ロゼッタストーン コミュニケーションをテーマにした総合出版社 サイトマップ ロゼッタストーンとは
ロゼッタストーンWEB連載
出版物の案内
会社案内

第124回  痛みの優先順位

静岡県の浜松市で鍼灸師をしている友人がいる。バネ指は鍼で治る、と彼がいうので、上京したさいに自宅で治療を施してもらった。なんでもバネ指は肩胛骨の下あたりのコリが原因だとかで、そこをやっつけないと、たとえ西洋医学の注射治療で治っても、また再発する可能性が高いそうだ。

時間にして30分程、彼の鍼が身体の中に容赦なく何本も入ってくる。最初はズーン、途中からはピキッ、ピキッと心地いい刺激。イタ気持ちいいとはまさにこれ。自分の中に眠っていたマゾの気質がついつい顔を出す。もっと打ってー、と思わず甘い声が漏れる。治療中は動かないで!!鍼を持った先生に叱られる。

ときに先生の鍼はちょうどお尻の辺りをさぐっていた。鍼の刺激でお腹がゆるみ、オナラが出そうになる。しかし、いま放屁すると、先生にモロかぶりになってしまう。それは避けてあげたい。でも、我慢しようとするとお尻に力が入り、そのたびに、力を抜いて下さい!!と言われる。力を抜きたい、でも抜くと出てしまう。で、力を入れる。すると叱られる。困った。身も心も困った。ついに我慢の限界が訪れた。

 「先生!オナラが…」
 「ええっ!!今は勘弁して下さい!!目と鼻の先に顔がある!!!」
 「じゃあ、離れて下さい!!今すぐ玄関まで避難して下さい!!!」
  先生は鍼を持ったまま緊急避難。
  ばぼぼぼぼぼぼぼぼぼっっっっっっ!!!!!!!
  轟く爆音。
  玄関で呆然と立ちすくむ先生。
  一気に力が抜け、なんともしれない癒しが己の躰を包む。

 「先生、終わりました。もう大丈夫です」
 「臭いは?」
 「大丈夫です、微香です」
 「了解しました。では三分後に再開します」
  治療はとどこおりなく終わった。鍼を打った後は、躰が緩むせいかものすごい睡魔に襲われる。先生が浜松に帰った後、爆睡。ドロドロに眠った。

それから数日後、バネ指はほぼ完治に近い状態で治った。さすが東洋医学、と針治療の効果に拍手を送っていたら、今度は久方ぶりに腰痛が再発。このまま放っておくと、ぎっくり腰になるのは必至。早めの対応をと思い、近所の整骨院でまたまた鍼を打ってもらうことに。

ここでも困ったのが屁意(こんな言葉があるのかどうかしらないが、尿意とか便意とかあるのだから、かまわないだろう)。自宅とちがい、あくまでもココは医院。他の患者さんもいる。打ってくれる先生との仲も、治療中の放屁を許して頂ける関係ではない。ここで豪快に放屁するわけにはいかない。しかし、お尻に鍼が刺さるたびに、ムズムズして我慢の連続。あまりに顔をしかめるので、鍼が痛いですか?と問われる始末。

 「すみません、ちょっとトイレに…」
  急いで刺さっていた鍼を抜いてもらいトイレに直行。後ろ手に扉を閉めたとたん。
  ばぼぼぼぼぼぼぼぼぼっっっっっっ!!!!!!!
  轟く爆音。
  あー、危機一髪。あやうく扉が閉まる前に出てしまうところだった…。

何喰わぬ顔でトイレから出て、治療の続きを開始。
  ガスさえ出てしまえば、もう大丈夫、すべての力を抜いて身をゆだねた。と、このとき、他の患者さんがトイレに入った。扉を閉める音に続き、ジャーと水が流れる音が診療室に響いた。し、しまった!!さっきは水を流さなかった!!水を流さなかったということは、爆音が室内にも聞こえていたに違いない!!!うううんんんんん、恥ずかしい、恥ずかしいことこの上ない!!!!水を流さなかった己が恨めしい。

それからの治療は恥ずかしさとの闘いだった。心地よい針治療に巨大自己嫌悪が覆い被さってくる。早く家に帰って布団にくるまって泣きたい!!ただただ時間が過ぎ去るのを待つ。それしかなかった。

しかし、そんな苦労のかいもなく、腰痛はまったく治らない。続けて鍼治療に出かけたいのだが、とてもじゃないが恥ずかしくて行けない。次に行ったらきっと「ねえねえ来たわよ爆音野郎が…」と看護婦さんの間で囁かれるのは必至。ほとぼりが冷めるまでしばらくは腰痛と仲良くしていくしか手はない。困ったものだ。

それにしてもやっとバネ指が治ったと思ったら、思い出したように腰痛がやって来たので、そのことを浜松の鍼灸師の友人に訊ねてみた。
 「それは痛みの優先順位なのですよ」
  とおっしゃる。そうか、それはよくわかる。今年の頭、脳・髄膜炎で入院したとき、慢性の腰痛はまったくと言っていいほど出なかった。退院してからも、体調復帰に力を注いでいたので、腰に気を使っている余裕がなかった。その後、体調が戻り始めたら、軽い鬱になり、そのままバネ指になって、なんとか元気になって来たら腰痛。そう考えると、腰痛は元気になった証拠かもしれない。躰が日常レベルに戻っただけではないのか。きっと、そうだ。己の躰において、腰痛は日常的で、腰痛がないときの方が非日常なのだ。そう考えると、腰痛ウェルカムだ。あまりウェルカムしたくはないのだが、ウェルカムだ。それでいい。痛みの優先順位のいちばん軽いのが腰痛だと思えばいいのだ。

痛みの優先順位があるなら、悩みの優先順位もある。人間はいつも大小様々な悩みを抱えている。その悩みの優先順位をいつも無意識、あるいは意識的につけている。そして、一つ一つクリアーしていく。で、気がつくと、何年かして悩みが一巡し、また初めの悩みに戻っている。そんなことを繰り返しているように思う。

しかし、困ったことに、悩みというものは一度にどっと押し寄せてくることもある。これがやっかいだ。思い切って一度に全てを解決しようとしてドツボにはまったり、何も解決していないまま次に進み、悩みの累積赤字を出すことも少なくない。まぁ、そうならないように、一つ一つ丁寧に悩みに向き合うことが、人生においてのコツのような気がするのだが…。言うは易く、行うは難しである。頑張ります。



2008.5.30 掲載

著者プロフィールバックナンバー
上に戻る▲
Copyright(c) ROSETTASTONE.All Rights Reserved.