と共に映画委員会による試写会と監督への質疑応答も会員やゲストに好評だ。

5月28日、SABU監督が「蟹工船」の試写会とトークのために招かれた。

監督は「弾丸ランナー」(1996年)で脚本・監督デヴューし、「MONDAY」(1999年)でベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞受賞。以来、国内海外で高い評価を受けている。


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労働者のリーダー新庄(松田龍平)と
苛酷な現場監督(西島秀俊)
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労働者が眠るのは背後の筒状のカプセル

映画「蟹工船」

カムチャッカ沖の蟹工船。船底の蟹缶詰工場では、汗と油にまみれた痩せこけた男たちが巨大な歯車を手動で回している。ベルトコンベアに流れるピンクの蟹肉と金色に輝く蟹缶の美しさと対照的だ。

男達のシャツの胸には囚人のように番号がすりこまれている。病で倒れる男には監督の杖が容赦なく襲う。

遭難からロシア船に救助され、そこで働く労働者の歓びを見た新庄は、蟹工船に戻り労働条件改革のリーダーとして立ち上がるが、その労働運動は日本国海軍によって無残にも鎮圧される。

「代表は要らない。一人一人が自分たちの代表だ」
労働者たちはもう一度あきらめずに立ち上がる。

深刻な場面に突如としてトボケタ労働者の夢が挿入されたり、集団自殺の企ては見事にズッコケルなど観客の爆笑をさそう。


80年目の再燃ベストセラー

今から80年前に発表された小林多喜二の原作「蟹工船」は、発禁処分されながらもプロレタリア文学の最傑作として当時の知識階層や学生たちの間で密かに回し読みされた。

しかし、日本文学史上に記録されているだけで、近年はほとんど手に取る人はなかった。

ところが、派遣切り、フリーターの悲惨な状態が時代を超えてこの作品への共感を呼び、復刻版はベストセラーとなり、漫画化、ついに映画にまでなったのだ。


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SABU監督(中央)と
司会のカレン・セバーンズさん(右)・通訳(左)

SABU監督

この映画の脚本も手がけたSABU監督のトークは驚くほど率直だった。

そもそも撮ることを決めたのは、社会的に注目を集めていた原作の著作権が切れているのを知ったプロデューサーの(経営的)判断だったという。
  「よそに取られないうちに」と急かされたのがきっかけで、原作を読み「よし、もう一度だ、自分たちが変わらなければなにもかわらない」という言葉に感動したのが脚本化の原点になったという。

脚本に6ヶ月、撮影に3週間の短期決戦で、労働服も万人に受け入れられるよう照明に美しく映えるようにと映像的に美しく処理した。しかし、同時に支配されている側の人間であることを示すため、服には番号が刷り込まれている。

予算の都合で海には行けないので、苛酷な労働も(海上での漁労は撮影できず)苛酷な労働は船内の缶詰工場に限った。

労働者が汗を流して動かしている工場の大きな歯車は、会社(という組織)の歯車であり、労働のネガティブなイマージとして存在させた。実際には何を動かしているのか監督にもわからない、というとぼけた説明。(筆者は蟹缶の蓋でも閉めているのかと観察していた。)


質疑応答

スウェーデンのカメラマン:労働者のリーダーがロシア人漁夫と家族の働き方に同調するなどロシアのプロパガンダではないのか?

SABU監督:映画は面白くなければならない。原作通りに撮ると「あの頃は悲惨だった」で終わってしまう。日本の財政危機は、政府上層部の(解決すべき)問題。

英国「エコノミスト誌」記者:時代背景がわかり難い。悲劇なのにコメディーの場面が多すぎる。

SABU:大勢の観客に自分の問題として考えてもらえるよう、わざと背景を曖昧にしてある。労働者の雨具も照明に反射し光るよう映像的にファッショナブルにしている。

「エコノミスト」記者:エンディングにエレキ・ギターでロックを入れて、真面目な作品の雰囲気をすっかり変えてしまっている。マンガの影響か?

SABU:(音楽の選定は)自分の趣味の問題。海外のアーティストは「ロックを入れろ」とサジェストした。

話題作ということで、会場にはゲストで入場した若い数人の学生たちからもテーマについて熱心な質問があった。

「蟹工船のテーマは各人が自分自身の意見を持ち行動すること。派遣が苦しいといいながら、投票率は伸びていない。政治家を変えることが一番早いのに、危機感を持って投票に行く若者がいないからだ」
  SABU監督は穏やかな語り口ながら、若者たちを厳しく批判した。

「蟹工船」は既に英語の字幕入り版があり、SABU監督は今回の試写会会見のタフな質問を参考にして、海外の国際映画祭に出品参加するそうだ。

なお、国内では「蟹工船」は7月4日よりシネマライズで公開される。

2009.6.2 掲載



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