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オペラ座の怪人 500回記念公演

劇団四季「オペラ座の怪人」6月30日の500回記念公演では、満場の観客たちはスタンディング・オベーションで何度もカーテン・コールを求めた。熱烈な拍手を送る若いカップル、熟年の夫婦連。最前列でお母さんと一緒に立ち上がった小さな女の子もいた。500回公演観劇の半分はリピーターのようだった。

筆者が何度かブロードウエイのマジェスティック劇場で「怪人」を見た時には観客はほとんど中高年層だったが、日本の四季では若者の方が多いようだ。団塊の世代がリタイアする来年になると、日本でももっと熟年層の観客が増えるのだろうか。

ミュージカルの古典

それにしても1909年の昔、フランスで出版されたガストン・ルールーの怪奇小説「オペラ座の怪人」を、ハロルド・プリンスはロイドーウエバーの甘美な音楽と華麗な演出で見事なミュージカルに仕立てたものだ。

500回公演カーテンコールヘ 観客のスタンディング・オベーション

例えば、子どもの頃に背伸びして読んだ古典文学を青年期に読むと登場する主役たちの人間が分ったつもりになる。ところが、中年を過ぎてもう一度読み返すと、それぞれが作品の中で成長したりその性格を深めているのに気がつくことがある。1986年ロンドン初演、1988年ブロードウエイ初演のアンドリュー・ロイドーウエバー作品「オペラ座の怪人」は、人生の節目ごとに登場人物に新たに感情移入し、異なった見方で味えるミュージカルの古典のようだ。

筆者の素朴すぎる感想だが、最初に見た時は「醜悪な怪物に好かれてしまってクリスチーヌは可哀想。ラウルに救出してもらってよかった」。次は「顔面にケロイドがある人間は恋も出来ないのか。可愛そうな怪人。軽率なクリスチーヌ」。この見方がずぅーと続いていた。ところが今回500回目の公演を見て「三人の人生は落ち着くところに落ち着いた」と納得した。

また、演出も時代に即して少しずつ進化しているようだ。浅利慶太による日本語版演出は、好奇心で仮面を剥ぎ取り、怪人のプライヴァシーを発き立てるステレオタイプの軽はずみな女の子を、幕切れには人間の痛みが分る自立した女性に深めている。

四季版の出演者三人は実にカッコいい。重厚なキャラクターで舞台を制覇する村俊英(ファントム)。沼尾みゆき(クリスチーヌ)は、誠意ある別れの接吻を送るためにファントムの住処へ戻ってくる。以前見た他のクリスチーナのキスは、単なるPeck(おざなりのキス)だった。軽めの二枚目、若いハンサムな貴族ラウル役の北澤裕輔は、年老いた紳士となってからが渋い。オルゴールのお猿を落札することで、怪人の歌姫に対する愛情を理解したことを示唆する。

音楽が凄い

開幕のオペラ座の怪人Overture、ファントムの深い声が響くThe Music of the Night。 ラウルとクリスティーヌの若々しい喜びがあふれるAll I Ask of Youは、ファントムに復唱されると悲痛な叫びとなって伝わってくる。ラウルとオペラ座のスターたちが合唱するPrima DonnaやMasqueradeは華やかだ。いずれもミュージカルの垣根を越えて、ポピュラー名曲として思わぬ場所で耳に入ってくることがある。

ストーリー

薄暗いオペラ座の舞台で小道具の競売が始まっている。Masqueradeを奏でるお猿のオルゴールは、車椅子で出席していた老紳士ラウル・シャニュイ子爵によって競り落とされた。競売の最大品目はかって劇場の天井を飾っていたシャンデリア。「完全に修復されました」との競売人の言葉に古ぼけたシャンデリアは突然光り輝き、オーケストラの壮大な音楽とともに暗い舞台から天井に眩しくせりあがる。四季劇場「海」が、1860年代パリのオペラ座に変貌する瞬間である。

1857年から建設の始まったオペラ座の地下には伝説によると神秘的な湖があり、そこに異形の鬼才作曲家ファントム(怪人)の住処がある。彼はオペラ座の支配人に月俸とボックス席を確保させ、恋したコーラス・ガールのクリスチーヌ・ダーエをプリマドンナに育てようと夜毎にレッスンしている。

クリスティーヌ(沼尾みゆき)を抱くオペラ座の怪人(村 俊英)
  (撮影・下坂 敦俊)

ところが劇場の所有者が替わると、ファントムの特権は拒否される。幼馴染の青年ラウル・シャニュイ子爵が現れるや、クリスチーヌの心は恩人ファントムから離れる。もともと彼女にはファントムへは娘の父親への愛情に似た感情はあっても、とうてい恋人とは考えられない。二人が愛し合うのを見た怪人は嫉妬で荒れ狂う。道具係りの死体を舞台に落とし、主役の女優の声を蛙の鳴き声に変える。

クリスチーヌは代役として舞台に上がるが、ファントムの怒りは治まらない。不気味な笑い声とともにシャンデリアを激しく点滅させて、大音響と共に舞台に突き落とす。この場面は一階席の観客から悲鳴が上がるほど迫力がある。半年後の大晦日の仮面舞踏会、賑やかなパレードに突然赤い仮面をつけたファントムが登場し、クリスティーヌをさらう。

さて舞台は一転して、白い霧が流れる湖上。ファントムが拉致した彼女を乗せたボートが進むにつれて灯をつけた澪標(みをつくし)が背丈を伸ばす。やがてそれがファントムの隠れ家のランプとなる。この廻り舞台の見事さには、ブロードウエイでも東京でもいつも観客から溜息がこぼれる。

ラウルは彼女を求めて湖底の住処に単独で攻め入るが、返り討ちにあって怪人にロープを首にかけられ吊し上げられる。しかしクリスティーヌの気持ちを理解したファントムは、自らの恋情を断ち切り、苦しみを堪えて彼を解放する。ファントムを求めて攻め寄せてきた人々が発見したのは、高椅子に残った白い仮面のみ。その傍らではオルゴールのお猿がMasqueradeを奏でていた。

「オペラ座の怪人」はミュージカルの古典作品として初演以来、いつも世界のどこかの劇場で公演されている。マジェスチック劇場では初演以来20年、今もロング・ラン中だ。日本での四季劇場「海」の公演は、12月17日まで延長が決定した。

2006.7.18 掲載

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