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第77回 久世光彦さんの思い出(その1)

2006年3月2日、テレビ演出家の久世光彦さんが亡くなりました。70歳の御高齢だったことにまず驚きました。

久世さんと初めてお会いしたのは、僕がちょうどテレビの世界に入り始めた頃。所属事務所の社長に連れられ、久世さんのいらっしゃるテレビ制作事務所に出かけました。

自分のデスクに腰をかけ、電話を片耳にあてながら機嫌良さそうに相手とお話をしている久世さんは、黒っぽい洋服を着ていて、目つきは悪く、なるほど、雑誌などでお見かけするのと同じユダヤ人顔。別になんの根拠もないのですが、久世さんのお顔を拝見すると、僕はつい、ユダヤ人顔、と思ってしまうのです(笑)。

「うん、うん、そうね、写真週刊誌の来ない店で二人っきりでお逢いしましょう、とにかく出演してくださいよ」
  電話の相手はどうやら女優さんのようです。さすが、プレイボーイ演出家として名を馳せただけのことはあります。
  とにかく僕と社長は久世さんの電話が終わるのを待ちました。
  「おまちどうさま」
  受話器を置くや否や久世さんがこちらに向き直ります。
  社長と僕は席を立ち、頭を下げ、ひととおりの挨拶をしました。まあ、いわゆる面通しです。
  久世さんは、僕のことなど少しも興味なさそうで、ひとしきり社長と世間話をして、
  「では、そんなことで」
  そう言い終わると、再び受話器を取りどこかへ電話をかけ始めました。

社長はおもむろに、
  「さて、行くか」
  と僕を促し、その場を後にしました。
  制作事務所の狭い階段を下りながら、
  「あのー」
  「なんだ?」
  「あんなんでいいのでしょうか?」
  「なにが?」
  「面接です」
  「ああ、いいのいいの」
  「演技とかしなくてもよかったんですか?」
  「そんなもんいいの」
  「じゃあ、なにで判断するのですか?」
  「感じ、感じ、感じでいいの」
  「こんなんでドラマのお仕事がいただけるのですか?」
  「うん、たぶん・・・・」

どうやら、社長と久世さんの中では、すでに話ができていたのでしょう。数ヶ月後、僕は久世さん演出のドラマのお仕事をいただきました。
  ああ、なんだかあっけなく決まってしまうもんだなぁ、とまるでバイトの面接とあまり変わらないようなドラマ出演のなりゆきに、この世界に入ったばかりの僕は、とても驚きました。

衣装合わせの日、僕はTBSの衣装部屋へ決められた時間の十分前に到着しました。
  小さな衣装部屋の片隅で、久世さんは椅子に座ってタバコを吹かし、不機嫌そうにしています。
  「おはようございます」
  大声で挨拶をするのですが、久世さんは何も答えてくれません。
  「では、中島さんの衣装合わせを始めます」
  AD(アシスタントディレクター)さんがまわりのスタッフに告げます。まわりには衣装さんの他に、小道具さん、カメラさん、アシスタントプロデューサーの方々が所狭しと座っています。

「さてと、なにから来て貰おうかな」
  衣装部さんが、僕に着せようとしている衣装の何点かを奥の倉庫から持ってきました。
  そのときです、さっきまで不機嫌そうにタバコを吹かしていた久世さんが口を開きました。
  「お前なぁ、自分で衣装ぐらい用意してこいよ。衣装部の衣装なんか着たって、お前の個性なんか出やしないんだよ、お前の兄貴分役の小林薫なんか、自前で何着も持ってきたぞ。来週の顔合わせまでに自分で揃えてこい。今日はもう帰れ」

きたきたきた、これが聞きしにまさる久世節です。
  愛の鞭と、人は言うけれど、やられる方は、ただのイジメとしか思いません。新人は萎縮するに決まっています。

僕だって、自前を考えていないわけではありません。ただ普通、衣装は自前で持って行くと、せっかく衣装さんが用意してくれたのものを信用していないとして、逆に怒られる場合もあるのです。ですから、用意しなかっただけなのです。

でも、兄貴分役の小林薫さんが自前で揃えて来ているのでは仕方ありません。
  「わかりました。揃えてきます」
  僕はそう言い終わると、すぐさま横浜まで行き、元町で血眼になりながら、いかにもハマッ子らしい明るくハデな衣装を探してきました。
  そう、そのドラマの舞台は横浜で、僕の役は元町をプラプラしているチンピラの役だったのです。

なけなしのお金を工面して、なんとか上から下までの衣装を揃えた僕は、それを大きなボストンバッグに詰め、えっちらおっちら担いで、数日後、顔合わせの場所、TBSの会議室のドアを開けました。

中には、名優の芦田伸介さんがすでに到着しておられました。
  まずは、大きな声で自己紹介。
  「はい、よろしく」
  芦田さんはあの渋い声で、答えてくれました。
  次にADさんを見つけ、持ってきた衣装の相談をしました。万が一、久世さんの好みに合わないか心配だったのです。
  「衣装買ってきたのですが、これ、どうでしょうか?久世さんの好みじゃないですか?」
  「う、う、うん・・・それは、顔合わせが終わってから見るよ・・・」
  なんだか歯切れの悪い返事。気になって他のスタッフの人たちに目をやると、どうやら様子がおかしいのです。普通、顔合わせの日は、スタッフと俳優部が談笑しているものなのです。でもこの日は、スタッフはスタッフでひとつところに固まっているのです。

そうこうしているうちに、いろいろな俳優さん達がぞくぞくと集まってきました。もちろん小林薫さんもやってきました。
  僕は小林さんに、自己紹介と自分が弟分役をやらせていただくことになったことを告げました。
  そして、
  「小林さんは、自分で衣装を揃えたと聞きました。それに習って、僕も一式揃えてきました」
  ちょっと自慢げに言いました。
  「えっ?オレ、衣装なんか自前で揃えてないよ。衣装部さんに揃えてもらったよ」
  うーん、どうやら僕は、久世さんにやられたようです。もう、あのおっさんの言うことなんか信用しないぞ。なんだか腹が立ってきました(笑)。

「お忙しいところ誠にすみません、久世がまだ到着しないので、顔合わせの時間をもう少しずらします。えー、30分後に開始させて頂きます。それまで休憩とさせて頂きます」
  ADが全員に向かって大声で告げました。

おかしい。やはり何かあったんだ。(つづく)

2006.4.16 掲載

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