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第123回  オナラ攻撃

中年になってからというもの、ものすごくオナラが出るようになった。中年になると何故オナラがよく出るのか、それについて嵐山光三郎が何かの本に書いていたけれども、忘れてしまった。そう、激しい物忘れ、これも中年の特色。そこに親父ギャグが加われば、もう中年そのもの。オナラと物忘れと親父ギャグ。これで、あなたも立派な中年です。

中年のオナラは臭い。なんともしれない悪臭に、自分から出たものなのに辟易することがよくある。あまりの酷さに、この子は私から出たモノではありません!!思わずそう叫びたくなることもしばしば。

先日、渋谷の大型CDショップに行った。平日の昼間とあって、客は少なく、ゆっくりとお目当てのCDを吟味していた。そこへ、店内に流れる音楽とは別のシャカシャカという音が耳に入ってきた。そう、あのipodから洩れる音だ。それにしてもでかい。CDショップは普通、店内に音楽が大きめの音量で流れている。その店内音楽より、シャカシャカ音の方が大きいのだ。これを聞いている本人の耳には、きっと爆音に近い音が鼓膜を刺激しているに違いない。音の発信元を辿っていくと。5メートル前方のDVDコーナーに立っている若いギャル風の少女から発信されていることが判明。

初めは我慢していたが、あまりの音量にだんだん腹が立ってきた。仕方がない、こらしめよう。彼女の耳に外部からの音が聞こえないことをいいことに、号砲一発、大音量のオナラをかましてやった。もちろん当人に気づかれることなく、襲撃は終わった。

問題はここから。そのオナラがなんともしれん臭さなのだ。都合良く、彼女はこちらの存在に気がついていない。そのまま身をかがませ、遠く離れたレジまで避難し、彼女の動向を探る。周囲の悪臭に気づいた彼女は、辺りをキョロキョロし出した。どうやら、匂いの源を探っているようだ。しかし、周りには誰も居ない。次にとった行動が可笑しかった。耳からイヤフォンを外し、ipodを停止させたのだ。なんだろう、そんなことをしたところで匂いは消えるわけないし、どうにもならないのに、彼女はそうした。そして、あらためて悪臭の存在と、周りに誰も居ないことを確認すると、驚いたように急ぎ足で階下に去っていったのだ。なんだか、こちらは悪人を退治したヒーローのような気持ちになり、むふふふふ、とほくそ笑んだ。どうしようもない中年だ。

みなさん、中年には要注意。周りに誰も居ないのにオナラ臭がしたら、そこには間違いなく中年の悪意が介在しているはず。こんな中年に誰がした、そう嘆いてみても始まらない。普段は、表通りを歩きながらブリブリと落としているオナラ。これだって、どこかで迷惑を被っている人がいないとも限らない。今後は、その匂いの行方に少しは気を使ってみた方がいいかもしれない。そうしないと、そのうち「中高年によってもたらされる、オナラ被害の会」なるものができてしまうにちがいない。残り少ない人生、あまり人に迷惑をかけずに過ごすことにしたいものだ。

自分が中年になれば、いつしか子供たちも成長を遂げている。今年で長女が24歳、次女が22歳、長男が19歳。みんな知らない間に大きくなった。昨年、長女が千葉の母親のところへ戻り、代わりに今年の4月から長男が東京に住むことになった。これで我が家はB型ばかり、みんなマイペース、みんな自分勝手。なので、家族全員が揃うことはほとんどない。気がつけば、みんなどこかに行っている。

一月くらい前、次女とうどんを食べに行く約束をしていた。場所は高田馬場。昼の12時に家を出発することになっていたのに、時間になっても次女が現れない。彼女の携帯に電話をすると、なんと名古屋に居るという。うどんの約束の話をすると、「そういえばさっきからうどんが食べたいって思っていたの!だから今から従兄弟と味噌煮込みを食べに行くの!!」、と約束を忘れていたことなどお構いなし。高田馬場のうどんが、いつ名古屋の味噌煮込みになったのだろう。怒りを通り越してあきれてしまった。

つい最近もしばらく次女の姿を見ないなぁ、と思っていたら、沖縄まで合宿で車の免許を取りに行っていたという。恋愛好きの彼女は、沖縄でも恋をし、そして別れて帰ってきた。帰京してからの数日は、顔を合わせれば、いかにそれがいい恋であったか、いかに辛い別れであったか、いかに男は優柔不断で、いかに女はたくましいか等々、恋愛に関する話ばかり。で、別れてさばさばしているのかと思えば、机の下でメソメソ泣いていたりするから始末が悪い。とにかく、彼女の恋愛話は家族の中で知らない者はいない。

次女と違って秘密主義なのが、長男。この男、次女の賑やかさが苦手で仕方がない。次女のことを、天下の変わり者、嫌いな人間の一人、と常に言っている。次女が恋話を大胆に披露するもので、息子の方は恋話を一切語らない。どこでどう恋愛をしているのか誰も知らない。でも、長男の友達をとっつかまえて聞き出した情報によると、どうやらモテてはいるらしい。少しくらい話してくれてもいいのに、ネタにされては堪らないと思っているらしい。第一、一緒に暮らしているにも関わらず、家の中ですらあまり会うことがない。

そのかわり下北沢を散歩しているとバッタリ会ったりする。「おお、何してるんだ?」、散歩中は無防備なので、家族といえど多少は緊張する。帰ってきた返事は「別に」。沈黙になりそうなので、何か話そうと「飯喰ったのか?」、とさっき食べたばかりなのに昼飯の打診をすると、「まだ」と言うので、これまた流れで「飯でも喰うか?」。もちろん親と一緒に飯屋には入りたくないだろうことを見越していったのだが、あっさり「いいよ」と返って来た。仕方なく、軽いものをという期待を込めて「何食べる?」と訊ねると、返事は「カレー」。うーん、重たい。昼飯を食べた上にカレーは重たい。メタボになってしまうではないか。

それでも、近くの美味しいカレー屋に突撃。いつもは大盛りを注文する息子が、ふつう盛りを注文。どこか具合でも悪いのかと訊ねると、「さっき昼飯食べたから」とのたまう。おいおい、「さっき昼飯はまだだって言ったじゃないか」とつっこむと、「うーん、さっきはそう思ったんだ」とわかのわからない返事。男の親子の会話はなにかハジけない。しかし、さっき食べたばかりと言ったわりには出てきたカレーを食うスピードはものすごく速い。まるで二、三日何も食べていなかったかのように、こちらが一口二口ゆっくり口に運んでいる間に、あっという間に完食。おまけにこちらの食べ残しまで平らげた。もちろん食事は奢ってあげるつもりで入ったのだが、事務的な「御馳走様」しかない。もう少し、こう、美味しかったねとか、よか味でござんした、とか何か付け加えて欲しい。

こんなとき次女は凄い、どれだけ美味しかったのかをオーバーすぎるくらい表現し、その上、父親より早くレジの前にスッと立ち、財布を取り出し、こんなに美味しいのだからここはワタシが、とのたまう。もちろん支払う気などゼロだ。しかし、これがいい。たとえ払う気がなくても、オーバーに支払う格好をするだけ可愛い。そういえば、小学校の作文でよく書かされる将来の夢。長男は「げんじつとゆめはほどとおいのさ、サラリーマンがかくじつでいいかもしれない」と書き、次女は「売れない画家がいい、売れると鼻が高くなるから」と書いた。クールな長男に、賑やかな次女。長女の話はまた今度。



2008.5.19 掲載

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