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第103回  ふたつの別れ


ゴールデンウィークも終わり、世の中が少しだけ落ち着いてきた。
  4月からゴールデンウィークが終わるまでは、新入生や新入社員が町に溢れ、どこに行っても人の気がザワザワしていて、ちっともゆっくりできなかった。

僕が講師として行っている大学でも、慣れない「表現」という授業に、最初はドタバタする感じが強かったが、5月の中旬になって、ようやく授業のかたちが見えてきた。そのかわり、ボツボツと遅刻する者、授業に穴を空ける者、学校にすら来なくなってしまう者が出はじめるのもこの頃だ。よくいう五月病にかかってしまうらしい。
  自分の知り合いなら、呼び出して話を聞いたりできるのだが、大学の生徒となると、そうはいかない。こちらがなんとかしたいと思っても、講師の分際では、生徒の連絡先すらわからないのだ。いわゆる個人情報なんとかというやつだ。せっかく縁があって僕の授業に来たのだから、辞めるにしても、ちゃんとした理由が聞きたいと思ってしまうのは、余計なお世話なのだろうか。結局は個人的な問題として片づけるしか、仕方がないのだろうか。うーん、なんとももどかしい・・・。

話はかわるが、僕は今年の3月いっぱいで、今まで所属していたプロダクション事務所を辞めた。役者の世界なんか何も知らない24歳のころから足かけ23年、この事務所にお世話になったおかげでたくさんの仕事に出会い、そしてたくさんの人々に出会った。苦しかったこと、悔しかったこと、泣いたこともあったし、喜んだこともあった。月並みな言い方だけど、ある意味、僕の青春だった。

辞めた理由は単純だ。僕のマネージャーが独立することになり、僕も一緒についていくことになったからだ。
  でもこの単純さの中にも複雑な思いがあり、長年世話になった事務所に、薄くなった後ろ髪を引かれた。
  事務所の社長に別れを告げたときなんか、不覚にも涙がこぼれてしまった。
  人間にはどうしようもない別れはつきもの、そんなことは百も承知しているはずなのに・・・。
  あたらしい事務所は僕を入れて所属タレントが3名。以前の大手プロダクションと比べると、アットホームでこぢんまりとした事務所だ。僕のような人間にはこちらの方が合っていると思う。

新しい事務所に移っての初めての仕事は久しぶりのラジオドラマ。
  NHK・FMシアター「富士へ」 5月26日(土)22:00〜22:50放送。
  僕の役は「ぱぱぱ・・・・」という言葉しか喋れない、知的障害のある男性の役。
  「ぱぱぱ・・・」しかない台詞で、一人の人間の感情を表現するのはとても難しい。一日、家で「ぱぱぱ・・・」だけしか喋らずに過ごしてみた。家人には無視され、娘には「バカじゃないの」と言われた。しかし、この役の男は世間のそう言った声を耳にしながら生きているのだ。これは凄いこと。新たに自分の気を引き締めて本番に挑んだ。

思うようにいかない部分もあったが、なんとか無事収録終了。
  知的障害という重荷を背負った役をやると、普段使わない筋肉を使ってしまう。終わったときは全身がこり固まっていた。
  本当は、この模様も書きたいのだが、なんだかそれもあまりよろしくない風潮らしい。
  もちろんいいことなら構わないと思うのだが、同じように悪いことも書かないと僕としては納得がいかない。
  世の中、いいこと半分、悪いこと半分、常にそう思っている人間なのだ。だから、いいことばかりではバランスが悪い。宣伝はいいけど、批判は困る、というのもわからなくはないのだが・・・。うーん、どうも世の中やりにくくて仕方がない・・・。

収録が終わった足で、疲れたこりをほぐすため、通っている整骨院に行った。
  この整骨院との歴史も長い。僕が椎間板ヘルニアを患ってからだから、あしかけ7年くらいにはなる。
  この整骨院、いまどき珍しく、働く方々が、みんな明るく楽しい方が多い。だから、いつも超満員。
  近所のお年寄りの方達、とくに一人暮らしをされているお年寄りにとっては、唯一の憩いの場らしく、みなさん和気藹々とお喋りを楽しんでいる。

僕にとっても、この整骨院は特別なところ。普段の仕事では絶対に接触しないような人々と会話が出来る場所なのだ。
  MLB(メジャーリーグ)大好きのおばあちゃん、早朝3時に起きて、その時間はまだ深夜放送テレビアニメを見ているオタクおじいちゃん、いつもブツブツと日頃の不満を看護師さんに愚痴っているネガティブおばさん等々。
  そんな方々と接していると、表現の世界で四苦八苦している自分の心が、すごく和んだりする。身体ばかりではなく、心もほぐしてくれるのだ。

身体も心も、荒んだときには整骨院。
  特にお年寄りの方々は、この整骨院に来るのを心底楽しみにしているのではないかと思うほどだ。それほど、元気にやってくる。
  これって、実はとてもおかしい。だって、身体の調子が悪いはずなのに、元気に病院にやって来て、大声で笑っているのだから。まったくもっておかしなところだ(笑)。

その整骨院が今月の18日で閉院するという。なんでも院長がお歳のため、やむなく閉めるそうだ。そういえば、看護師さん達の顔がどことなく寂しげだ。
  「閉めちゃうんだね・・・」
  「ええ、すみません・・・」
  「残念だね・・・」
  「ええ・・・」
  「困っちゃうお年寄りが多いでしょう・・・」
  「ええ・・・さっきも◯◯さんが泣いちゃって・・・」
  「ここに来るのが、一日の中で唯一会話が出来る方も多かったでしょうね・・・」
  「ええ・・・そうなんです・・・・」
  僕がここに通い始めてから、一番トーンの低い会話だった。

ここでも、どうしようのない別れが迫っているのだ。別れがあれば、出会いがある、そういつも思ってはいるが、こんな明るい整骨院には二度と出合えない。
  今度からどこに行けばいいのだろうか・・・。
  なんだか、僕も五月病になりそうである。

         

2007.5.22 掲載

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