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第94回「忖度(そんたく)する」(その1)


いわゆるモリ・カケ問題*1) で、野党が論陣を張り出した2017年から急に使われることが多くなった言葉である。この言葉の存在すら初めて聞いたという人も多かったようだが、サラリーマンの世界では昔から結構使われていた。

「忖度」は古代中国からの古い言葉で、

  • 他人心有ラバ予(ワレ)之(コレ)ヲ忖度ス(「詩経」)

が有名である。「新釈漢文大系」(石川忠久)では、

  • ・・・他の人に悪い心があれば、私はこれを吟味するという意味である。

と説明されている。

この「詩経」の前後の文脈は定かではないが、注目すべきはこの説明の中に「悪い心」が含まれていることである。本来の「他人心」は「悪い」とは限らないはずだ。

「忖度」を国語辞書で引くと、「おしはかること」というだけの記載が多く、説明不足の印象が強い。日本の辞書が漢語の意味を和語に変換するスタイルで発達してきた名残りである。

独特の語釈で知られる新明解国語辞典(第7版)で、ようやく

  • 自分なりに考えて、他人の気持ちをおしはかること。

となる。しかし、「おしはかる」という言葉自体、現代ではあまり使われない。
そこで、「忖」と「度」を漢和辞典で調べてみる。

  • 「忖」・・・音符の「寸」は脈をはかる形で他人の心をはかる。(漢和新辞典(大修館))

この説明によると、旁(つくり/漢字の右側)は音を表すと言いながら、形も表すとしている。「りっしんべん」(左側)はおなじみの心の意味だから、漢字の種類としては会意*2)とも言えるし、形声*3)とも説明できる。(下図/写真を参照)

  • 「度」・・・これも「はかる」意 (温度、角度などで多用される)

なので、「忖度」は同じ意味の漢字をふたつ組み合わせた熟語なのだ。「はかる」という言葉の範囲が広がっているため、「計画」も同じ構造である。(つづく)


*1) モリ・カケ問題・・・森友学園・加計学園に纏(まつ)わる政治的疑惑問題
*2) 会意・・・六書(漢字の成り立ちを表す)のひとつ。既存の漢字を意味上二つ以上合わせて作られた漢字。(例)林、武など。
*3) 形声・・・同じく六書のひとつ。一方(偏)が意味を、他方(旁)が音を示す。ことにより作られた漢字。(例)河、枝

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【篆(てん)書 [忖](イメージ)】
旁(つくり)の「寸」は元々指で長さを測っている図と解釈され、計測単位の元になった。
(鎌田正・米山寅太郎2001『漢語新辞典』大修館より)

[参考文献]
■石川忠久2000『新漢文体系』明治書院
■和田利政・金田弘『国語要説 五訂版』大日本図書

2018.8.15 掲載



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