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第75回 暗闇の恐怖

僕は狭いところと暗いところが苦手です。軽い閉所恐怖症と暗所恐怖症というところでしょうか。狭くて真っ暗なところにいると、手に汗を掻き、心臓がドクドクと鳴り始め、頭の中が軽いパニックを起こし始めます。
  まず飛行機がダメ。次に小さな芝居小屋もダメ(なぜか映画館だけは大丈夫)。MRIなんかもってのほかです。

ですから、夜寝るときも部屋を真っ暗にはできません。カーテンを少しだけ開けて、外灯の光を少しだけ部屋に入れるようにしています。そうしないと落ち着いて寝られないのです。

地方で映画やテレビのロケなんかあると、たまにですが他の俳優さんと同室になることがあります。
  俳優さんの中には、部屋を真っ暗にしないと寝られない方がわりとたくさんいらっしゃいます。
 「俺、寝るときは真っ暗じゃないと落ちつかないんだよなぁ・・・」
  そんな声をよく聞きます。
  なぜ多いかというと、それは俳優という仕事がら寝る時間が不規則なため、昼間でも真っ暗にすれば眠ることが出来るように、普段から身体を慣らしている方が多いからです。

僕が20代後半の頃のあるテレビのロケのことでした。
  場所は長崎市外にポツンとある地上5階建てくらいの小さな古いホテル。年輩の身体の大きなベテラン俳優さんと同室になりました。 そのベテラン俳優さんというのは、僕が俳優の世界に入る前から脇役として有名な方で、僕自身その俳優さんの演技が好きでした。

その日の撮影も終わり、ベテラン俳優さんと二人、部屋で眠りにつくことになりました。
 「電気消してもいいかなぁ・・・、俺、意外に神経質なの・・・」
  暗闇が苦手な僕は、んんんんんんんん!!!!っと思いましたが、相手はベテラン俳優さんです。「イヤです」とも言えずに電気を消すことになりました。

ここからが大変です。
  まったく落ちつかないし、眠れない。寝返りを打ちたいのだけれど、神経質なベテラン俳優さんに気を遣ってしまい、それもできない。ただ布団の中でジッとしているしかないのです。案の定、手のひらが汗ばんできました。次に動悸。頭の中では、よからぬ思いが渦を巻き始めます。

こういう軽いパニック症状になると、頭の中は妄想が踊り始めます。
  まずやってきたのは、ベテラン俳優さんが実はゲイで、今夜僕を襲うとしている、という妄想。もちろんベテランさんはゲイではありません(・・・たぶん)。でも、そう思ってしまうと、暗闇という状況の中では真実になってしまうのです。

・・・・僕は、犯されてしまう・・・それも身体の大きな年輩の俳優に・・・
  怖い。怖くてたまらない。

その次にやってきたのは、始めからベテラン俳優さんの餌にするために僕をキャスティングしたのではないかという妄想。悲しい。悲しくてたまらない。動悸がさっきより激しくなってきます。
  ドクドクドクドクドクドク・・・・・・・・・
もう、どうしようもありません。

たしか、2階にロビーがあったはず、そこで、明け方まで時間をつぶそう。
  僕は先輩を起こさないように、ドキドキしながらも音を立てずに、床に這いつくばって匍匐前進です。
  ドアを開けて閉めるときも慎重です。ベテランさんの寝息を殺さないようにゆっくりゆっくり。やっとの思いで僕は脱出。

ところが! 廊下が真っ暗なのです!! いや、今になって冷静に考えれば、一つくらいは小さな電球が点いていたのかもしれません。でも、そのときは冷静ではないのです。

暗闇から抜け出したと思ったら、また暗闇!
  でも、ここまで来て部屋に戻るのだけは絶対にイヤです。エレベーターホールまで全力疾走しました。廊下がとても長く感じます。

トリノ五輪の岡崎朋美もきっと最後の10メートルはとても長く感じたはず。
  息せき切ってエレベーターのボタンに飛びつきます。エレベーターが上がってくるのが、ものすごく遅い!加えてここのエレベーターはとてつもなく古い。
  僕が遅く感じているのか、実際に遅いのか。たぶん両方でしょう。
  1,2,3,4,5,6,・・・・・・・・なぜか、心の中で勘定をし始めます。50くらいまで数えた頃、やっとエレベーターが到着しました。ああ、光がある。蛍光灯の光が荒川静香の金メダルのように輝いて見えました。

急いで乗り込み、2階を押しました。
  あまり憶えてはいませんが、たしか僕らの部屋があったのは4階か5階。2階まで行くのに、そんなに時間がかかるわけがありません。なのに、そのときの長いことといったらありません。下がるスピードが緩いのです。まるで村主章枝のドーナツスピンのように緩い。それでも中が明るいせいか、動悸も多少は落ち着いてきたようです。

ドウドウドウドウ・・・・・・・・・・・
  気を鎮めていると、あることに気がつきました。ここはエレベーターの中。エレベーターが途中で止まってしまったら、僕は閉じこめられてしまうかもしれない・・・・・・・・・   再び動悸が加速を始めます。
  ドンドンドンドンドン・・・・・・・・・・
  原田雅彦のジャンプの緊張に匹敵するくらいの緊張感が襲ってきます。

ああ、もうだめだ!! と思ったところで、チン、とエレベーターが音を立てました。どうやら2階に到着したようです。
  ゆっくりとドアが開きます。だけど・・・そこにあったのは・・・またもや暗闇・・・・・・・

ギャーーーーーーーーーーーーー!!!!
  思わず大声で叫んでいました。

どうやら、田舎の小さなホテルでは一晩中ロビーを開放することはなく、宿泊者が帰ってきた段階で、ロビーも消灯にするようです。
  僕はその場にへたれ込み、もうどうでもいいや好きにしてくれ、と誰に言うでもなく吐き捨てました。

開き直ってしまったら、案外強い性格です。目を瞑りしばらく横になっていました。
そして、どうして自分はパニックに陥ってしまったのか、考えてみました。それは自分の妄想という奴にからかわれたのです。
  自分で創りあげてしまった妄想に振り回されただけに過ぎないのです。理由がわかれば、もう怖くはありません。この程度の暗闇や空間で、死ぬことはないのですから。

ゆっくりと目を開けて、今度は暗闇とにらめっこです。うん、もう大丈夫。そのうちに動悸も治まり、やっとのことで心も冷静さを取り戻しました。

人間というもの、一度パニックなってしまったら、冷静さを取り戻すまでは、しばらくはそのパニックに身を任せてみることも必要かもしれません。パニックという奴は抵抗すればするほど、どんどんパニックの深みにはまっていきます。ですから、しばらくはパニックに身をまかせて、なんで自分はパニックに陥っているのか、考えてみればいい気がします。まぁ、難しいことではありますが・・・・・。

次の日、食堂で朝食をとっていると、スタッフやキャストから声をひそめた会話が聞こえてきました。  「昨日の夜中、廊下を誰かが走っていなかった・・・・」
  「私なんかエレベーターが開く音をなんどもきいたわ・・・・・・」
 「おれなんか、叫び声を聞いた気がしたんだけど・・・・・・・・・・」
  あまのじゃくの僕は最後まで種明かしはしませんでした(笑)。

2006.3.16 掲載

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