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第117回  昨年読んだ本

本を読むのが好きだ。一週間に一度は渋谷とか新宿の大型書店に行く。まず新刊コーナーで新刊をチェック。文庫で欲しいものは迷わず購入するけど、単行本は高いので少し考えてから、本当に読みたいものだけ購入。試しにちょっと読んでみたいものは、図書館に予約。図書館になければ、図書館で購入していただく手続きをする。これが僕にとって効率の良い本の買い方。

昨年は芝居の脚本を書いたり演出したりしている時間が長かったので、あまり本は読んでいない。自分の作品を作っている間は、なぜか他の本を読む機会が減る。これは、少なからず読む本に影響されるのが嫌なことと、実際に本を読む時間が取れないから。

昨年、購入及び図書館から借りた本を調べてみたら102冊。これにマンガ本、絵本、人から借りた本、調べものをするときの資料本などを入れたら、もっと多くはなるけれど、僕にしては、比較的少ない読書の年だった。ちょっと、その102冊の一覧を書き出してみた。昨年読んだ本から今回は自己分析をしようと思ったけれど、ざっと見ても自分の好みがよくわからない。それでも、自分で選んで読んだ本なのだから、一冊一冊になんらかの選んだ理由があるはず。ちょっと長くなるけれど、一冊一冊の選んだ理由と短い感想を書こうと思う。


荒木経惟『写真への旅』
アラーキーという写真家の仕事の仕方と生き方が好きなので、彼の文章はこれまでにもいくつか読んではいる。でも基本的にアラーキーの文章は日記以外あまり好きになれない。やはり写真や文章よりも、被写体としてのアラーキーがいちばん面白い。

石田衣良『4TEEN』
誰かに薦められて読んだもの。14歳の少年達が織りなすさわやかな青春小説だったような気がする。読んだ後、息子にプレゼントした。

絲山秋子『海の仙人』・『逃亡くそたわけ』・『エスケイプ/アブセント』・『ダーティ・ワーク』の4冊
『海の仙人』、『逃亡くそたわけ』は面白く読んだけど、あとの二つは僕の好みに合わなかった。『海の仙人』は多くの人に推薦した。基本的に女流作家は苦手だけれど、絲山秋子は好きな作家の一人。きっと彼女の病み具合が、自分と重なる部分が多いのだと思う。『海の仙人』の中で「眠るときと死ぬときはみんなひとり」というところがある。孤独であることを受け入れようとしている姿に共感する。絲山秋子はこれからも読み続けると思う。

内田也哉子『ペーパームービー』
まず内田也哉子の持つ女優として素質に興味がある。いつか演出したいと思っていたほど、彼女の醸しだす空気は魅力的。「東京タワー」という映画で女優をしていたが、僕ならもっと上手に彼女を生かすことができたのになぁ、と思う。作品は平凡だけど、文章の流れに特徴があった。

エドワード・ゴーリー『どんどん変に・・・』
友達に薦められた本。本よりも、エドワード・ゴーリーという人が面白い。この変人の頭の中を活字にするのは難しかったと思う。変人の話はどうしてこうも面白いのだろうか。きっと変人に対し、憧れに近いモノを感じているのだと思う。こういう本を読むと、自分はとても平凡だなぁと、ホッとする反面、落ち込んだりもする。

大石静『愛才』
作者自らの話を小説にしたと何かで読んだ。既婚の女性脚本家が、落ちぶれてもプライドの高い酒飲み役者と恋をする話。この役者は誰なのかというワイドショー的な考えが、読んでいる間、頭から離れなかった。

大川豊『日本インディーズ候補列伝』
これは、大川興業の芝居を観に行ったときにスタッフの方からいただいた。いろいろな変人インディーズ候補の選挙活動を追っている作品。おまけのDVDには、その候補者達の政見放送まで入っている。大川さんには『金なら返せん』という名著があるので、それと比べてしまうとちょっと元気がない感じがしたが、人っ子一人いない候補者の演説会に喜び勇んで飛んでいくバイタリティには感服。

沖浦和光『天皇の国・賤民の国』
差別問題にもっと食い込んでくるかと思ったけれど、ちょっと肩すかし。でも、読んでおかなくてはいけない本。差別に関しては僕もいろいろ調べているので、そのうちきちんと話したいと思う。

沖浦和光+三國連太郎『芸能と差別の深層』
こちらは凄く面白かった。昨年、近松門左衛門の「けいせい仏の原」という作品を演出したけれど、この本に出合えていなかったら、きっと違う作品になっていたと思う。差別社会の中でこそ、いちだんと輝きを放つ芸能文化。きっても切り離せない差別と芸能、そしてそこに流れる血の系譜。役者や芸能に生きようと思う人間は、絶対に読まないといけない本。久しぶりに血が騒いだ。それにしても三國連太郎さんはいくつになっても過激だ。

長部日出雄『邦画の昭和史』
映画が大好きなので、映画本はついつい買ってしまう。長部日出雄さんには『紙ヒコーキ通信』という映画ファンならではの作品紹介本がある。それは凄くいい本で、長部さんが本当に映画を愛しているのが手に取るように伝わってくる。『紙ヒコーキ通信』のような映画の本が今現在手に入らないのは本当に寂しい。長部さんは一本だけ念願の映画監督を経験された。その後の映画の本は、どうも今ひとつの感が否めない。やはり現場を体験してしまうと筆が冴えなくなってしまうのか。夢は夢のままのほうがいいのかもしれない。

乙武洋匡『五体不満足』
これは人から借りた本。乙武君ブームが過ぎ去った頃に読んだのがとても良かった。人間として生きていくのは、障害者も健常者も皆同じ。そんなことを教えてもらった。

小沢昭一+永六輔『色の道商売往来』・『遊びの道巡礼』
僕は基本的に芸事と色事に関する本に興味がある。この二冊は小沢昭一さんが色道のエキスパート達にインタビューをし、永六輔さんが活字にまとめたもの。そういえば昨年、小沢昭一さんの姿を代々木上原で見かけた。後ろ姿に、厳しい孤独感が漂っていた。個性派の俳優さんは、日常ではとても寂しく、怖い。

乙川優三郎『喜知次』
武士の話かと思っていたら、最後の50ページで恋愛小説だったとわかる。喜知次というあだ名の女性の生き方に深いため息が出る。

加藤千恵『ハッピーアイスクリーム』
これは短歌集。たしか桝野浩一の本を読んでいたときに、彼女の作品を推していたので、アマゾンで探して購入。「ひびわれて壊れていたし 完全に狂ってたけど しあわせだった」は、たしかこの本に載っていた短歌。

加藤義彦『「時間ですよ」を作った男』
仕事がら、映画やドラマのメイキング物は面白く読むことができる。まぁ、ヤバイ話には触れてはいないけれど、なかなか読み応えのある一冊。

金城一紀『映画篇』
『対話篇』の方が面白かった。金城さんの作品には在日朝鮮人の方がたくさん描かれていて。その話になると、自然に筆に力が入るのか、物語が俄然面白くなる。人種差別はなくなった方がいいけれど決してなくならないもの、と僕は常日頃思っている。だからもっと差別を隠さずに語ろうじゃないか、そんな感じが作品からも伝わってくる。

角田光代『対岸の彼女』
女流作家にしか描けない物がある。それは女性同士の物語。この作品は川本三郎さんが書評で褒めていたので読んだ。もちろん面白かったけれど、読後、女性特有の自虐的な感じが自分にまとわりつき、いつまでも放れてくれなくて困った。

鴨志田穣『酔いがさめたら、うちに帰ろう』
中島らもや吾妻ひでおのアル中ものを読むと、生きるために酒を飲む人たち、という印象を受ける。だけど鴨志田氏はそれとは違い、死ぬために酒を飲む人だと思った。鴨志田氏は昨年亡くなった。

川本三郎『映画を見ればわかること』
日本で信用できる数少ない映画評論家。以前より鋭さは減ったが、映画を愛する幅は広がった。その幅の広さが読んでいて嫌になったり、愛おしくなったりする。彼の自叙伝的作品「マイ・バック・ページ」は名著。

北尾トロ『キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるか』
題名にあるようなくだらないことばかりを試す北尾トロ。その馬鹿馬鹿しさに元気が出る。でも同じ馬鹿馬鹿しさでも、人間の嫌な部分をデフォルメした根本敬作品の後味の悪さの方が個人的には好き。

車谷長吉『灘の男』・『物狂ほしけれ』・『世界一周恐怖航海記』の3冊
大好きな作家の一人。この人の作品は精神安定剤になる。ある意味尊敬しています。「人が人であることの悲しみを書きたい、それを書くことが文学じゃないか,僕は思っているんですけどね」と氏は言う。もうかなわない。

見城徹『編集者という病い』
尾崎豊との関わり方がとても面白い。尾崎を育て、そして殺した。人間同士のどうしようもない距離感、人と人とはお互いの愛情が深まるほど上手くいかなくなるもの。見城氏はいう、──取り返しのつかないことになってもいい。一歩も二歩も踏み込まないで、なあなあの仕事をするよりは全然いい。返り血を浴びたり関係が悪化することはしょうがないことだから、踏み込め──

児玉清『寝ても覚めても本の虫』
本好きな児玉さんの穏やかな一冊。自分も本好きであることが、良かったと思える一冊。そういえば、本の好きな俳優さんはあまり過剰な芝居をしない。淡々と日常的に演技をする方が多い気がするのは僕だけだろうか。

小林信彦『映画が目にしみる』・『うらなり』・『紳士同盟ふたたび』・『決壊』の4冊
小林作品は、主に映画の本、芸人の本、小説(恋愛と活劇)、自叙伝的な小説、エッセイにわかれる。このうち自叙伝的な小説に関しては、生家の和菓子屋の話と芸能界や出版界の話があるが、和菓子屋関係の方はあまり好きになれない。単純に和菓子作りの話に興味が持てないのと、どうも話が説教臭く感じてしまうからだ。きっと、昔を懐かしんだり、愛おしいと思うことに、僕自身抵抗があるのだと思う。でも、和菓子屋関係の作品以外はとても面白い。ほとんど全ての作品を読んでいる、好きな作家の一人。

坂手洋二『屋根裏・みすず』
同年代の坂手さんの戯曲。やはり同年代と言うのは、相手が何を考えているのかが非常に気になる。彼とは一二度言葉を交わしたことがあるけれど、彼の方が一方的に喋り続けていた記憶がある。この年代の演出家はどうもよく喋る人が多い。作品としては、あまり驚かなかった。

佐野洋『事件の年齢』・『葬送曲』・『推理日記PART3』・『不逞の輩』・『歩け、歩け』・『寄り道したり眺めたり』・『小の虫の怒り』(嶋有作品と並んで、昨年読んだ中では最多の7冊)
昨年初めて知った作家のひとり。ふと立ち寄った本屋で立ち読みをしていて見つけた。本田靖春さんと同じ読売新聞出身。「死」や「老い」という問題を扱った作品は秀逸で、とくに短編がいい。

沢木耕太郎『世界は使われなかった言葉であふれている』・『愛という言葉を口にできなかった二人のために』・『246』の3冊
沢木さんはノンフィクションもの、映画&本&散歩などのエッセイもの、日記物、小説にわかれると思うけれど、やはりノンフィクションもの、特にスポーツものがずば抜けて面白い。
この人の作品もほとんど読んでいる。

椎名誠『まわれ映写機』
椎名さんはたまに読みたくなる作家。初期の作品の『哀愁の街に霧が降るのだ』がもの凄く良かったので、それ以降の作品はどうしてもそれより落ちてしまう気がするのは僕だけだろうか。

芝山幹郎『映画一日一本』
映画を一日一本見るのは凄いことだと思う。僕がいちばん見ていた時期でも年間200本が最高。でも最近、年間600本観ているという人に会ったけれど、ほとんどがDVD。DVDと映画館で観るのはまったく違うと思っている僕には、どうも納得がいかない。映画館で見た映画が、DVDで観るとつまらなかったり、逆にDVDで面白かった作品が映画館で再見するとどうも良くなかったりもする。これはスクリーンで観る緊張感と自宅でリラックスして観賞する違いがあるのと、テレビやパソコンの画面ではロングショットが効かないなどの理由がある。DVDを映画といってもいいのだろうか。

新潮社編『小林秀雄・人生の鍛錬』
小林秀雄が好きだ。僕は20代までは中原中也が好きだったけれど、30歳を過ぎたあたりから、小林秀雄の生き方に共感するようになった。中原中也のヒリヒリした感じと小林秀雄の達観した感じ。どちらも好きだけど、ヒリヒリしたままで歳はとれない。ヒリヒリしたままだと、みな早死にをする。僕はやっぱり長生きをしたい。しかし、いくつになってもヒリヒリ感に胸がきゅっとなり、憧れる。

関本郁夫『映画人列伝』
関本監督とは、以前テレビドラマで仕事をさせて頂いたことがある。わりと柔軟な監督だったイメージがあったけれど、この本を読むと、硬派以外なにものでもない。実際の人物と筆を持ったときの人物像があまりにも違うことに驚く。どちらも関本氏なのだと思うけれど、いったいどちらが本人に近いのだろうか。

立川談志『昭和落語家伝』
芸人の話は好きだ。その孤独感と破滅性。常に人に愛されたいと思いながら、他人と一緒にされてたまるかといつも思っている、非常にバランスの悪い感じが面白い。そのバランスの悪さに自分を重ねてみたりして僕は楽しんでいる。談志の傑作『現代落語家論』にある「落語は業の肯定である」という言葉はいつまでも残ると思う。

田中未知『寺山修司と生きて』
寺山修司についての本は数多くあるけれど、これがいちばん面白い。寺山修司を愛し、最後まで一緒に居続けた女性、田中未知。本書の最後、「寺山修司への25の質問」として彼女はこう記している、「あなたがこのつぎ生まれてくる生年月日を教えて下さい」と。寺山修司が唯一結婚をした女性、九條今日子さんの『ムッシュウ・寺山修司』と読み比べるとより一層面白さを増す。九條さんは、アーティストとしての寺山修司を、田中さんは人間として彼を愛していたように思う。

たむらまさき&青山真治『酔眼のまち──ゴールデン街1968〜98』
いまや映画界の名キャメラマンたむらまさきに映画監督の青山真治がインタビューした本。もっとドロドロとした映画界の人間関係を期待したのだが、意外にアッサリとした内容だった。映画界のドロドロはあまりみんな語りたがらない。それはきっと、あまりにくだらないことが多すぎるからだと思う。でも、ものすごくくだらないことが、作品を左右する大問題になってしまうのが映画界。青山真治が監督、たむらまさきが撮影を担当した映画「ユリイカ」を見てみた。217分の大作は近年まれにみる傑作だった。

団鬼六『枯木に花が』
団さんの官能小説は好きではないけれど、エッセイや自伝的要素の強い小説のたぐいはほとんど読んでいる。とてもくだらないことをバカバカしくも悲しく描く団鬼六。以前読んだ、将棋界のアウトローを描いた『真剣士・小池重明』は傑作。

都筑政昭『黒澤明と「七人の侍」』
七人の侍のメイキング本。もはや主役の七人侍全員が鬼籍に入っているいま、当時の撮影風景を知ることができる貴重な一冊。衣装プランのスケッチなども載っていて、黒澤明を研究するにはとてもいい入門書。それにしても「七人の侍」は今見てもじゅうぶんに面白い、まれに見る大傑作映画だと、今さらながらに思う。

十河進『映画がなければ生きていけない1999-2002』・『映画がなければ生きていけない2003-2005』
十河進さんは、ほんとうに映画を語るのが好きな方。こんな方が居たのかと思い、ものすごく嬉しくなった二冊。久しぶりに出会った素敵な映画本。十河進の映画の話が、また読みたい。映画好きは是非どうぞ。

毒蝮三太夫・塚越孝『落語にラジオ』
毒蝮さんと立川談志の関係は面白い。お互いに愛情を持ちながら、けなし合う。男同士という、今では考えられない関係だ。今なら悪口を言うと、すぐ嫌われていると勘違いする輩が多い。僕は思う、本当に嫌いな人間には悪口すら言わないのが人間ではないのか。褒めあってばかりの人間関係はまったく信用できないと思う。

中森明夫『女の読み方』
本書によれば、瀬戸朝香は全国四千校の中学校を廻ったアイドルおたくの女性スカウトマンによって発見されたそうだ。これはもの凄いことだと思う。中森氏も言っているが、僕もこの女性スカウトマンに興味を持った。この世には、まだまだ面白い人間がうじゃうじゃといる。中森氏は本書でこうも言う「闘っている女は美しい!」と。まったくもって同感である。

永沢光雄『恋って苦しいんだよね』・『風俗の人たち』・『愛は死ぬ』の3冊
読み終わったあと、寂しさとやるせなさと僅かな勇気を与えてくれるのが永沢作品の特徴。アル中の中年作家で、「恋って苦しいんだよね」は遺作、「愛は死ぬ」は絶筆。壮絶なハズなのに、あまり壮絶さを感じさせない永沢さんの作品には随分と助けられた。この人のような文章が書けたらなぁ、といつも思っている。永沢作品も全て読んでいる。

長嶋有『パラレル』・『泣かない女はいない』・『猛スピードで母は』・『ジャージの二人』・『タンノイのエジンバラ』・『夕子ちゃんの近道』・『いろんな気持ちが本当の気持ち』の6冊
この作家の小説には不思議な魅力がある。読み始めたら止まらない、一冊読み終えたら、すぐに次の作品が読みたくなる。気がつくとりっぱな長嶋中毒になっている。特に短編は傑作揃い。

長友健二+長田美穂『アグネス・ラムのいた時代』
アイドルと時代の関係性が好きで、個人的によく調べたりしている。時代を語る上で、アイドルの存在は欠かせない。そのアイドルの内側に時代の光と闇が垣間見える気がするからだ。中でもあの酒鬼薔薇聖斗が犯した神戸連続児童殺傷事件とモーニング娘。の登場が、同じ年だったということを知ったとき、非常に興味を持った。

西村雄一郎『黒澤明封印された十年』
名作「赤ひげ」以降、黒澤明はなぜ作品を作れなくなったのか、なぜ人間を描けなくなったのか。それを解き明かしてくれる作品。作家と時代を考える上で、とても役立つ一冊。

馬場康夫『エンタメの夜明け』
東京ディズニーランドを作った男達のプロジェクトXもの。ものごとを成就させようと思ったら、やっぱり政治力は必要なのだと思い知らされる作品。そこに行きつきたいとは思わないけれど、必死になって政治力を駆使する男達の話は、読んでいて飽きない。

久美沙織『コバルト風雲録』
コバルト文庫の作品は一冊も読んでいないせいか、あまり感情移入できずに終わってしまった。

平田オリザ『東京ノート』
ちょっと平田オリザを征服してみようと思い立ち、試しに読んでみた。だけど、平田氏の戯曲はそこにもう演出が入っていて、なかなか自分の切り口が見つからない。自分の切り口が見えない以上、オリジナルを超えることはできない。そのうちになにか違った見え方がするまで読み続けるしかない。

藤沢周平『風の果て』
藤原氏の作品は最近よく映画やドラマになっているけれど、本から伝わる藤沢周平の世界と、映画やドラマから伝わる藤沢周平の世界では、あきらかに開きがありすぎる。藤原作品の登場人物達はいたって平凡で、決して格好良くはない。もっと無名の俳優さんを使った方が作品の意図が繁栄されると思うのだが・・・。

保阪正康『自伝の人間学』
この本を読んで、自分には自伝は書けないとつくづく思った。保阪さんの処女作、『死なう団事件』という作品は、宗教団体の在り方を考えさせてくる傑作である。

穂村弘『短歌という爆弾』・『世界音痴』・『手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)』
好きな作家、長嶋有がエッセイで薦めていたので読んでみた。しかし、彼の作品を読んで思ったことは、やはり桝野浩一は天才だったということ。なぜか、桝野浩一の才能を再認識させられた作品。

本田靖春『我、拗ね者として生涯を閉ず』
本田さんの遺作となってしまった作品。姿勢を正して読む。本田さんは怒っている、日本に、人間に、自分自身に。なんだかこちらまで、本田さんに叱られているような気になる。本田さんごめんなさい。明日からしっかりと生きていきます。そう思いながらページを捲り続けた。

前川麻子『すきもの』
この作品には、同姓同名の俳優さんが登場している。小説の中ではAV男優になってはいるけれど、この作品をその俳優さんが読まれたとしたらどうなのだろう。僕なら笑ってすませるけれど、仮に織田祐二なら怒るだろうなぁ、と思いながらついつい最後まで読んでしまった。

枡野浩一『一人で始める短歌入門』『あるきかたがただしくない』『結婚失格』『かなしーおもちゃ』
桝野浩一はしつこい。思いっきりしつこい。女性のようにしつこい。そこが面白い。もちろん言葉遣いは天才的だし、短歌も目をみはる作品が多い。でもしつこい。こんなにしつこくされたら僕が女房でも逃げ出すに違いない。自らの離婚に関して、自分の方に非はないと言っているが、あのしつこさは十分に非に値すると僕は思う。しかし、そのしつこさが面白くてたまらないのも事実。

丸谷才一『横しぐれ』
これは佐野洋さんが傑作と褒めていたので読んでみた。「しぐれ」という言葉が「死暮れ」なのではないかという推理には驚いた。それにしても「死暮れ」とは、なんていい言葉なのだろうか。

美濃部美津子『おしまいの噺』
作者は古今亭志ん生の娘で、馬生と志ん朝の姉。もっと色っぽい話を期待したのだけれど、身内賛歌になってしまった感じがした。最近、枕元で落語を聞きながら眠りにつくことが多い。志ん生の落語がいちばんシアワセな気分で眠りにつくことができる。

本橋信宏『欲望列島』・『心を開かせる技術』・『エロ師ヒビヤンの日々涙滴』の3冊
本橋信宏には『裏本時代』『AV時代』という二本の傑作がある。やはりこの二冊にはかなわないけれど、その他の作品も平均以上に面白い。アウトロー好きな本橋氏ならではの目線の位置には、いつも感心されられる。

森達也『世界を信じるためのメソッド』・『東京番外地』・『王様は裸だと言った子供はその後どうなったか』・『ぼくの歌、みんなの歌』
森さんとは28年前に映画「シャッフル」で共演したことがある。だから勝手に同士っぽい感じで、作品を読んでしまうことが多い。ロックが好きで、サブカルが好きで、アウトローに興味を持ち、どこか自分を卑下しながら生きている。読めば読むほど頷く回数が増える。ニール・ヤングがお互い大好きと言うだけで、森さんのことは信じられる気がする。

山崎ナオコーラ『人のセックスを笑うな』
ナオコーラという名前に惹かれて手に取ってしまった一冊。著者名と作品名のほうが中身よりもインパクトがあった。

山崎洋子『天使はブルースを歌う』
この本はたしか、横浜メリーさんのことを知りたくて読みはじめたと思う。「ゴールデン・カップス」という、日本の不良ロックバンドの軌跡を辿った作品。彼らが歌った「長い髪の少女」は、幼い頃、姉がよく歌っていたのを聞いた覚えがある。しかし、不良バンドの彼らは、この曲を歌うのがとても嫌だったという。他人の手によって作られたモノに唾を吐きかける男達の我が儘な生き方に乾杯。

吉田豪『男気万字固め』
この本を読んで、張本勲がまた好きになった。吉田豪はアウトロー的な男気のある人物がほんとうに好きらしい。人を馬鹿にしているのか、していないのか、どちらかわからない胡散臭さが面白い。

吉田修一『パーク・ライフ』・『最後の息子』・『女たちは二度遊ぶ』・『春、バーニーズで』
『最後の息子』というタイトルに惹かれて読んでみたら、まんまとハマってしまった。この作家の人との距離感の取り方が好きだ。近づくでもなく、突き放すでもなく、言いたいことを言えないでもなく、言うでもなく、なんとなく漂流している。そんな感じがとても今っぽいかも知れないけれど、なんだか懐かしい気もする。今後も読み続けるであろう作家の一人。

吉村萬壱『クチュクチュバーン』『ハリガネムシ』の2冊
『ハリガネムシ』の中に入っている、もう一つの短編「岬行」はちょっと映画にしてみたくなった。幾つになっても、どこにいっても窮屈な人間関係。やりきれない気持ちを抱えながら、ダラダラと生き続ける男と女。先が見えず、毎日を消耗していくだけの人生。養護学校に勤務する吉村氏は、どこか車谷長吉と同じ匂いがする。

去年はこれらの本によって、心を豊かにして貰った。今年もたくさん本を読みたいと思う。
  ある人がこう云っていた。文芸、特に小説には、人がこの世で遭遇するさまざまな出来事(地理)と、そのよって来る所以(歴史)が描かれている。したがって、小説さえ読んでいれば、人生の道を大きく踏みはずす恐れはない、と。


2008.2.2 掲載

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