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第94回 年末の侵入男


恒例の年末がやってきた。この時期は、頭が勝手に一年の反省をはじめ、毎年ひどく落ち込む。
  自分はこの一年なにをやってきたのだろうか。相変わらずに我が儘を言い、たくさんの人々に迷惑をかけ、果たして自分は成長したのだろうか。

この一年で得たモノと失ったモノ。それらを頭の中に置いてある、自分の天秤にかける。天秤は右にいったり、左に傾いたり、なかなか目盛りはひとつ所に止まってはくれない。
  天秤はズブズブと闇の中に沈んでいき、自分の黒い部分に着地する。そこは悪意というものがグルグルと渦巻いている。
  自分以外の人間に妬みや憎しみを感じ、己がとても小さく見え、人に対し怯えはじめる。
  この「怯え」、なかなか止んではくれない、だけど、いつかは必ず止む、だから、気の済むまで「怯え」させておく。
  そう、いつかは必ず止む。ここが大事のような気がする。それを知らずにいると、「怯え」が自分の内側で勝手に拡大し、焦り、次第に「妄想」を生み、被害者意識の固まりになり、ある一線を越えてしまう。それが「犯罪」というものの起点になってしまう気がする。
  ましてや年末は街が華やかで落ち着きがない。笑える人間と、笑えない人間とにハッキリ分かれる。年末の犯罪を生むには格好の時期だ。

昨日の夜、芝居仲間の忘年会があった。
  僕のようなパーティーに非常な不向きな人間にとって、忘年会に出るのはもう大変。
○ お酒が飲めない
○ 一般的な話ができない
○ 愛想笑いが苦手
○ 大のカラオケ嫌い
○ 体力の限界で、夜遅くまで付き合えないetc.
  なので「お開き」の後はすごくシンドイ。ああ、あんなこと言わなければ良かった、あんな態度をとらなければ良かった、もう少し笑顔でいれば良かった、無理してでも二次会まで付き合ってあげれば良かったと、心が自己反省で一杯になる。
  二次会参加を断っての帰り道、身も心もズーンと暗く重い。

昨日もそんな感じで家に戻ったのは深夜の12時。風呂に入り、冷えて疲れ果てた身体を温めようと、ズボンを脱ぐ。
  その時、庭の方から、ガサッ、ガサッ、ガサッ、と枯れ葉を踏む音がした。
  猫かな? カーテンを開けると、なにか人影らしきものが目に入った。人かな? そのまま窓を開けると、人影から火が見えた。ん? 火? 男? なぜ? ん? ジャンパー? ん? 長めの髪? ん? なんだ? ひょっとして放火? この間、コンマ何秒。
「誰!」
  大きめの声を出す。
  男は振り返った。
「おい!!!!!」
  今度は絶叫してやった。
  男はビックリして、猛ダッシュで隣の家の塀を飛び越えた。必死になって追いかけたが、すぐに姿を見失った。
  隣の家の人が出てきた。
「今叫んだの、中島さんですか?」
「はい」
「いま、誰かが凄い勢いで走っていきましたね」
「ええ」
「どうしたんですか?」
「わからない。わからないけど、ウチの庭に男が立って、火を持っていたのです」
「ええっ!」
「ちょっと警察に電話してきます」
  そう言って、110番に電話をすると警視庁につながった。
  ザッと事情を説明。
「わかりました、じゃあね、今から所轄の警察官がお宅に伺いますので、電話を切ってお待ち下さい」
言い終わらないうちに、家のチャイムが鳴る。は、早い。まるで電撃だ。

警察官と一緒に庭の現場に行き、状況説明を細かくしていると、新たに警察官数人がパトカーで到着。現場での検証が、また一から始まる。そして同じように質問を始め、こっちは同じ事を言わされる。
  そこへ今度は刑事が来た。またまた一から同じ質問。またまた同じ事を言わされる。
  しかし、こっちも同じ事を答えるのにじっさい飽きてきた。いけないことだが、ついついそこに自分のイメージや解釈を入れ始めてしまう。
  最初は、
「なんだか火のようなものが見えた」
  と言っていたのが、いつしか、
「ライターの火のようなものが見えて、火を点け始めたような気がした」
  に変化を遂げる。
  自分という人間はなんていいかげんなのだろう。そんな自分に呆れる(笑)。

だけど、警察官や刑事さんと話をすればするほど、浸入男のことが気になって仕方がない。
  この年の暮れ、なぜに我が家の庭に・・・。僕は放火だと思ったが、それはないそうだ。なんでも放火というものは、通りに面したところに火をつけるそうで、入り組んだ庭に火を放つことはないらしい。
  結局、侵入者のハッキリ目的がわからないまま、警察官は、「覗き」ということで話を落ち着かせようとする。
  でも、僕の私見に「覗き」はない。
「覗きなら、もっと黒っぽい、濃い色のジャンパーを着ていますよ、僕が見たのは明るい色のジャンパーです」
「覗きが黒っぽい服装を好む、ってどうして知っているのです?」
「以前、覗き屋のおじさんに聞いたことがあるのです」
「知り合いにいるのですか?覗き屋が」
「はい」
「あのー、失礼ですが、御職業は?」
「それ、事件と関係ないですよねー」
  だんだん会話がわけのわからない方向へ行き。
「まっ、たぶん覗きでしょう。とりあえず戸締まりをしっかり御願いしますね」
  そう勝手に言い残し、10人はいた警察関係の方々が帰っていったのは深夜1時半。嫌な感じのまま、さらに冷え切った身体を湯船に浸ける。

覗きじゃないな・・・だとしたらなんなのだろう・・・放火も違うらしいし・・・・あと考えられるのは・・・・泥棒の下見? そう! 泥棒の下見があるではないか!!
  下見なら、色の濃いジャンパーではなくて、普通の明るめのジャンパーを着ていても不思議ではない。だって、万が一捕まったとしても未遂なのだから。
  僕もそう勝手に思いこむことにして、ひとつの決着を無理矢理つけた。
  人間の心理は面白い。さっきの警察官といい、僕といい、なんらかの決着まで辿り着けないと、安心しないらしい。
  そして最終的に、
――良かった一次会で帰ってきて、一次会で帰って来たから侵入者の犯罪を防ぐことが出来た――
  そうやって肯定的に思いこむことで、先程の忘年会での落ち込みを消していた。

でも思いこみは、あくまで思いこみ。そのうちにまたムクムクと疑問が立ちあがってくる。あの侵入者は、この年末にいったいなにを思い、何をしたかったのだろうか・・・
  そんなことを考え始めると、また気が重く・・・。ああ、疲れる年の瀬です。

さて、今年はいろいろやった。
  「日本朝市紀行」というレギュラー番組のナレーション、大学での演劇の講義、二回目のワークショップ公演、久しぶりの映画出演、初めての地方での芝居づくり、初主演映画のDVD化etc.
  いやー、大変だったけれど、楽しかった。侵入者ぐらいで、重い一年にしてはいけない。プラスマイナスゼロ、もしくは少しだけプラス。そんな感じが僕はいい。
  来年も丁寧にひとつひとつ何かをこなしていければいいと思う。
  引き続きよろしく御願い致します。

         

2007.1.10 掲載

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