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第98回「そっち?」(2)


ところで、「そっち」ですぐに思い出すのが「そっちのせいよ~」という山口百恵の歌(「プレイバックPART2」1978年、作詞・阿木燿子、作曲・宇崎竜堂、編曲・萩田光雄)である。
このように、二人称代名詞として使われる「そっち」には多少の抗議や反論が含まれている。当時はアイドルの歌詞にこのような下卑た言葉を使うこと自体が衝撃的であり、この歌以降、公に使ってもあまり違和感がなくなったと言える。

SNS上での「そっち?」は人称代名詞ではないが、「(こっちの話題ではなく)そっち?」という反論ニュアンスも含まれている。

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距離区分に従って「こっち?」と書くと、相手の指摘をいったんは自分が受け止めてしまうことになる。相手の指示を相手の手許に置いておくことによって指示詞の種類が決まるのが「人称指示説」である。

例えば、自分の背中が痒(かゆ)いので、誰かに掻(か)いてもらうとする。

    相手:「痒いのはここ?」
    自分:「う~ん、もうちょっと上、お願い。」
    相手:「こっち?」
    自分:「あ、そっちの方。」

この場合、自分の背中は至近距離(こっち)に存在するのだが、相手に見えても自分では見えないから、「そっち」(人称区分)が適切なのである。

SNS上では、相手(Bさん)が示している写真はサーバー上にも存在し、Bさんはその画面を見てコメントしているが、見かけ上Bさん自身の手許にも存在しているように錯覚する。

Aさんも自分の画面を見てコメントしているから、「こっち」(距離区分)と言ってもよさそうなものだが、この場合常に「そっち」となり、人称区分が優先されることになる。

何につけ、IT化は実物の存在場所をどんどん希薄にするのだ。


[参考文献]
■新井弘奏・他2011『日本語教育能力試験完全攻略ガイド第二版』ヒューマンアカデミー
■原沢伊都夫2010『考えて、解いて、学ぶ 日本語教育の文法』スリーエーネットワーク

2018.12.15 掲載



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