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第76回 “Strong in the Rain”「雨にも負けず」

フリーランス・ライターでNHK英語放送のエディターも務める特派員協会理事、ルーシー・バーミンガムさんと英国インデペンデント紙特派員デヴィッド・マクニールさんは、3・11東日本大震災のノン・フィクションを遂に完成、先週この協会で出版記念夕食会を開いた。

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3・11地震時の所在アンケートを挙手で取るルーシーさん(中央)、
デヴィッドさん(左)、司会の堀田佳男さん(右)

ちなみにタイトルの“Strong in the Rain”は宮沢賢治の名作「雨にも負けず、風にも負けず」の最初の一行からきている。
  「この詩が本当に3・11の東北人の気質を示していることが今回切実に感じられた」とルーシーさんは強調。

文芸エージェントが震災直後ルーシーさんに6か月以内にノンフィクションを書くよう依頼してきた時は、震災の規模の大きさと、常々記事や写真は発表していたが著書を執筆した経験がないため、チョット躊躇したという。しかしジャーナリストとして引き下がれないと考え直し、特派員協会の同僚記者で元理事でもあるデービッドさんと組むことを決めたという。

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「宮沢賢治の詩に想いをこめた」
ル—シ—・バーミンガムさん
「最初に福島に入った時、同行の妻は
妊娠中だった」デヴィッド・マクニ—ルさん

一方、デヴィッドさんも妊娠中のパートナーと福島に入りスクープ仕放題の取材を重ねたが、いずれも紙面が限られ問題を深く掘り下げられないのが不満だったため、ルーシーさんの企画にのった。例えば、「南相馬市長のサクライさんは家族や自分のことは差し置き、公務を優先した。彼の言葉を伝えたくても雑誌や新聞ではほんの数行しか書けない」。


あえて6名の被災者を選んだ

執筆の方法として、対象が巨大で問題が輻輳しているため、あえて二人で6名の被災者名を選び、彼らのリアルな生活と現状から災害の全体像を示す方法を選んだ。

対象となった6人は男性5人に女性一人。現在も原発で働いているため仮名でインタビューに応じたワタナベカイさんは「神風精神」で原発に事故後も戻ったが、身体の放射能汚染がひどいため、将来ともに結婚は諦めているという。東北人、中でも漁師は無口で何度も接触してきたデヴィッドさんとは話したが、他の外国メディア、BBCなどに紹介されるのは断固拒否した。

「放射能汚染のため、自分はもう結婚すべきでない」
モザイクを条件に語る原発労働者ワタナベさん(仮名)
破壊された玄関は大震災の象徴か?
(ボタンをクリックすると写真が切り替わります)

ルーシーさんのインタビューした唯一人の女性、陸前高田市のウワベセツコさんは10人以上の子供たちを助けたが、彼女の夫は行方不明のまま一人で取り残された。後日、仙台から息子が妻と2人の子供を連れて戻り同居を始めたのが救い、という。他3人の生活と意見、将来の見通し、著者二人の3・11を巡るエピソード。プレスクラブ会員たちの3・11のリアルタイムでの動きが詳細に記録されている。


一斉退去した日本のメディアを批判

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ルーシーさん、デヴィッドさん出版おめでとう
(中央は筆者)

特派員協会ジャーナリストの内輪の出版記念会の色が濃かったため、原発事故取材の日本メディアに対する批判にもデヴィッドさんは歯に衣を着せなかった。
「そこに取材対象があるのに警官が立ち入り禁止していると聞けば全紙、全テレビ局が一斉に退去する。自分とパートナーが車を進めても警官たちは『危ないですよ』というだけで、力で排除することはないのに」

“Strong in the Rain”は原発関係のノン・フィクションとしては専門用語も平易に直し英文も読みやすい。一般書店にはまだ出回っていないが、プレスクラブのフロント・デスクで購入できる。(226ページ。3000円/税込)


2013.1.31 掲載


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