WEB連載

出版物の案内

会社案内

気持ちのこもった社歌に爆笑『川の底からこんにちは』

ご覧のように、まだ学生さんと言っても通りそうな石井裕也監督だが、今、勢いに乗っている若手監督だ。大学の卒業制作だった2005年のデビュー作から国内外で注目を集め、本作に続き5月15日には『君と歩こう』も公開される。

主演の満島ひかりは、『愛のむきだし』、『カケラ』に続き、ここでご紹介するのが3回目になる。別に追っかけているわけではないのだが、海外にくる作品に、よく登場しているということか。三浦大知がボーカルだったFolderにいた、沖縄出身の可愛いい女の子だが、3作ともかなり癖のある役だ。

本作の主人公は、しじみパック工場を営む父の容態が悪く帰郷するが、地元では歓迎されない。駆け落ちした娘ということになっているが、本人には身に覚えがない。それが、あっ!と記憶がよみがえる。家出の際、あまりに大変で、すっかり忘れてしまっていたが、成り行きでいっしょに東京に出て、まもなく別れてしまった男がいた!
  主人公のいい加減さに笑ってしまうのだが、『秘密と嘘』という1996年のイギリス映画によく似たシーンが登場する。主演のブレンダ・ブレシンが名演を見せているが、本作での満島のコメディエンヌぶりもいい。

今年のベルリン映画祭でも観客を沸かせていたが、きわめつけは社歌の合唱シーン。美辞麗句が並んだ従来のものを歌うシーンでさえ笑いを誘うのに、主人公が所信表明として自ら作詞した社歌の、社員一同合唱には拍手もあがった。
  一同と言っても零細企業、パートのおばさんたちが声を合わせて歌う、主人公の気持ちそのままの、やけっぱちのやる気がこめられた社歌は、字幕で意味を知るベルリンの観客にも、可笑しさが充分伝わったようだ。

「日本人は、あまり感情を表さないのでは?」と質問も出たのが、彼氏に浮気され、主人公が怒りを爆発させるシーン。
  東京ではエコを唱えながら、田舎のリアルなエコ的生活には悲鳴をあげるトホホな彼氏に対して、それなりに愛情は持っていたらしいことがわかり、ほのぼのとさせるケンカシーンだ。
  頼りない彼氏だが、実はシングルパパだ。時には娘も連れて3人でデートすることもある。幼いながら悟っているところもある娘とは、気持ちが通いあう主人公だ。それだけに、ケンカに見え隠れする愛情には、見ている方もうれしくなる。

新社歌で、しじみのことを歌った部分でもあるタイトルは、そのまま、どん詰まりの状況でも、やっていこうとする人々をも表し、たっぷり笑えて、晴々と見終えられる佳品になっている。

『川の底からこんにちは』5月1日公開 ■ ■ ■

上京5年で、5つ目の仕事である、おもちゃ会社の派遣社員をやっている佐和子(満島)。その会社で働く、さえないシングルパパが5人目の彼氏となる健一(遠藤)。仕事にも、恋愛にも、夢を抱くこともない。
  しじみパック工場を営む父親(志賀)の容態が悪いという知らせが入り、家を継ぐ決心もつかないまま帰郷する佐和子に、継ぐ気満々で子供(相原)とともに同行する健一だったが…。

 監督 石井裕也
 出演 満島ひかり、遠藤雅、相原綺羅、志賀廣太郎、岩松了 ほか

2010.4.30 掲載

著者プロフィールバックナンバー
上に戻る