ホラホラ、これが僕の骨 中原中也ベスト詩集

正午

丸ビル風景

ああ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ
ぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
月給取げっきゅうとり午休ひるやすみ、ぷらりぷらりと手を振って
あとからあとから出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
大きなビルの真ッ黒い、小ッちやな小ッちやな出入口
空はひろびろ薄曇り、薄曇り、ほこりも少々立っている
ひょんな眼付で見上げても、眼を落としても……
なんのおのれが桜かな、桜かな桜かな
あゝ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ
ぞろぞろぞろぞろ、出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
大きいビルの真ッ黒い、小ッちやな小ッちやな出入口
空吹く風にサイレンは、響き響きて消えてゆくかな

『在りし日の歌』より

朗 読

解 説

正午

「正午」は1937年『文学界』10月号に発表された。「ビル風景」と副題にあるように、この詩は丸ビルから出て来る月給取をうたっている。

「ああ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ
  ぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ 
  月給取の午休み、ぷらりぷらりと手を振って」

東京市が「ドン」で親しまれていた午砲を廃止してサイレンを用いたのは1929(昭和4)年5月1日メーデーの日からであった。

「サイレンだサイレンだ」「出てくるわ出てくるわ」と同じ言葉を繰り返すのは滑稽を演出する狂言の語法で、それを中也は独特のお道化節としてうたっている。

最初詩人は丸ビルの上から俯瞰する位置にいるのだが、いつの間にか地上に降りて来ている。

※「丸ビル」(丸の内ビルヂング)は、1923(大正12)年、東京駅近く(千代田区丸の内2丁目)に完成したオフィスビルの先駆け。9階建てで、当時国内最大のビル。2002年、新しい丸ビル(丸の内ビルディング・地上37階建て)に建て替えられた。

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