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第130回  男二人旅

友人のW氏とは長年の風呂仲間。正確に言うと、風呂仲間だけではなく、演劇仲間であり、神社巡り仲間でもある。

9月8日、月曜日、浜松で鍼灸師をやっているW氏のところに新幹線で向かった。御歳42歳になるW氏との付き合いは、今年で15年になる。
  1993年、某制作会社の一室で会ったのが最初。その後、僕の芝居に役者として出演していただき、それが大きな縁となって、それ以降の作品には、演出助手や脚本家として、僕の作品に関わってくれた。
  昨年の夏の福井での芝居公演でも、わざわざ愛車を飛ばして駆けつけてくれて、長年に培ってきた演劇力と鍼灸の技術を駆使し、キャスト・スタッフのモノヅクリの面と身体のケアの両面に精力を注ぎ込んでくれた。

そんな彼が、昨年の暮れ、実家の浜松に帰ることになった。生まれ故郷で、身を固め、鍼灸の診療所を開き、今後は、鍼灸に精力を注ぎながら、年老いたご両親の面倒を看ていくことになると云う。
  また友人が一人東京からいなくなる。寂しい、実に淋しい。これからは彼と会う機会もグンと減ってしまうに違いない。そうなると二人で身軽に銭湯に行くことも少なくなるだろうと、二人で旅行に行く計画を練っていた。

行き先の候補は、出雲大社、熊野詣で、伊勢参りの三カ所。第一候補は出雲大社。現在、平成の平成25年5月の大遷宮に向け、仮の拝殿に御神体を遷され、国宝の拝殿が一般公開されることになった、と何かで読んだ。前回公開されたのは1949年頃、この機会を逃すと拝殿を拝観できることは一生ない。これは行くしかないと、下調べを進めていくと、ホームページに拝観心得なるものがあり、そこに服装の注意事項が書いてあった。

● 御本殿は最も神聖なところです。服装は下記を厳守してください。
襟・袖付きシャツ、長ズボン、スカート、和装、靴等(但し、Tシャツ、ジーンズ、ジャージ、短パン、カーゴパンツ、短いスカート、スパッツ、作業着、サンダル、ミュール、裸足等は不可)

別にふざけた格好をするつもりは全くないけれど、いちいち服装を指定されることに腹が立つ。神様が人間の格好をとやかく云うわけ無いじゃないか、と子どもみたいな理由により、今回は出雲に行くのを止めた。

で、つぎなる候補は熊野と伊勢。
  まずは熊野。ここはとにかく遠い。時間がかかることこの上ない。陸の孤島とはよく言ったもので、二泊三日では、とてもじゃないけれど廻りきれない。
  それに加え、熊野に足を踏み入れることを躊躇している自分がいる。正直言って、熊野に入るのが怖い。自分の血のルーツに近づくのが怖い。荒ぶる國津神の懐に入るのは、まず出雲に行ってから、という自分なりの強い思い込みがあることも理由のひとつ。
  なので、今回は天津神をお祀りしているお伊勢さんに行くことに決まった。

ここで、國津神と天津神を簡単に説明しよう。國津神というのは、もともと日の本にいらした神様、オオクニヌシの神(大黒様)、イザナギ・イザナミの神、スサノオの神等々、これに対して天津神というのは、アマテラスに代表される天孫降臨した神様たち、すなわち天皇家の祖先と云われる神様たちだ。
  これまで、多くの神社を巡ってきたけれど、國津神系は荒御霊と奇御霊が強く、天津神系は幸御霊と和御霊が強いように感じてきた僕は、國津神系の神社に足を踏み入れるときは、それなりの覚悟が必要だと思いこんでいる。
  とくに紀の国、熊野に詣でるには万全の体調で行きたい。今の自分のように心身ともに弱っている状態のときはあまり行かない方がいいだろう。

新幹線浜松駅に着いたのが午前10:30。改札口までW氏が迎えに来てくれていた。
  まずは駅から歩いて10分程度の所にあるW氏の診療所「カメや鍼灸舎」へ行く。鍼灸のように、人間の気の流れを整える治療法は、その場所の気の流れも重要になってくる。気の流れが悪い場所でいくら治療をしたって、身体は良くならない。しかし、W氏の診療所「カメや鍼灸舎」は場所からして心地いい。窓を開ければ緩やかな風が、近くの氏神様から流れてくる。こんな場所が東京都内にあれば毎週通うのに・・・、ぼんやり柱に貼ってあった一陽来復の御札を見上げていると、
  「鰻でも食べに行きましょうか」
  とW氏。ちょうどお腹も空いてきたので、彼の愛車、フォルクスワーゲン・ポロに乗ってお目当ての鰻屋さんに。

お昼時とあって、お店はまずまずの入り。僕は鰻重、W氏は鰻丼を注文。大の鰻好きとしては、じきに浜名湖名物の鰻が目の前に現れると思うと、嬉しくて堪らない。W氏が囁く。
  「ここの鰻はまずくはないけれど、美味くもないです」
  おいおい、なんだなんだその微妙な進言は・・・これから楽しみにしている食べ物のことをそんな風に言わなくてもいいじゃないか・・・第一、ここに連れて来たのは君じゃないか、美味しくないのなら連れてくるな!とお店の人の耳に入らないようにW氏に言うと、ふふふふ・・・と謎の笑みを浮かべるばかり。
  そういえば注文の時、
  「みそ汁にしますか?肝吸いにしますか?」
  と聞かれたことを思い出した。鰻を売りにしているお店で「みそ汁」はないだろう。鰻には「肝吸い」以外考えられない筈。しかし「みそ汁」もあると言うことは味に自信がない現れではないのか・・・。

そこへ鰻重が登場。蓋を開ける。タレがかかった白飯の上に横たわっている焼き上がったばかりの浜松の鰻。東京のそれと比べると、いささか色が濃い感じ。湯気と共に立ち上がる香りを楽しみながら、口にほおばる。
  美味い!まぎれもなく美味い!!となりのW氏も「あっ!今日は美味い!!」と満足気。なんだなんだ、その「今日は!」という言い方は!! まあ、いいや、こちらとしては美味しい鰻にありつけて満足なのだから。きっとこの店は日によって当たりはずれがあるのだろう、そして今日は当たり日だったのだ。ヨカッタヨカッタ。

お腹も満たしたところで渥美半島の先っぽ、伊良湖に向かう。車に乗って15分を経過した頃、いつもの目眩が始まった。W氏に、「しばらく死んでるから気にしないでね」と断りを入れ、座席を倒し、そのまま昏睡。目が覚めたときは、窓の外に椰子の木が一直線に並び、沿道にはメロンの直売店がシーズンオフの感じでシャッターを下ろしていた。すでに、伊良湖の近くまで来ていたよう。

それにしても、この昏睡というのはやっかいで、その間、寝てはいると思うのだが、寝た気はまったくしない。どちらかというと、「寝る」という感覚ではなくて、「落ちている」感覚で、夢も見ないし、昼寝をした心地よさもない。ただ時間を切り取られてしまった感覚で、正直言ってあまり疲れもとれない。でも、だからといって、寝ないで、そのまま起きているのはもっと辛いのだ。
  こういう身体なので、いつでも横になれる車の旅はストレスが少なくていい。W氏に了解を得て、今回はいつでも遠慮無く昏睡に入ることを許してもらう。

伊良湖からフェリーに乗り鳥羽に向かう。フェリーの客は50人弱といった感じだろうか。船内はガラガラ。よく見ると男二人のカップルなんてウチらだけ。どこからどう見てもゲイのカップルだ。
  ここは大人しくひっそりとしていようと心掛けるのだが、W氏はそんなことはおかまいなし。暇そうな売店の若いお姉さんたちにガンガン話しかける。恐るべし中年パワーに売店のお姉さんたちもタジタジ。僕とW氏の年齢は合わせて90歳。売店のお姉さんたち二人の年齢は、合わせても45歳未満だろう。僕たちは彼女たちの倍も生きている。そのくせ、彼女たちに傍若無人に話しかけ、彼女たちの仕事の邪魔をしている。これではどちらが大人なのかよくわからない。

鳥羽でフェリーを下り、真珠の店には目もくれず、本日の宿、二見浦に向かう。
  ここの宿は天然温泉。まずは風呂。着くや否や温泉にドボン。お風呂は全部で三つ。最初に入ったのは室内浴場やわらの湯。温泉の効用とかはあまりよくわからないが、まずまずの滑らかさ。
  風呂の後は飯。晩の食事は宿泊部屋でとるのではなく、別の部屋になるという。たぶん大広間で宿泊客全員集合して食事になるのだろう、と思っていたら違った。僕たち以外の客は大広間で、僕たちは窓もない別の個室に隔離された。
  きっと、中年男の二人旅の扱いがわからない宿人が、「とりあえず別にしておきましょう」と言って、個室にしたに違いない。二人にしては大きすぎるテーブルに着くと、宿の若い女性が飲み物の注文を取りに来た。
  「御ビールがよろしいですか? それともお酒になさいますか?」
  「すみません、二人とも飲まないので、暖かいお茶をください」
  その瞬間、宿側の女性の気が止まった。

・・・この人たちは、中年で、男同士で、酒も飲まない、・・・ここ伊勢には何をしに来たのだろうか?一体全体、この人たちは何が面白いのだろうか?

そんな心の声が聞こえるような一瞬の空白だった。これで完璧にゲイのカップルに勘違いされた。慌ててW氏が口を開く。

「僕たちゲイじゃないですから」

バカ、そんなこと強調したらよけい怪しまれるではないか、そう思ったけれど遅かった。W氏のことさらの強調に、宿の女性の心中は疑問から確信に変わっていったに違いない。

食事を済ませ、腹ごなしに散歩と洒落込んだ。
  目的は二見浦の夫婦岩。海の中からポッカリ顔を出す二つの岩。天気のいい日はその岩の間から富士山が拝めるという。
  昨年話題になった赤福餅の支店と御福餅の本店が隣同士に並ぶ小さな町中を抜け、海岸線に出た。やわらかい風が心地よく身体に触れてくる。なぜか海風独特のべたついた感じがない。

夫婦岩がちょうどいい感じに拝める場所に小さな神社があった。ここにはなぜか無数の蛙の置物が置かれていて、そのあたりだけヒンヤリした空気が漂っていた。
  こういった、人間が思いを込めてしまったモノが、これでもかと置かれている場所というのは実におぞましい。日本には動物をお祀りしている神社がたくさんあるが、それは大体において仏教が入ってきてからのものが多い。仏教色が強く入っている神社は、いたるところに漢字が多く見られ、どうしてもシンプルさが失われてしまっている。
  本来、神社は実にシンプルなモノなのに、余分なモノが入り込んでしまっている。神と人との対話の中に、人の強い願いや欲望が入り、独特の嫌な感じになってしまうのだ。こういう場所は早々に引き上げることにした方が賢明で、特に夜の時間帯には来ない方がいい。明日の朝一に来て、改めて夫婦岩を拝むことにする。

宿に戻ると、露天である家族風呂が空いているというので、二人で入る。露天といってもとても小さな風呂で、なんだかいかがわしい感じがする。
  「ここは、カップルが交尾をするお風呂ですねぇ・・・」
  とW氏は言う。ふむふむなるほど言われて見ればそうかもしれない。さっきから感じているいかがわしさは、そっち方面のものかもしれない。
  という事は、宿の人にとって、この露天は交尾の風呂になるわけだから、ゲイと勘違いされている身としては、早々に出た方がいいかもしれない。しかし、妙に話が弾んでしまい、風呂から上がったときには、ゆうに1時間は経過していた。宿の人に、「ずいぶんごゆっくりでしたなぁ・・・」と意味ありげに言われた。

宿泊費を少しでも安く上げるために布団は自分たちで敷いた。これだけで一人500円は違う。W氏が、「僕は普段の診察でよくシーツを直すので、とても上手ですよ」と言うのでお手並みを拝見したが、くるんだシーツがブヨブヨと波を打っていて、あまり上手とは言えないベッドメイクだった。
  時間を見ると9時半を回ったところ、明日は6時起床に決め、布団に入り電気を消した。
  酒も飲まない中年男二人、露天の長風呂、早寝・・・宿の人たちが連想していることは大体想像がつくが、そんなことはいっさいなく就寝。

明日の御伊勢参りは、次号へ続く。



2008.9.25 掲載

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