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第128回  北京オリンピックを見ていて思うこと

暑い夏、北京ではオリンピックが始まっている。世界中のアスリートたちの、ずば抜けた集中力とメダルへの執念。その瞬間をこの目で見ることができる喜びは、何事にも代え難い。

北京を目指して四年間。練習に明け暮れ、心身共に鍛え上げた結果を大舞台で発揮する。できればどの選手にも公平な応援と拍手を送りたいのだが、どうしても種目によっては、特に日本で人気の少ないスポーツは、我が国、日本を応援してしまう。

野球やサッカー、バレーボール等の日本ではメジャーな人気種目は、勝敗にこだわらずに、わりと冷静に試合運びなどを分析しながら観戦できるのだけれど、ホッケーやアーチェリー、自転車等のあまりテレビ中継されないマイナーな種目はもう大変、自分が応援しなければ誰がするのだと、応援しなければならない使命感に駆り立てられ、思わず手に力が入り、そのまま血管が切れてしまうのかというくらいの大声を張り上げる。いきなり愛国心の塊のようになってしまう自分が情けない。

自国を熱狂的に応援し、相手国にはブーイングを浴びせる人間に対し、ものすごい嫌悪感を抱く自分が、テレビの前では、相手国に対して「負けてくれ!!」と願うのだから始末が悪い。こんなことはオリンピック以外の時には絶対にない。自分の中でもオリンピックは特別なものなのだろう。

試合が終わった途端に、熱狂した自分に対し、激しく落ち込んだりする。今回のオリンピックでもいくつかの競技で、開催国のブーイングや呪詛的な言葉によって試合が左右されたりした。何が怖いって、集団心理ほど怖いものはない。人間の思いは、プラスに行くよりも、マイナスに傾いて行く方が、力は増大する。とくに、敵を見つけ、それを陥れようとするマイナスの力のもとには、人間はすぐに集結し、あっという間に拡大する。普段はあまり大勢になびかない性格の自分だけれど、小さな勢力にはなびきやすい性格かもしれないと、オリンピックの季節が来るたびに思う。

だから、純粋にスポーツとして観戦できるのは、国内試合か、日本が出場していない種目に限る。今年の6月に開催されたサッカーのユーロ選手権なんかは、素直にサッカーの素晴らしさに興奮し、楽しむことができた。毎日の試合が好カードばかりで、ヨーロッパの早くて華麗なサッカーに酔いしれることができ、テレビに向かって何度も拍手を送った。

でもこれって、どうなのだろう。自分の国が出て負けると嫌な気持ちになるのは、きっと自分が負けたような気持ちになるからで。自国が出てないから安心できるのは、どこか他人事の感があるからに違いない。

これは戦争でも同じことが言えるかもしれない。オリンピックと戦争を同じように語ってはいけないけれど、あえて云うと、自国が戦争に参戦するのとしないのとでは状況が全く違ってくると思う。今回のロシアとグルジアでの出来事も、日本にいるとどうしても、どこか他人事のように感じてしまうからいけない。そんなことでは駄目だと思いつつも、詳しい情報が入らないのと、この日の本からは遠い国の出来事と云うことで、最初は関心があるのに、ちょっとすると明日の晩飯の献立の方に気がいってしまう。

自分のところに火の粉が降りかからないと、人は気がつかない。そしていったん火がついてしまうと、マイナスの方に怒濤のように転がっていく。敵を絞り込み、そこに向かって徹底的に攻撃する。人間は愚かで臆病で、同じことを繰り返す。繰り返してはいけないことはわかっているのに繰り返す。なんと業の深い生きものだろうか。マイナス方向に向かう力を緩和させるにはどうしたらいいのだろう、と思っていたときに、鈴木邦男と川本三郎の対談集「本と映画と『70年』を語ろう」の中で、次のように云っていた。

川本「喜怒哀楽って言葉がありますね。これはやっぱり人間の四つの感情なんですけど、右翼も、極左の極端な人たちも、喜怒哀楽の中で持っているのは、おそらく怒りと悲しみですよね。」
鈴木「ほう。」
川本「楽しみとか、喜びがない。だから息が詰まっちゃうんですね。まあ、それはユーモアがないということにも通じるんですけど。ユーモアとか笑いというものは、人間がどんなに追い詰められた場面でも、何とか生きようとする力になるエネルギーでしょう。ところが、怒りとか悲しみというのは、それをむしろ死のほうに引きずり寄せていく感情ですよね。極石も極左も、その点で似ていると思いますね。」

やはり、最終的に人間には笑いが必要なのかもしれない。戦争が始まると、なぜか喜劇が流行るという。今の日本は息が詰まっちゃうから、笑いが流行っているのだろうか。うーん、わからない。でも諦めずにいろいろ考えよう。この国の、この世界の行こうとしているところはどこなのか。行き着く場所は、どんな世界がいいのか。そのために自分は何をしたらいいのか、何ができるのだろうか。明日のことを考えるように、考えよう。答えが出なくても考えよう。

そういえば、今日は終戦記念日、暑い夏はもうすぐ終わる。



2008.8.20 掲載

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