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第104回 監督の持つ業と女優の持つ業


僕の好きな映画監督の一人に成瀬巳喜男という人がいる。
  ヤルセナキオと言われたほど、この監督の作品には人生のやるせなさが漂っている。
  僕の好きな成瀬作品は「浮雲」「乱れる」「女が階段を上る時」の三本。どの作品も高峰秀子が主演だ。駄目な方へ、駄目な方へと傾斜していく、女と男のどうしようもなくやるせない情感を、彼女は観ているこちらがハラハラするほど切なくも美しく演じきっている。

監督と女優の相性は面白い。
  成瀬作品以外の彼女の作品もいくつか観てはいるのだが、成瀬作品と比べるといまひとつしっくりこない。上手にそつなく演じてはいるのだが、こちら側の胸に迫ってくるものがないのだ。
  逆に成瀬作品もそうだ。高峰さんが出演していない成瀬作品は、どこか食い足りない感じがする。
  黒澤明の映画に三船敏郎がかかせないように、成瀬作品において、高峰秀子はかかせない存在なのだ。

高峰さんは「私の渡世日記」などいくつか本も出版されている。その著作の中から伺える高峰秀子像は、成瀬作品の役柄とは全く違い、かなりポキポキとしていてものすごく男っぽい。実際の高峰さんは、たぶん著作から受け取る感じに近い方なのだと思う。
  そんな彼女がなぜ成瀬作品では、あんなにも女の情を出すことができたのだろうか。
  勝手な推測で申し訳ないが、きっと高峰さんが隠し通したい女性的な部分を成瀬監督が見抜き、それを上手に引き出したからに違いない。

溝口健二作品の田中絹代、小津安二郎作品の原節子など、その監督の作品でいきなり輝きを増す女優さんは少なくない。
  それは、監督の持つ業と女優の持つ業が、表現という場の中でぶつかり、お互いの因縁や憎悪を超えて、なんらかの化学変化を起こすからだと思う。
  そういう監督と女優の関係性は、表現をする者にとっては羨ましい限りだ。

最近、成瀬監督の作品がまとめてDVDになった。
  レンタルビデオ屋にズラーッと並んでいたので、久しぶりに「浮雲」「乱れる」「女が階段を上る時」を再見した。
  高峰秀子の集中力のある演技を見ていると、その集中力の在り方に思い当たる節があった。
この集中力の在り方、どこかで、感じたことがある・・・・。
  そう、8年前、僕が演出した「死の棘・1999」(島尾敏雄原作)に主演した美加理という女優のそれと同じなのだ。

この「死の棘・1999」で美加理が演じたのは島尾敏雄の妻、島尾ミホ役。
  さっそく、高峰秀子と美加理の共通点を調べてみた。
  共通点は簡単に見つかった。
  二人の誕生日が同じだった。すごく単純すぎることかもしれないが、同じ誕生日というのはそうそうあるものではない。なんらかの因縁を感じてしまう。
  そればかりではない。成瀬監督は生前、「死の棘」の映画化に意欲を燃やしていたこともわかった。
  もし実現されていたら、やはり主演のミホ役は高峰秀子だったのだろうか・・・。成瀬&高峰コンビの「死の棘」も是非見てみたかったと思う。

因縁はまだ続く。 今年の3月、「死の棘」のモデルである島尾ミホさんが亡くなった。奄美大島の自宅で亡くなっているのを孫の島尾まほさんによって発見されたのだった。
  その発見された日が、奇しくも美加理さんと高峰さんの誕生日と同じ日。
  うーん、人生は面白いほど奇妙だ。
  僕の中で、いろいろな糸が絡みながらも繋がっていった。
  このように、表現という場で作業をしていると、多くの奇妙な繋がりを感じてしまうことがある。
  これはひとえに、表現という場が、人間の業とか因縁とかと深く関わっているからだと思う。

でも例外もある。
  昨年、僕のワークショップに僕と誕生日が同じ俳優志望の男が来た。
  どこか面白いところがあるだろうと結構注目はしたのだが、あまり表現者としての突出した部分は見つけられなかった(笑)。
  ということは、僕も駄目だと言うことかもしれない。
  きっと、そうかもしれないなぁ・・・・・。

         

2007.5.31 掲載

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