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第88回 三國での芝居づくり

福井県三國町、この小さな港町での芝居づくりが始まった。約一カ月東京を離れ、初めての地方でのものづくり。
  スタッフの多くは見知らぬ地域の方達、これも初めてのこと。
  主役の一人は三國の料亭の親父さん。おん歳57歳のまったくの素人。年上の、ましてや素人の方を演出する。これもまた初めて。
  初めてづくしの三國公演。すべてがハラハラドキドキの公演である。

これから数回はこの三國での芝居づくりの苦労や面白さをお伝えしようと思う。興味のない方には退屈かもしれないけれど、芝居作りというものは、もう波瀾万丈。妥協に次ぐ妥協。良きにつけ、悪きにつけ、いろいろな人間の思いがそこに入り乱れ、そして必ずや幕が開く(まぁ、僕は幕が開かないこともこれまでに経験しているのですが・・・)。予想もつかないことが次々におこり、まるで人生のようなのです。
  それでは、プロローグと参りましょう。

2005年12月某日

プロデューサーの福嶋氏に誘われて、雪降る三國に僕は今回の公演の下見にやってきた。
  場所は、町興しのために福嶋氏らが地元の方々と造った、改装中の「カフェ湊座」。
  以前、三國にあった湊座という芝居小屋とカフェをドッキングさせ、エンターティメント空間に仕上げ、この場所を拠点にして三國からいろいろな文化を発信できれば、と言うのが彼らの狙いらしい。

雪の「カフェ湊座」は、おんぼろの倉庫を改装した建物で、1階の右手にキッチンスペース、あとは客席。1階スペース左手の細い階段を上がると中二階。
そこには若干の客席スペースと事務所スペースが同居。横幅3間・縦7間の細長く、ノスタルジックな雰囲気のある建物である。
「ここで芝居を創って欲しいのです」
  顎の尖った福嶋氏はその突き出た顎に手をあててそう言った。
  うーん、芝居をつくるのには空間が細長すぎる・・・どうしたものか・・・。

「ひとり会っていただきたい人物がいるのですが」
  こちらが悩んでいるのを気にもせず、福嶋氏はマイペースに事を運ぶ。
「今から会いに行きましょう」
  行った先は、越前蟹で有名な料理茶屋「魚志楼」。登録有形文化財に指定されている古い建物の料亭で、中庭に降る雪と相まって、思わず涙ぐみそうになるくらい。日本人として忘れかけた情緒を醸しだしていた。

そこの一室に通され、ご主人、松崎氏と御対面。松崎氏とはこれで会うのは二度目。実は昨年の11月の僕の芝居「14歳の国」に三國からわざわざ足を運んでくれたのだった。そう思うと福嶋氏の思惑は、その時にはもう出来上がっていたに違いない。でないと、わざわざ三國から東京まで芝居見物に誘うわけがない。

この松崎氏、髪は1/9分け、鼻の下に髭をたくわえ、話し言葉は明朗活発、すこぶる愛嬌があり、自称「ええかげんな人間」らしいのだが、田舎の人にはあまりない、人なつっこさと明るさが、僕にはとてもチャーミングに映った。
  おいしい越前蟹の会食を済ませ、魚志楼を出てから、
「松崎氏を芝居に使って欲しいのですね」
  と尋ねる僕に、
「できれば」
  と答える福嶋氏。

三國・湊座・松崎氏。
  この三つのキーワードで、出し物が決まった。
  北村想作「寿歌」。
  僕が20歳くらいのときの作品だ。

核戦争が終わった地上のどこか、この世に生き残ってしまったゲサクとキョウコのええかげんな旅芸人が、リヤカーを引きながらあてなき旅をする。そしてキリストらしき人物が現れて、てんやわんやの三人芝居。ラストは核の灰と一緒に雪が降り氷河期に突入。

このゲサクという登場人物に、三國に縁のある作家三好達治とからませ、キョウコに三國の遊女哥川(カセン)を偲ばせてはどうだろう。
  奇しくも福井には敦賀と美浜に原発がある。三國とて、原発の恐怖とはまったく無縁の地ではないだろう。地上に生き残った人間が放射能を浴びながらも、懐かしの三國を目指す。そんな話に書き換えてはどうだろうか 。
  それにこの芝居なら、細長い空間を小道具のリヤカーで行ったり来たりできて、上手く利用できそうだ。

面白くなってきた。僕の頭の中で「三國の寿歌」が動き始めた。

2006年8月某日

三國版「寿歌」の脚本改訂稿を携え、東京から連れて行くことになった他の2名のキャストを連れて、三國湊座での下見。

三國入りする前に、福嶋氏から「昨年末に来ていただいた頃と比べて、随分と空間が変わってしまったような気がします」と聞いてはいたが、久しぶりに見たカフェ湊座は、劇空間、ライヴ空間と言うよりは、物産品が店頭に並び、飲食の匂いが濃厚になっていた。

この空間で演るには飲食の芝居にするしかない。今から台本の変更は、キャスト含めすべての変更になる。ここは台本に見合う他の場所を探すしかない。
  しかし、ここは三國。東京のように芝居小屋がいくつもある土地ではない。福嶋氏が当たりをつけていてくれた廃校になった幼稚園などを見るが、どうもピンとこない。

ふと思い立ったのが、カフェ湊座の裏にある倉庫。そこは大量の材木置き場になっていたはず。その大量の材木をどこかに移して、芝居小屋として使えないだろうか。そうすれば、カフェ湊座を芝居の始まる前と後のホワイエ(大劇場などにある会食などができるスペース)としても使えるし、カフェ湊座の売り上げにもいくらかは貢献できるだろう。ここはひとつプロデューサーに頑張っていただき、なんとか倉庫の持ち主と交渉していただくことに。

しかし、倉庫で演るとなると、カフェ湊座での演出プランは御破算。また新たに、倉庫バージョンを考えないといけない。
  でも、カフェよりは空間に何もないぶん使いやすい。僕は何もない空間が好きなのだ。プロデューサーも「なんとかしましょう」と乗る気。

本番は11月3日から5日までの3日間。松崎氏が仕事の傍らに稽古に出るので、1日の稽古時間は3時間しかない。9月9日から19日までの10日間を第1回三國での稽古に決め、その後は10月3日から芝居が終わるまで三國住まいになる。次回の三國入りまでにしっかり倉庫バージョンでの演出プランを固めないと間に合わない。

なんせ、この湊町では、時間の流れがのんびりしすぎていて、観光で訪れるぶんにはいいのだが、物作りには適さない。
  それに東京にいる間に、東京都のスタッフとの打ち合わせもしなくてはならないし。とにかく公演場所もほぼ決まったことだし、やるしかないのだ。

9月某日

三國で行う稽古初日の数日前、突然プロデューサーから連絡が入る。
「いろいろ交渉したのですが、倉庫を使うのは厳しい状況です」
  ええっー!どうするのよ!!小屋が決まらなくては何も動けないよ!!!もちろん演出プランもまた御破算。

これから三國に行くまでの数日は東京スタッフとの打ち合わせなのに、演出プランが振り出しでは、打ち合わせることがない。
  公演本番まで二ヶ月を切っている。なのに小屋さえ決まっていない。こんな切羽詰まった状況での芝居作りは初めてだ。果たして、漕ぎだした船はどこに行くのだろうか。

前途は多難。でも、どこかで闘志も湧いてくる。困難な現場ほど面白いのだ。

(つづく) 


■演劇公演「寿歌(ほぎうた)」 の詳細はこちらをご覧ください。
http://www.mikuni-minato.jp/home/pj/play/2006hogiuta.html

2006.10.15 掲載

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