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第113回 「けいせい仏の原」PART5


9月某日
心配していた薬袋嬢と大林君の芝居もスタッフワークのおかげか、本人の意識の問題かわからないが俄然良くなって来た。役者というもの、衣装を着てメイクを施し、セットの中で明かりにあたり、スピーカーから流れる音楽を身に纏うと、化け物が憑いたように生き始める。

主役の加藤君もなにかを吹っ切ったようでテンポがいい。稽古後半に入って少しだけ調子を落とし始めていた沼畑君と定村さんも、本番を目前にいい顔つきになって来た。三國チームの東さんなんか凄く色っぽくなってきたし、榎君は和久田氏じきじきの特訓の成果と、言葉を福井の訛りにしたことで随分と良くなった。長老の岡田さんはマイペースをキープ。気がかりなのは湯浅さんの仕事と本番の両立。この期間だけでも普段の仕事を休ませてあげたいのだが・・・・。

午前中に三国神社へ行き、安全祈願。スタッフキャスト全員の名前を神前で呟く。しかし、一人だけ、下の名前が出てこない。岡田さんだ。何もなければいいがと思っていたら、稽古中足首を捻挫してしまった。申し訳ない気持ちで一杯になる。

スタッフも徹夜が続く。衣装チームはギリギリまで縫い物に追われ、メイクも明かりとの調整が続き、美術は最後まで手直しの連続。制作始め、音響他のスタッフもくり返し微調整。今回、東京スタッフの応援としてやって来てくれた、2005・2006年ワークショップ参加者の山家谷君、小杉君、玉島さん。折角の地方なのに観光もせず、毎日毎日劇場と宿舎の往復、それに加え、時として僕からの罵声を浴びることもしばしば。感謝されるはずが怒られてばかりなので、「なにをしに来たのかわからない・・・」と小杉君。皆さん本当にごめんなさい。

9月某日
初日。
怪我もなく無事終了。
お客さんの反応も良く。カーテンコールが終わっても拍手が鳴りやまず、ダブルコール。僕の芝居では初めてのダブルコール。個人的には好きではない。できればカーテンコールもしたくない。なぜなら、虚構と現実の境界線を引きたくないからと、自分自身役者の頃にカーテンコールの虚しさを身をもって知っているからだ。虚構と現実、今回の芝居はそこらもテーマになっていたのだが・・・。

でも、プロデューサーのたっての希望で、イヤイヤながらも、地方の公演だからという理由でカーテンコールは付けることにした。これが東京公演ならやっていないと思うのだが、まぁ来年の3月には東京での「寿歌」本公演があることだし、ここはプロデューサーの言うことを聞くことにした。
しかし、まさかダブルコールが来るなんて・・・。役者陣も動揺で、キョトンとした役者陣の戸惑いの顔が面白かった。

9月某日
千秋楽。
朝、東京から飛んで返ってきたアゴのプロデューサーから、「来年の3月の舞台、『寿歌』公演は延期させてほしい」と申し出があった。あまりの突然のことで動揺を隠しきれないまま、「とりあえずその話はこの舞台が終わってからにしよう」と答えるのが精一杯。ものすごいショックが自分を襲った。二年連続で行ってきたワークショップ公演、それに加えて福井での二年連続の公演。そして次はいよいよ東京での本公演。その待ちに待った2008年の3月東京本公演がなくなるかもしれない・・・。いや、アゴのプロデューサーが決めたことだから公演がなくなるのは必至。延期とは言うが、芝居の世界では延期はイコール中止。残念でならない。

福井での二本の公演は、東京公演を視野に入れてのものだった。本公演を目指してやって来た思いが一気に消えかかる。なんのための苦労か、なんのために必死にやってきたのか、いろんな感情が身体を駆けめぐる。もうダメだ・・・、千秋楽の日に何かが音を立てて崩れ始めた。こんなことで崩れる自分の小ささがものすごくイヤになる。これではいけない。なんとか自分を立て直さなくては・・・。

天井を見上げ、身体を横にしたまま気持ちを整理してみる。なぜにそんなに東京公演にこだわるのか・・・、今現在行っている地方での公演がイヤなのか・・・・。べつにイヤではない。地方公演だといっても手は抜かず、地方の方達とがっぷり四つに組んで全力投球してきたつもりだ。苦しかったけれど楽しい40日間だった。しかし、地方と東京では見せ方が違う。演劇に馴染みのない地方では、やはりストーリー重視の判りやすさが求められる。そうすると、判りやすさよりもそこにある何かを感じて欲しい、という自分の表現したい世界からどうしても離れてしまう。ここにジレンマを感じる。だから久しぶりの東京本公演に思いを馳せていた・・・。今回の東京から来た役者陣にも、東京でやろうな!と常に言ってきた・・・それが・・・・。

しかし、世の中うまくいかないのが常。これはこれで自分自身飲み込んでいくしかない。もうアゴのプロデューサーは僕たちの芝居のプロデューサーでなく、日本国の大臣秘書なのだから・・・。自分に言い聞かせ、千秋楽の小屋に向かう。ひょっとしたら、今日が最後の演出作品の本番になるかもしれない。最後の自分の作品をこの目に焼き付けておこう。普段はあまり見たくない自分の演出作品も、今日だけはいつまでも見ていたい、このまま本番が終わらないで欲しい、とガラにもないことを思っている自分がいる。情けない。みっともない。本番を見ながら、これまで演出してきた道を振り返る。

たくさんの人々に迷惑をかけ、多くの人々に助けられ、ここまでやってきた。特にアゴのプロデューサーとは、幾度となくケンカしながらも一緒にたくさんの峠を越えながら作品を作ってきたのだ。彼には一番世話になった。こんな自分にモノヅクリの場を与え続けてくれた彼には、もう感謝しかない。うん、楽しかった。彼と作ってきた作品達、全てが愛おしい。これまでの出来事に悔いはない。ただ、アゴPとも、この素晴らしいスタッフとも、そして役者陣とも、今後、一緒にモノヅクリができないかもしれないと思うと、どうも感傷的になってしまう。そう、寂しくて仕方がない。表現という場所を通さないと、他者とのコミュニケーションが取ることができない男から、芝居というモノヅクリの場がなくなってしまうのだ。もう無性に寂しい。明日から誰と、何を話していけばいいのだろうか。誰かに次作る芝居の話をする楽しい時間は自分にはなくなってしまうのだろうか。次回作に頭を悩まし、考え続ける楽しい時間。それはもうないのか・・・・。自分の中で、何かが臨終をむかえている気がする・・・・・。

そんな思いとは裏腹に、千秋楽もダブルコールで幕を閉じた。長い長い40日間のレジデンスが終わった。ただでさえ喪失感で一杯になる打ち上げは、声も出ないくらいシンドイものになった。「生きていれば、またみんなとやれるさ」、それは知っている。でも、「また、やろうな」と声を大にして言えない自分が辛い。40日で得たモノと失ったモノ、それは同じくらいあると思う。だけど、どうしても失ったモノに人は執着をする。もう三國に来ることも生涯ないかも知れない。

打ち上げ会場の外では雨が降り始めていた。大林君を誘い、雨の中を二人で歩く。彼は彼で、初めて体験する「祭りの終わり」に自分自身をもてあましていた。雨に濡れながら辿り着いた場所は、去年、「寿歌」公演をした空き地。昨年の悔しさを返せないまま、僕は明日帰る。



『けいせい仏の原』(原作:近松門左衛門)

キャスト:文蔵 加藤幸夫(TOKYO)/今川 定村文恵(TOKYO)/奥州 薬袋いづみ(TOKYO)/帯刀 大林和晃(TOKYO)/望月 榎ちひろ(MIKUNI)/一角 沼畑真(TOKYO)/竹姫 東みゆき(MIKUNI)/刑部 岡田利雄(MIKUNI)/黒子 源藤一代(MIKUNI)/乾 湯浅弘祥(MIKUNI)

スタッフ:舞台監督 海老沢栄(TOKYO)/舞台監督補 氷見泰博(MIKUNI)/照明 佐藤啓(TOKYO)/照明アシスト 櫛田晃代(TOKYO)/音楽と音響 suzy-9(TOKYO)/美術 海老沢栄(TOKYO)・青山円(MIKUNI)/小道具 大町真弓(MIKUNI)/衣装とヘアメイク 早川すみれ(TOKYO)/衣装アシスト 山本桜里(MIKUNI)・玉島吉茶(TOKYO)/メイク 立山梢(MIKUNI)/衣装協力 十郎信子(MIKUNI)/映像 坂本大三郎(TOKYO)/殺陣アドバイザー 上田雄大(TOKYO)/歌指導 若杉哲史(TOKYO)/カラオケ製作 鳥越賢二(TOKYO)/現代語訳 和久田理人(IZU)/転換スタッフ 山家谷篤(TOKYO)・小杉元(TOKYO)・出蔵博人(MIKUNI)/宣伝美術 溝田恵美子(TOKYO)・中矢あゆみ(TOKYO)/宣伝美術イラスト nisico(GIFU)/製作 PTP inc.

他、関係者の皆さま、本当にありがとうございました。


2007.11.16 掲載

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