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少年が見る“愛”『MUD -マッド-』

見た映画を評価するあまり、未だ見ぬ映画を敵視してしまうことがある。「マシュー・マコノヒー最高の演技!」という宣伝文句の『MUD -マッド-』にも、「ほんとかよ」なんて喧嘩腰だった。『スナイパー・ジョー』のマコノヒーに驚き、そちらを最高の演技と思ったから。

マコノヒーが一躍注目を集めたのは、人種差別に立ち向かう弁護士役の『評決のとき』。その後も弁護士役が何本かあって、そういうイメージが定着した。
  それが、このところ、間抜けな味のある役や悪役が続いている。『スナイパー・ジョー』の獲物一家をしゃぶりつくす悪徳刑事は、はまり役の清潔な弁護士の真逆。その思い切った演技が、ダークなコメディを引き立てた。
  ということで、疑り深く見た『MUD -マッド-』でのマコノヒーがほんとに良かった。『MUD -マッド-』をマコノヒー最高の演技、『スナイパー・ジョー』はマコノヒー新境地と呼び変えてもいい。

『MUD -マッド-』のマコノヒーは、逃走中の殺人犯マッド。タイトル通り主役だが、もう1人の主人公である少年の側から描かれるのが良い。友達とちょっとした冒険に向かう少年という出だしからして、引きつける。名作『スタンド・バイ・ミー』もそうだが、冒険するのが胸に悲しみを秘めた少年なら、なおさらだ。
  少年の心を痛ませているのは離婚に向かう両親。少年が、川の小島に潜んでいたマッドを助けるのは、惚れた女への愛ゆえの犯罪と知らされたからだ。少年は、変わらぬ愛を信じたいのだ。

少年を演じるタイ・シェリダンが、マコノヒーに負けずに良い。得体の知れない男として登場するマッドが、少年を裏切らない男であって欲しいと願う気持ちにさせる。
  アカデミー女優のリース・ウィザースプーンがマッドの犯罪の原因となった女を、ピューリッツァー賞獲得の脚本家・監督・俳優のサム・シェパードがマッドの父親的な男を、それぞれ一筋縄ではいかない人物として演じて見せる。

マイケル・シャノンが、友達のおじさん役なのも面白い。いかつい顔と大きな体のシャノンは、不安定な感じを出すのが上手い。『BUG/バグ』、『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』、『My Son, My Son, What Have Ye Done』(第53回でご紹介)と心の病の人を演じているのも、その個性ゆえだ。
  『MUD -マッド-』のジェフ・ニコルズ監督とは息が合うようで、二コルズ監督のデビュー作以来全3作に出演している。主演だった前2作とは違って、今回は脇役だが、女の子をひっかけて家に連れ込んだりする、教育上大変よろしくないおじさんで、そこに身を寄せている友達もわけありなのだろうと思わせる。

ミシシッピ川の郷愁を誘う風景の中で繰り広げられる逃走劇としてスリリングに見せる『MUD -マッド-』は、その実、少年の成長物語になっている。
  犯罪者となったマッドを大歓迎することはできない女だが、だからといってマッドを愛していないわけではない。両親のことや学校の女の子への恋心含め、少年の思い描くようなハッピーエンドとは違った結末となるが、二コルズ監督はそこに希望の芽を置くことも忘れていない。

『MUD -マッド-』 1月18日公開 ■ ■ ■

ボートハウスに住む少年(シェリダン)は友達(ジェイコブ・ロフランド)と川の小島へと冒険に出る。無人のはずの島には、薄汚れた風体の男(マコノヒー)が潜んでいた。マッドと名乗る男は少年にある契約を持ちかけ…

 監督 ジェフ・ニコルズ
 出演 マシュー・マコノヒー、タイ・シェリダン ほか

2014.1.24 掲載

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